悪周期アルちゃん

悪周期アルちゃん


「かっ、カヨコ…?もし良かったらトイレに行かせてもらえないかしら…?」

「………」

今、目の前には拘束されてボロボロになっている社長がいる

何故こうなったか?その理由は全部悪周期のせいだ

月に一回、多い時は三回程社長はまるで別人の様に暴れ回る日が来る

いつもの優しく、それでいておっちょこちょいな可愛らしい社長とはまるで違い、平気で人を傷つけ嘲笑う、まるで悪魔の様な振る舞いをする事から私達は悪周期と読んでいる

「カヨコ…悪周期は今日じゃ無かったみたい…貴方だったら私が本物だってわかるでしょ…?だから、ほんの少しだけで良いからこれ解いてくれる?」

「……」

不幸中の幸いか、社長自身がいつ悪周期が来るのかをある程度予想出来る

だから、悪周期が直前はこうやって拘束して悪さしない様にしているのだ

私達の為、そして何より社長自身の為

「わかったわ、トイレは行かなくて良いから水を取ってきてくれない?それだったら良いでしょう?」

「………」

今、目の前にいるのはいつもの社長じゃない

口調は似せているがいつもと雰囲気がまるで違う

社長をよく知らない人なら騙せるかも知れないがこの程度の演技で私を騙す事なんて出来ない

私はいつものように無視を決め込む

「カヨコ?お願いだから返事ぐらいして頂戴!」

「そうだ!明日一緒にカヨコの好きなバンドのライブを見に行きましょう!」

「ムツキとハルカはどこにいるの?それぐらい教えて欲しいわ」

「うう…寒い…右の手と肺と心が凍りそう…ちょっとで良いから抱きしめて欲しいのだけど…」

「いたっ!かっ、カヨコっ!助けて頂戴!虫が!虫が近くに…」

なんか必死に喋っているが断固として無視する

本当の社長だったらこんな事言う筈がない

そうして30分程無視していたら突然社長の態度が変わった

「………はぁ……今日も失敗ね…なんで私が私じゃないってわかるの?結構上手く演技出来てたと思うのだけど…」

ついに本性を曝け出した

この状態で無視していたら騒いでうるさいので適当に返事をする

「顔の表情、声のトーン、雰囲気がまるで違う。こんなんで騙せる訳ないでしょ」

「そうなの…?ちょっとショックね。自信あったのに…」

薄暗い廃墟の中社長の声が虚しく響き渡る

どうやら本気で騙せると思っていたらしい

「そう言う事だから、今回は大人しくしてて」

冷たい目で社長を見つめながら私はそう言い放つ

するといつもと違い、社長はニヤニヤと笑い出した

「いいえ!私は逃げ出して見せるわ!見てなさい!」

次の瞬間社長を拘束していた手錠、拘束用のテープが一気に剥がれ落ちた

「っ!?なっ、なんでっ!!?」

「あははは!毎回同じ手が通じると思ったら大間違いよ!」

社長は勝ち誇るかの如く腕をクロスさせ偉そうなポーズをとっている

想定外の事態に驚きの余り素っ頓狂な声を上げてしまったがすぐさま落ち着きを取り戻し直ぐにムツキ達に連絡を取る

「ムツキ!ハルカ!社長が脱走した!今すぐ武器を持ってここに来__」

「させないわ!はぁっ!」

私が言い終わる前に社長が物凄い速度で突っ込み、殴りかかって来た

余りの速さに全く対処出来ず、顔面に社長の拳がめり込む

そのまま吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる

なんとか受け身は取ったが、体へのダメージは深刻であり、少しふらついてしまう

「なんでっ…ここまで…」

ぼろぼろの体に鞭を打ち起き上がりながらそう社長に問う

強くなっている。前暴れていた時より確実に

「ふふっ!凄いでしょう!体内の神秘を知覚する事によってパワーアップしたのよ!」

「神秘…?」

とりあえずハルカ達が来るまで時間稼ぎをする為、社長と話す事にする

「そうよ!神秘の使用効率を上げれば今みたいに凄く強くなる事が出来るの!良い子の方の私が遊んでる間、私は影で努力していたのよ!」

社長はえっへんと胸を張りながらドヤ顔で大声を出す

「今の私と一緒に暴れてくれるのならやり方を教えてあげても良いわよ!」

「…無理、いつもの社長は好きだけど今の社長は嫌いだから」

「あらそう…わかってはいたけどいざ断られたら結構傷つくわね…」

「それより、さっさといつもの社長に戻ってくれない?ここは風紀委員会の管理下の近くだから暴れたらすぐに風紀委員長が飛んでくるよ」

これで止まってくれる事を祈りながら脅す

だか今の社長の前ではそんな脅しなど全く意味がなかった

「そうだったわね!ここで暴れたら風紀委員長とも戦えるのよね。ラッキーだわ!一挙両得、一石二鳥!」

狂ってる

あの風紀委員長と戦う事を恐れる所か楽しみにしている

わかってはいたが本当にいつもの社長ではない事を改めて痛感する

「さてと、それじゃあそろそろ眠っててもらおうかしら」

社長がじりじりとにじり寄ってくる

逃げようとするが壁が邪魔で逃げられない

ここまでか

そう覚悟を決めた次の瞬間、爆発と共にムツキとハルカが飛び込んで来た

爆発の衝撃で瓦礫を撒き散らしながら今度は社長が遠くに吹っ飛ばされる

「カヨコちゃん!大丈夫!?」

「大丈夫。うん、ちょっとダメージを負ったけど全然戦える」

「そ、それなら良かったです」

転がっている私の武器を拾った後、改めて社長に向き直る

爆撃を直で喰らったと言うのにピンピンしていた

「あははは!!凄いわね!よくやったわムツキ!やっぱりあなたの爆発は世界一ね!」

「アルちゃん…」

「ムツキ、とりあえず風紀委員長が来るまで時間を稼ぐよ。朝まで耐えたら社長は元に戻る筈」

「…わかった。行くよハルカちゃん」

「了解しました!」

すぐさま戦闘体制に入り、私達は武器を構える

社長が罪を犯さない為にも全力で耐えて見せる

そう決意した次の瞬間、社長が私達に向かって飛び込んで来た

「「「!!!」」」

すぐさまその場から飛び退き私達は攻撃を回避する

社長から放たれた拳は空を切り、地面へと叩きつけられていた

さっきまでいた私がいた場所に亀裂が走り、粉々に砕け散る

「いっやおかしいでしょ!?なんなのこの火力!?」

10メートル程の鉄骨で出来た固い地面が砕けて散っていた

あんなのに当たったらひとたまりもない

「ふふっ!神秘は全てを解決するのよ!」

そう言いながらまた突っ込んでくる社長

今度は銃を撃ちながら回避するが全く効いていない

「っ!?かっっった!?」

「ムツキ!ハルカ!この狭い場所じゃ不利だから外に出るよ!」

「了解!」

爆弾で社長を撹乱しながら窓を突き破り外に出る

私達を追いすぐさま社長も飛び出てくる

「あ〜楽しい!久々ね、こんなに遊べるのは!」

ニコニコしながら笑顔そう話す社長

薄々勘づいていたが本気を出していた訳では無く、やはり遊ばれているのだろう

「そ〜れっ!!!」

一旦振り返り廃墟を殴りつける社長

鉄骨が大きく揺れ、ヒビが入る

そうしたら轟音を立てながら私達が今までいた廃墟が崩れ落ちた

20メートル程あった建物が一瞬の内に壊れていた

破片が飛び散り、呼吸がしにくくなる

「嘘でしょ…」

化け物過ぎる

勝てる訳が無い

しかし社長を止めるには戦うしか無い

「いったたたた…あなた達、拘束した時に傷つけすぎよ。腕が折れそうになったじゃない」

「そのまま折れてくれれば助かったんだけど…」

「ひどい!」

軽口を叩きながらも突き刺すような鋭い眼差しで見てくる

「それじゃあ今度はもうちょっと強く殴るわね」

さっきよりも早く、鋭く、重たいパンチを打ってくる

ただでさえ避けるのが難しかったので完全には避けきれず、拳が頬を掠める

掠った部分が切れ、血が流れて落ちる

私達も銃と爆弾で反撃するが全くダメージが入らない

硬い、硬過ぎる

戦車すら吹き飛ばすムツキの爆弾が直撃しているのにノーダメージだった

まともに向こうの攻撃を喰らえばこちらは一発で戦闘不能になるのに、ダメージを与える手段がない

「っ!このっ!」

「あはは!あははは!!あはははははは!!!」

私達だけじゃ無く周囲にあるビル、街灯、家

様々な物を殴りつけながら壊していく

綺麗な街並み瞬く間に見るも無惨な姿にかわっていく

異変に気が付き街の人間が逃げ回るのが目に映る

私も必死に耐え凌いでいるが私達の体力にも限界が来ていた

手足が痺れてまとも動けなくなって来ている

「…ムツキ、ハルカ。まだ戦える?」

「正直無理…だけどっ!やるしか無いでしょ!!」

「社長が元に戻るまで絶対に諦めません!」

諦めかけていたが血を流してぼろぼろになりながらもそれでも前に進むムツキとハルカを見て元気が湧く

そんな改めて気合いを入れ直す私達を見て満足気に社長は笑っていた

「いい部下を持った物だわ。本当に…私は世界一の幸せ物ね」

「だったらもう殴り掛からないで欲しいんだけど…」

「それは出来ない相談ね!だってこんなにも楽しいんだもの!」

社長が腕を振り上げる

たったそれだけで凄まじい風圧が起こり吹き飛ばされそうになる

どうやらこれからはもう向こうも手加減しないみたいだ

「さあ!来なさい!ここまで耐えた褒美に全力で叩きのめして上げ__」

「止まれ!そこの赤髪達!」

突然大声で話しかけられて思わず社長も私達も声の主に視線を送ってしまう

見ると数十人程の風紀委員会の生徒達が集まっていた

騒ぎを聞きつけようやく風紀委員が動き出したのだろう

「こんな真夜中に騒ぎを起こすなんて…ふざけてるのか?まぁいい。とっとと捕まえて帰__」

「私の邪魔をしないで貰える?」

先程の楽しそうな雰囲気から一変、社長はゴミを見る様な目で見つめながら冷酷な表情を浮かべていた

瞬間、社長は凄まじい速さで風紀委員の子達に襲いかかる

手刀を作り、そのまま突き刺す

私達なら避けれただろうが風紀委員の子達は反応も出来ずに攻撃を喰らってしまう

攻撃を喰らった風紀委員の子は血を吹き出していて社長の腕が腹に突き刺さっているのが確認できる。見ていて非常に痛々しい

死にはしないだろうがもうまともに歩けないだろう

「へ?な__」

「黙りなさい」

状況が飲み込めていない周りの子達にそのまま殴り掛かる

風紀委員の子達はまた反応も出来ずに吹き飛ばされ、瞬く間に数を減らしていく

数十人いた小部隊は一瞬で全滅していた

いや、正確にはまだ一人生き残っていた

最初私達に話しかけた偉そうな子が怯えながら社長を見ていた

「ひっ!なっなにっ!何が起こって…」

「よくも私の邪魔をしてくれたわね」

聞いてるだけで寒気がする様な声で威圧的に話す

そのまま怯えている子の耳を掴み自身の方へと引きずり込む

「ぃ゛っ゛ぁぁぁぁぁ!」

「お前みたいなっ!強くも可愛くも無い奴がなんでっ!なんでっっっ!!!」

そのまま耳を引きちぎり、今度は首を掴みながら顔を殴る

拳が当たった瞬間、最後まで残った風紀委員の子は糸が切れた様に動かなっていた

「はぁー…せっかくの楽しい時間が台無しじゃない…どうしてくれるのよ…」

動かなくなった子を相手に一方的に話す社長

見るからに落ち込み、やる気を失った顔をしていた。邪魔された事が相当応えたのだろう

そのまま考えている素振りを見せた後、急に気味の悪い笑顔を浮かべこちらに話しかけてくる

「いい事を思いついたわ!追いかけっこをしましょう!」

「えっ…?」

「なんで急に…」

困惑する私達を置いてまた社長は一方的に話す

「私はこの子を持ち運びながら逃げるから、あなた達は私を追ってくれれば良いの」

意味がわからない

何故社長が逃げる側なのか

あの悪周期の社長がこちらを追うのでは無く逃げる事を選ぶのは不自然だった

「ふふん!不思議そうな顔をしてるわね!」

「そりゃそうでしょ。いきなりなんでそんな訳のわからない事を…」

「追いかけっこと言ってもただの追いかけっこじゃないわ。私が逃げてる間この子を殴り続ける。死ぬまでね」

「死ぬまで…ってまさか!」

ようやく社長の意図が理解出来た

殺そうとしているのだ

あの子を、人を

他ならぬ社長自身の手で

「ふふっ!ようやく理解出来た見たいね!私がこの子を殺したらまともに戻った私はさぞかし傷つくでしょうね!」

「このっ!クズがっ!」

つまり元に戻った時の自分を人質にとっているのだ

悪周期の時とはいえ人を殺したとなると社長がどんな反応をするのかは想像に難くない

罪悪感の余り二度とまともに生きて行けなくなるだろう

「それじゃあ早速始めるわよ。よーい、ドン!」

瞬間、全速力で走り出す私達と社長

もう誰もいない街中で私達の足音が響き渡る

速い、速すぎる

人間を片手で持ちもう片方の手で殴りつけ、

尚且つこちらに一切攻撃して無いのに全く追いつけない

「待って…!お願い…!」

「このっ!止まれっ!止まれぇぇぇ!!」

「なんでっ、あんなぼろぼろの体でっ!」

必死に銃で社長を撃ち抜くが全く止まらない

どんどん距離を離され、社長の姿が遠のいていく

そうしてる間にも手に持っている子を殴りつける

無理だ、今の社長に追いつくなんて

「あははは!それじゃあだいぶ弱って来た事だし、次の一撃で終わりにしてあげましょうか」

ボロ雑巾みたいになった風紀委員を地面に放り投げる

血を撒き散らしながらゴロゴロと転がり、息も絶え絶えになりながら弱々しく呼吸をしている

その有様はあと一発も喰らえば死ぬ事が簡単に予想させる

「そ〜れっ!」

社長がわざとらしく拳を振り上げる

駄目だ、どう考えても間に合わない 

絶望感が胸を支配する

余りにも酷い現実を直視したく無くて思わず目をつぶってしまう

次の瞬間、辺り一体に轟音が響き渡った

煙が舞い散り、周囲の建物が倒れる

恐る恐る目をあけてみると何故か社長が吹き飛ばされていた

「えっ…?社長…なんで…」

煙まみれの辺りをよく見渡すとなにやら人影が見えた

あの背丈は__

「風紀委員長…!」

ゲヘナ最強の生徒であるヒナが姿を現す

普段出会った時は絶望しか感じないが今は逆に希望しか感じない

「陸八魔アル…よくも…!」

転がっている風紀委員を軽く治療した後、社長に向き直る

それに応えるように埋まっていた壁を吹き飛ばし、高笑いしながら社長が出て来た

「久しぶりね空崎ヒナ!会いたかったわ!」

「なんで…?なんで笑ってられるの!」

部下を傷つけ自身を目の前にしても尚笑っている社長に更に激怒するヒナ

「部下達がピンチになったときに颯爽と登場して…本当にヒーローみたいね。今の貴方は世界で4番目に魅力的よ。ちなみ一番は__」

「黙れ!」

話が通じない社長に怒りながら弾丸を放つヒナ

ほぼ全弾命中しているが私達の時と同じようにダメージを与えられていない

「あはっ!風紀委員長と言ってもこの程度なのかしら?」

勝ち誇った様に偉そうに煽り散らかす社長

「効かない…!それならっ!」

銃を投げ捨て社長に殴り掛かるヒナ 

ヒナの拳が社長の顎に当たり、初めて社長がグラついた

「良いわね最高よ!」

お返しと言わんばかりに殴り返す社長

しかしヒナは小柄な体格を生かし攻撃を全て回避し、殴り返す

「効いてる…!効いてるよ!」

「このまま行けば…!」

勝てる

勝ってくれる

フィジカルでは社長の方が上だが技術では圧倒的にヒナが勝っている

少なくとも社長が元に戻るまでは耐えてくれるだろう

そう希望を胸に抱いていたら突然社長の動きが変わった

「ぁ゛っ゛はは!!」

「っ!?」

ヒナの髪を掴みそのままぶん投げる

社長が突然殴るのを止め掴みかかって来たのでヒナは対応出来ずにそのまま投げ飛ばされてしまう

壁やビルをぶち抜きながらヒナの体が吹き飛ばされていた

「ふんっ!」

社長はヒナが壁に埋まっている事を確認すると今度は戦闘の余波で辺り一体に転がっている瓦礫に手を伸ばす

そして瓦礫を掴むと両手で握り潰し圧縮する

「まさか…!?」

私の予想通り社長はそのまま圧縮された瓦礫をヒナに向かって投げ始めた

ビルすら一発で壊せるフィジカルから繰り出される投石は凄まじい威力を発揮している

辺りの建物や瓦礫を風圧だけで吹き飛ばしながらヒナの元へと迫っていく

「っ…!」

石が直撃する直前に身を捩りなんとか回避するヒナ

頬を掠めた瓦礫が後ろの建物を薙ぎ倒していた

「おかしいでしょ…」

あんな物を見せつけられたら戦意喪失しそうだがそれでもヒナは社長へと果敢に攻め込んでいく

「ムツキ!ハルカ!風紀委員長を援護するよ!」

少しでもヒナが戦いやすい様、社長を撃ち抜いていく

「いたっ!ちょっとあなた達!やめなさ…」

よし、気を引く事が出来た

ヒナが距離を詰めるまでに投石された瓦礫が何発か掠ったが近かせる事が出来た

「これなら…!」

先程と同じ様に社長に殴り掛かるヒナ

だが数発打ち合った後、今度はヒナが被弾した

「ごふっ!」

腹に社長の腕が突き刺さる

あまりの威力のためか口から血を吐き出しているがそれでも社長に向かっていく

しかしそれでもまたヒナだけが蹴りつけらて被弾してしまっている

「どうして!?」

いや、理由はわかっていた

最初の時とは違い、動きに無駄がなくなっていた

大ぶりだったパンチや蹴りはコンパクトに、掴みと打撃のコンビネーションを上手く使いこなしヒナを追い詰めていく

恐らくヒナの戦い方を学んでコピーしたのだろう

「っ゛ぁ゛!!」

合計で三発ほど打撃を貰い遂にヒナが膝をつく

当然、今の社長がそんな隙を見逃す筈が無くとどめを刺すべく更に追い討ちを掛かる

「楽しかったわ、ありがとう。でも、これで終わりよっ!」

必殺の意思を込めた社長の拳がヒナに目掛けて真っ直ぐ振り下され__ぐにゃりと曲がった

「へ?」

ヒナに当たった瞬間、社長の腕が折れていた

私達が事前に拘束されていた頃の社長に与えたダメージが効いたのだろう

当の本人は事態が飲み込めず動きが止まっていた

「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

獣の様な叫び声をあげながら今度はヒナが社長を殴りつける

阿保ズラを晒している顔面にヒナの全身全霊、全てを込めた全力の拳がめり込んだ

「ぃ゛っ゛!?」

そのまま瓦礫と共に吹き飛ばされる

すぐさま戻ってきたが相当ダメージを負っているようだ

ボロボロになった状態で睨み合う二人

どちらも、もういつ倒れてもおかしくない様な酷い有様だった

30秒程睨み合った後、社長急に私達に話し掛けて来る

「あなた達!逃げるわよ!着いて来なさい!」

「は?」

突然の事に事態が飲み込めず聞き返してしまう

その間にヒナが社長へと急接近していた

「逃がさない…!」

「良いのかしら?早く手当てしないと貴方の大切な部下達が死んじゃうわよ?」

「なっ!」

薄気味悪く笑みを浮かべまた私達の方へ向き直り指図をしてくる

「どうする?」

「このまま社長を放置して置く訳にもいかないでしょ!ついていくよ!」

私達は急いで社長の後を追う

その姿を見て満足気に笑うと社長も何処かへと駆け出した


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「はぁ〜ようやく着いたわね…」

便利屋のオフィスでソファーに腰を掛けながら社長が息を吐きながらそう呟く

疲れの余り私達も椅子に座りへたり込んでしまう

もう喋る気力もほどんど残っていない

「今日は楽しかったわ。ありがとう。カヨコ、ムツキ、ハルカ」

「…さっきも似た様な事言ったけど感謝するぐらいなら暴れないで欲しいんだけど…」

「…無理よ。自分でもどうしても抑えられないの」

「…そっか」

ふと社長の腕を見ると元に戻っていた

前言っていた神秘の影響か再生力も上がっているのだろう

「いつか…」

「いつかあなた達と一緒にキヴォトスを荒らし周りたいわ。沢山の人を不幸にして、傷つけて、殺して…」

「無理に決まってるでしょ…」

「わかってる。でもどうしても諦められないの。あなた達と一緒に戦えたらどれだけ幸せなのかって…」

そう言うと社長が寂しそうに話して来る

「そろそろお別れの時ね、私が、戻って来る…」

「やっと…良かった…」

ようやくこの悪夢の様な時が終わる

そう思うと肩の力が一気に抜けてしまう

「ねえカヨコ…」

「なに、社長…?わっ!」

社長は三人で椅子に座っていた私達を突然抱きしめて来た

「大好きよ。愛してる。悪周期の時の私も、いつもの時の私も。これだけは変わらないわ」

「…うん」

そう言うと社長は私達に向かって倒れ込む

さっき社長が言った様に本当に悪周期が終わったのだろう

(今回はまだ良かったけど…次はどうしよう…)

もう拘束はほぼ無意味だ

かと言って対処しなければ社長どころかキヴォトスまで滅んでしまうだろう

(何にせよやる事は変わらない…いつもの社長が笑顔でいられる様に頑張るだけ、何があっても社長を守ってみせる…!)

寝息を立てながら眠る社長を見て私はそう決意した


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