恋知らず

恋知らず


※冴潔ルート2週目 その後のカイ潔

※数年後、潔が正式にバスミュンに入団した設定

※カイ(→→)潔(→冴)



「あれ、カイザーは?」

練習後、監督に呼び出されて遅くなってしまった。

小走りで向かったロッカールームでは既にシャワーを終えたメンバーの大半がおり、談笑に興じていた。既に帰り支度を終えている者もいる。その中に目的の人物がいないのを認め、ネスは冒頭の疑問を口にした。

「いねーぞ」

「もう帰った」

口々にもたらされた答えに、待たせて機嫌を損ねずに済んだことへ胸を撫で下ろす。

「潔とな。一緒に飯だっつってたか」

だが、次いで聞こえた名前に「世一と?」と眉を寄せた。

「流石お気に入り!」

「カイザーもよくやるよなぁ」

囃し立てるメンバーにとってはなんてことないからかいの種だ。

バスタード・ミュンヘンのエースであるミヒャエル・カイザーの悪いお遊び。見込みのある新人が入ったときの恒例行事だ。優しい顔をして近づいて、その才能を挫く。心を折る。

しかし、カイザーの潔に対するそれが今までとは決定的に違うことに、ネスだけは気づいていた。

(近頃、カイザーがおかしい……。)

以前の、少なくとも潔世一がバスタード・ミュンヘンに入団した当初のカイザーではない。

前のカイザーなら、車通勤のネス無しで潔と食事を共にすることはなかった。彼の足になることと、潔が潰れたときはその介抱がネスの役割だった。

なのに、今はーー。

『世一』

潔の肩に腕を回し、彼を見下ろすカイザー。その瞳にこもる熱。

数時間前に見た光景を思い出し、ネスは唇を噛んだ。


・・・


ふと隣の青眼がどこか遠くを見ていることに気づき、カイザーはその顔を覗き込んだ。

「どうした世一ぃ、お眠の時間か?」

「……あ? うっせ。そんなんじゃねーよ」

「おっと」

ジョッキを煽ろうとした手を制し、代わりに水の入ったグラスを握らせる。

潔は不満そうな顔をしたが、

「赤い顔で睨まれてもかわいいだけだそ。あぁ、それとも照れてるのか? 世一くんはウブねぇ」

グラスを持たせた手を上から包み込みように握り、カイザーが笑顔でそう嘯けば、潔は振り払ってグラスに口をつけた。

「気分は悪くないな?」

「ん。……俺、そんな赤い?」

既に何度も潰れた姿を見せたことがあるカイザー相手では、無駄な抵抗だと悟ったらしい。

意地を張るのをやめ、自らの頬をペタペタ触る潔。カイザーはおざなりに「まあな」と答え、彼の前髪を耳にかけてやった。

露わになった目元はとろりと蕩けている。アルコールのせいというより、それの連れてきた眠気のためだろう。

「寝てていいぞ」

カイザーは潔の腰を引き寄せ、彼の体を自らにもたれさせてやった。素直に体重を預けて、目を閉じる潔にほくそ笑む。

今の潔に、青い監獄の新英雄対戦で出会った当初の面影はまるでない。

当時チーム内で孤立していた潔世一に近づき、味方のふりをして手懐けた。新十一傑の糸師冴が興味を持っていたから、潔を奪われた冴の顔が見たかったから。近づいたのはそれだけの理由だったが、同じ超越視界を持つ潔はなかなかに使える選手だった。だから正式にバスタード・ミュンヘンへ入団してからは目をかけるふりをして、自らの存在を刷り込んだ。

ーーお前は俺に勝てない。フィールド上だけじゃない、公私においてお前が俺に勝てるところなんてない。

まだ少し反抗的な面を垣間見せることもあるが、酔った姿を隠さない程度には警戒心も削った。

あと少しだ。

「ぅ、……」

店員を呼び、テーブルで会計を済ませたところで不意に潔が身動いだ。

「どうした」

「起きる……やっぱ邪魔だよな。さっきなんか言われてたろ」

「ああ」

そんなことか、と頷いた。去り際、店員が言い残した言葉を中途半端に聞き取っていたらしい。

バスタード・ミュンヘンに来てある程度ドイツ語を習得した潔の語彙と会話のレパートリーは良くも悪くもサッカー中心だ。

こんなことも分からないのか、と笑み混じりにスラングを言い換えてやる。

「可愛らしい恋人ですね、だと」

「恋人かよ……」

そう呟いた潔の言葉には自嘲の気配があった。

最初から諦めているような、そんな気配。

「なってやろうか?」

「はっ?」

「今まで恋人一人いたことのない、可哀想でウブで、おまけに自分の酒量も管理できないお子ちゃまな世一くんのパートナーは俺くらいにしか務まらん」

「確かに手慣れてるよな、お前」

タクシーの手配を済ませたスマートフォンの画面を一瞥し、潔は小さく息を吐いた。

また青眼が遠くを見る。

「あー……でも俺、そーゆーのはいいや。サッカーに集中してたい」

「そうかよ」

恋愛初心者めと内心毒づき、カイザーは眼下の旋毛にくちづけた。

「まあいい、逃した魚が大きかったと惜しむのは世一だしな」

俺にとっては取るに足らない存在だ。そう匂わせれば、潔は力なく頷いた。

「知ってる……」

ほとんど吐息のような言葉を最後に、声は静かな呼吸音へと変わった。

眠りを邪魔しないよう黒髪を撫でながら、カイザーは無意識に口元を歪めた。

なんと愚かで可愛らしく、いたいけな生き物だろう。

お前が俺をそういう目で見れば、俺にそういう役割を求めれば、俺にはそれらしく振る舞ってやるくらい簡単にできる。甘やかして、愛の言葉を囁いて、肌を重ねて温めて。

俺が"ふり"をしているだけとも知らないで、恋人らしく振る舞う俺に甘く笑い、無防備に体も心も曝け出すお前はさぞや滑稽だろう。

きっと、一生見ていたって飽きないほどに。

(死ぬまで気取らせないよう、せいぜい大切に可愛がってやるさ。だからーー早く堕ちてこい、世一。)

そのときを夢想し、カイザーはうっとりと微笑みながら、眠る潔の額にそっとキスを落とした。

Report Page