恋愛怪獣夢芽ちゃんの相談室(強制)

恋愛怪獣夢芽ちゃんの相談室(強制)



「六花さんは、なんで告白しないんですか?」

「んっぃえっ!?」


 夜も更け、今宵も宇宙を隔てた女子会が始まろうとする時分。お風呂待ちの合間にベッドでごろんとしていた部屋の主は、私の質問に猫の如くびょいんと跳ね跳んだ。

 

「あっもちろん裕太さんにですよ。そして恋の告白のことです」


 誤解や言い逃れのないよう念押しする。これは恋バナであり私の次にお風呂に入ってるちせちゃんが不在の今でしか踏み込めない議題であると。

六花さんは「あー」とか「うー」とか唸りながら身を屈ませて蹲り、やがて観念して目線をこちらに向けた。

  

「そういうの……やっぱわかっちゃう?」

「まあ、最初から。むしろ後でなんでまだ付き合ってないんだって驚いたくらいですね」

「ぇ最初って?」

「ファミレスで会った時からです」

「嘘でしょ私そんなわかりやすい……!?」


 実際に見抜いたタネは、私がその手の感情が専門の怪獣だからなんだけど、さすがにそこまでは明かさない。怪獣について関わりがあるといっても、だからこそ距離の取り方は気をつけたい。

 だがしかし恋愛事情とあらばそれとこれとは話は別だ。恩人の秘めたる恋バナ、これに乗らなければ恋愛怪獣の名が廃る。今決めた名乗りだけど。


「裕太さんからの気持ち、もう知ってるんですよね?尻込みする理由なんてあるんですか? 告白はするよりされたいタイプとか?」

「んん〜……ぇえまぁ、それはそうだけど、そうじゃなくてさ……」

「ちなみに私は蓬からです。雰囲気でああ、来るなっていうのはわかってたんですけど、いざ言葉にされると想像とは全然違う衝撃があるんですよね。口いっぱいに甘さが広がって、かといってくどく感じないでいつまでも味わっていられる幸せっていうか……」

「ほお、味が……ってなんかただの惚気じゃないこれ?」

 

 当面の問題としては、この煮え切らなさは一体全体どうしたことだろう。初対面……外でファミレスの席に座ってるのを見た時から、六花さんの感情は明らかに恋する少女のそれだった。それもそうそうお目にかかれない密度。地元で道に迷う珍事に見舞われ右往左往していた疲労を忘れてしまうほどの。藍より深く、青よりも濃い、海のように綺麗な情動だった。そんな彼女につられて来たら、同じく迷子のちせちゃんと暦さんと合流して、ガウマさんとも再会できたのだから、人の縁とはわからない。

 ともかくこんなにも激重な情動を向けられる相手とはいったいどんな男なのか。一人でもこの味なのにカップルで揃ったらおなか破裂しちゃうんじゃないかと危惧していると、程なく答えはやってきた。

 響裕太さん。髪の毛が赤い、という以外はあまり印象のないひと。

 しかしてその正体は、ハイパーワールドからやってきたハイパーエージェント……意味はなにひとつわからない……、グリッドマンに変身して怪獣と戦うヒーローだという。

  

 ああ、この人だ。

 ヒーローだグリッドマンかなんて枝葉でしかない。裕太さんというひとりの男の子を見ている。怪獣じゃなく女の子の目線から、彼が六花さんが恋を抱く相手なんだと確信した。 


 そして相手もさるもの、裕太さんの六花さんへ向いた情動もまた負けず劣らずの強さだった。なんていうか、好き好きオーラが全身から溢れ出ている。2人居合わせた場面を目にした瞬間迸った互いの思いに、胸を押さえて膝をついてしまった衝撃は今も忘れがたい。

 六花さんが海ならば、さしずめ裕太さんはその上で燦々と光を照らしてる太陽だ。離れているようでも遠い地平線で結ばれてる、ふたつ隣り合って揃うのが前提の関係。いや私じゃなくても気づくでしょこれ?


 だが何より信じられないのは……そこまでお互いの頭の中でお互いのことを考えておきながら、まだ付き合ってないのだという恐るべき事実だ。告白してないだけで実質くっついてるですらない。友達関係を維持している。嘘でしょと疑っても今日までその判定は覆りはしなかった。驚天動地と言う他ない。2人して極度の奥手なのか、それとも一歩を踏み出せない事情があるのか。

  

「悩みがあるなら、聞きますよ」

「え?」

 

 ビッグクランチで宇宙がヤバいとか聞かされてもピンとこなかった危機感が、その時私の中で怪獣の如く暴れ出した。

  

「大丈夫です。こう見えて口は硬いです。それに学校ではよく恋愛相談されますから」

「おぉ意外……さすが彼氏持ち……」

「友達には話しづらいかもしれないですけど、私ならほら、ビッグクランチなくなったら別の宇宙に帰りますし、夢か幽霊かと思っていいんですよ」

「いや幽霊て」


 これといってやることもなく異世界でお泊りデート気分だったが、どうやらこれが私の使命らしい。私しかやれないのなら、私がやらねばならぬ。

これも縁もゆかりもない私達を受け入れて家に泊めてくれてる懐の広い六花さんへの恩返しだ。別に暇潰しとか完璧に両思いなのにいつまでもじれったい情動が美味いからとか、そういう理由は……そんなにはない。

    

「私、六花さん達のこと本気で応援したいんです。これで上手くいかなかったら神様とかいませんよ」

「神様かぁ〜……ここにいなければいないですね……」


 さあ今夜は長くなりそうだ。どこから聞き出すのが一番味が出るかと捕食者の構えを取ろうとしたところで扉が空いて、ホコホコと湯気を立てた赤髪の女の子が部屋に入ってきた。

  

「お風呂上がりましたあ〜次の人いいっすよ〜」

「あ〜はい入りますありがとねちせちゃんじゃあ失礼しま〜す」

「ん?あっはい」


 これぞ天の助けとばかりに用意してた寝巻きを抱えた六花さんはそそくさと立ち上がり、ちせちゃんと入れ替わりになってあっという間に部屋を出てしまった。

 

「……ちっ、逃がしたか」

「いや、セリフが完全に悪役のそれじゃん」


 いったいなにしてたんすか?とでも言いたげなジト目で見つめられる。反省するようなことなんて何もしてないのにな。

 しかし、この雰囲気だと六花さんが戻っても話の続きは難しそうだ。今日のところは諦めて、外堀から埋めていくことにしよう。この分じゃ周りはみんな知ってそうだし、手がかりは簡単に手に入りそう。うん、明日が楽しみになってきた。今夜は早めに寝ちゃおうか。


  

「ところでちせちゃん、最近気になる人とかは」

「いないっすよ」

「いやさ」

「仮に出来ても南さんには教えません。おやつにされたくないっす」


 すげない返しに、ちょっぴり傷つく。……ちょっと本気で友達として助言したい気持ちだったのになぁ。

 

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