恋人軸と親愛軸の邂逅ネタ
0209ここは偉大なる航路後半の海、新世界。
季節、天候、海流、風向きのすべてがデタラメにめぐり、常識は一切通用しない。超常現象だってなんでもござれだ。
だがしかし。
「きゃあっ!」
「うっ」
突然何もない空中から人が降ってくる現象は、さすがに超常が過ぎるのではないだろうか。
しかも。
文字通り降って湧いた二人は、その場に居合わせた全員がよく知る顔だった。
「いた……くない! あっトラ男! ごめんね、大丈夫?」
「平気だ。おまえもケガしてねェな? 麦わら屋」
「うん! ありがとうトラ男!」
床に投げ出した長い足の上に乗せられた少女が、腕を伸ばして男の首にしがみつく。たいへん微笑ましい姿ではあるのだが。
「ねぇちょっと! あんたたち一体何者なの!?」
この船には「トラ男」と「麦わら屋」に該当する人物が既にいる。くっつきあったままきょとんとした男女二人が、今更のように周囲を見渡して目を丸くした。
「えーっ! どうして!? 私とトラ男がもう一人いる!!」
「これは……並列世界ってヤツか。さっきの能力者の仕業だろうな」
「へーれつ世界って?」
「おれたちが生きている世界とよく似た別の世界のことだ。たとえば……そうだな、おれがおまえのことを好きじゃない世界、とかな」
「えっそうなの!?」
「……………………」
全員の視線が一斉にローに突き刺さる。
しかし当の本人は9人+2人からの注視もなんのその、これでもかという渋面でただ一点を睨みつけていた。
「てめェ……その手はどういうつもりだ」
「何か問題でもあるのか?」
「無いわけあ……」
「ねえねえ! もしかしてそっちのトラ男はそっちの私のこと好きなの!?」
しびれを切らした恋する乙女が一触即発の空気をぶち破る。自分と同じ顔をした少女の傍らを軽やかに陣取って、期待に目を輝かせた。
「ああ。おれたちは恋人同士だからな」
「えへへ」
「きゃー! いいなあ!」
なるほど、これが並列世界。
外見も声も仕草もこちらの世界のローとルフィそのものだが、決定的に違う一点が圧倒的な違和感を生んでいる。
「あっちのトラ男は余裕ありそうだなァ」
「胃薬全然必要なさそうよね」
「早く諦めればいいのに」
「黙れてめェら!! これ見よがしにこっち見てヒソヒソするんじゃねえ! それとてめェは麦わら屋からさっさと離れろ、妙な手つきで腰を撫でるな!!」
「麦わら屋は嫌がってないだろ。てめェには関係ねえ」
「ひゃっ」
ネコ科を思わせる動きでするりと頬を摺り寄せる。くすぐったさに首をすくめたものの、スキンシップを好むルフィは嬉しそうに破顔した。それがまた実年齢にそぐわない幼さで、とうとうローは自ら己の堪忍袋の緒をたたき切った。
「~~~~ッこのロリコン! 変態! あり得ねェだろ! 元患者! 7歳下! 実の妹より歳下だろうが!! マジであり得ねェこのクソ野郎ッ!!」
並列世界とはいえ、まったく同じ顔した自分にそこまで言うか?
あまりのご乱心ぶりにちょっと怖くなってきた一味だが、怒れるローは止まらない。どこからともなく取り出した電伝虫を猛然とダイヤルする。
『お・か……』
「あられ!!!! 頼みがある!! 今すぐおれをインペルダウンにブチ込んでくれ!!!!」
『その声はトラ……は?? ど、どうした落ち着け! 何があった!?』
「これが落ち着いていられるかァ!」
「私もよくああやって怒られちゃうの」
電伝虫片手にヒートアップするローを見つめる視線がひとつ。
怒られるとこぼしながらも、その眼差しは柔らかい。恋情ではないけれど、終わりのない深い思いを向けられていることを知っている。「でも大好きよね」
「もちろん! トラ男はトラ男だもん」
「わかるわ!」
鏡合わせのような2人が彼女らにしか分からないテンションで両手を取り合う。異常でありながら大変かわいらしいその光景は、異次元からやってきたローに気まぐれを起こさせる効果があった。
「麦わら屋、耳を貸せ。2人ともだ」
「ん?」
「なになに?」
伸び上がって近付くルフィたちが両腕に抱えられようとしたその瞬間、音がしそうな勢いで片方が引き剥がされる。
「コイツに近付くな!! お前もお前だ、気安く触らせるんじゃねェよ!!」
「と、トラ男、私がいつもの私だってわかるの?」
「わからねェわけねェだろうが!!!!」
「〜〜〜〜!! そういうところが大好き!」
それはもう愛じゃなければ何だというのか。感極まって抱きつくルフィに離れろ足を巻き付けてくるなと大騒ぎする2人に、結局いつもの茶番かと一味は肩をすくめた。
「しかしすげぇ勢いで引き剥がしに行ったな。能力も使わずに」
「顔も服装も一緒なのに、よく一瞬で見分けついたな」
「やっぱり愛の力かしらねー」
「てめェら……!! あとで覚えておけよ……!!」
地を這う声で凄まれたところで、ルフィに抱え込まれている状態では怖がれという方が無理な話である。
そんなこんなわけで。
この日の航海日誌には異常なしの文字が記されたので、この騒動は騒動のうちに入らなかったことにされたという。