怪異は手招きするもの
457623多くの正義によってついに黒づくめの組織は解体された。
ジンとウォッカを筆頭に幹部の大部分も生きて捕らえられた。たくさんの執念と執着と情念と情熱をよりあわせて美しさすら感じるほど繊密に練り上げられた策略の網の成果だった。
とはいえほとんどの幹部は黙秘を貫いている。ジンなどは捕まった瞬間から一言すらも喋っていない。幹部連中でまともに口を開いたのはウォッカくらいだ。もっとも組織の情報ではない。彼が口にしたのは要求だった。
「後生だから俺と兄貴を同じ場所に収監してくれねえか」
そんなウォッカの要求はもちろん却下された。あの二人を同じ空間にいさせる?ありえない。組織の構成員はかけらの連携もとれないように全員をそれぞれから可能な限り離した場所に置くことになっている。特にジンとウォッカは、最大限の距離をあけさせている。少しでも接触させたら何を企むかわかったものではない。
ウォッカはため息をついて続けた。
「ならしかたねえ。俺たちを捕まえたてめえらに敬意を表してこの一度だけ忠告してやる。……本気で兄貴を檻に繋ぎたいなら常に誰かと一緒の檻に入れなきゃなんねえぞ。ひとりきりに――つまり誰の"目"もない状態にさせるのはもってのほかだ。でねえと後悔するぜ」
それも無理だ。ジンはどこの誰だろうが同じ空間を共有させるにはあまりにも凶暴な存在にすぎた。組織の人間と同じ牢に入れたら情報を吐き出す前にと相手を絞め殺すかもしれないし、無関係な誰かでも同じことをするかもしれない。そんな無意味な生贄を捧げるなど許されるわけもなかった。
代わりにカメラは24時間稼働していてモニターには常に見張りがいるし録画もされて、本人にはGPSつきの枷がはめられ、動きを制限する拘束具まで着せられている。そこに人権などはない。あれはそうする必要性が認められるほどの危険人物なのだから。あの状態で何かすることは真実不可能だ。
だがウォッカは鼻で笑った。
「カメラほど"目"として頼りにならねえもんはねえのになァ。まっ、忠告はした。後悔する瞬間までせいぜい気張れよ、ポリ公ども」
それから49日後。ジンは消えた。
カメラの映像に不可解なノイズが入って画面が歪んだたった数秒のあいだに、その姿は消えてなくなった。GPSも消失した。牢の鍵は硬く閉ざされたままで開かれた形跡はない。ただ中の人物だけが悪夢のように失せてしまったそうだ。
ほら見たことか、とその知らせを風の噂で耳にしたウォッカは牢の中で一人思った。
真面目に兄貴を"観測"していないからそんなことになるのだ。組織がなくなって人間でい続ける意義を失った兄貴が長いあいだ誰にも人間として定義されずにいたらどんな存在に成り果てるかなど、火を見るよりも明らかだったというのに。
かつてないほどに厳しく潜伏場所の心当たりがないかを尋問されたが、ウォッカには知る由もない。今の兄貴ならそれこそ何時何処にいてもおかしくないのだから。そう、たとえば――
「ウォッカ」
何の気配もないまま、背後からよく知る低い声がした。
振り返ることはしない。そんなことしなくても知っている。組織に楯突いた多くの死にゆく人間が最後に目にしてきたものと全く同じに、きっとそこには昏い夜と銀の月が立っているのだろう。死神としかいえない人型の闇が。
今が人生最後の分岐点だった。
このまま返事をしなければ、決して振り返らなければ、ウォッカは生きる。残りの生を檻の中で過ごすことにはなるだろうが、人間として終わることができる。
もし返事をして振り返ったならば――ウォッカという人間は今ここで死ぬだろう。そしてただの影に成り果てる。永遠に暗闇をさまよう人型の影に。
もちろん、選ぶ答えは決まっている。
「兄貴」
「とっとと行くぞ」
「へい、お供しやす」
立ち上がってためらいなく振り返る。
その日ウォッカも檻から消えた。
(※組織やってたころはちょくちょく怪異ムーヴしつつもギリギリ人間であれたのが組織なくなったことで完全に怪異になっちゃった系兄貴。怪異成分100%なのでオキニは招いて連れて逝く。ついでに例のポルシェも吸収していくと思われる。そのうち都市伝説になる)