思考回路はショート寸前
明らかに揶揄われているのが分かって、ちょっとイラッときたというのもあった。どうだ! とばかりに彼の顔を覗き込めば、その黒目がちな目を呆然と見開いてフリーズしている。
(あれ?)
……なんだか想定していた反応と違う。そう思ったが、これがあくまで儀式的なものだったことに思い当たり、勢いでやってしまった先程の自分をぶん殴りたくなった。あくまで医療行為──いわば輸血のようなもので、先程からアルジュナが手を出してこなかったのも、彼が優しいから躊躇っていただけなのだろう。……確か彼が主役の叙事詩に、彼が四人の妻を持っていたと記載されていたはずだ。そんな彼からすればわたしなど乳臭い子供でしかないだろう。乳臭い子供にキスされようが困惑の感情ぐらいしか浮かばないに違いない。いや、困惑だけならまだマシだ。
(き、嫌われたらどうしよう……)
チリリ、と胸に痛みが走る。好きでもない女にキスされたなど最悪ではないか。
「ア、アルジュナ……?」
今だにフリーズしているアルジュナの顔を覗き込む。そういえば、魔力供給には血を使う方法もあると聞いたことがある。こちらの方が遥かに手っ取り早い。そうだ、そうしよう、とサバイバルナイフを持って来ようと膝立ちになったところで、アルジュナとの距離が急速に接近する。
「え」
──なにがおこったのかわからない。
思わず声にならない悲鳴が漏れる。
ただ、カッ、と自らの身体が火に炙られたように熱くなるのを感じた。
(嘘でしょ……)
わたしの身体を覆うようにアルジュナに抱きしめられている、と分かったのは数秒遅れての事だった。これでもかというくらい密着しているせいか、心臓の鼓動や、服の下に隠れていた筋肉の凹凸までがありありと感じ取れてしまい、もう気が気でない。それになんだか物凄く良い匂いがする。
(えっ、えっ、何これ、えっ)
普段ボディラインが分かりづらい服を着ている上、肌の露出が少ない。おまけに基本的な比較対象が彼の兄ビーマなどだったりしたせいか、スラリとした優美で細身の体格をしていると思っていたが、どうも違うらしい。かなりガッシリ筋肉がついているのがハッキリと分かる。慈しむようにわたしの髪を梳る彼の手も大きく、かなり骨張ってごつごつとしていた。
(めちゃくちゃ、男の人だ……!)
今まであまり意識していなかった情報が、濁流の如く雪崩込んできて頭がクラクラする。まさに思考回路はショート寸前、といった状態だ。そんなわたしを知ってか知らずかアルジュナは蠱惑的な笑みを浮かべ、わたしの耳元で囁く。
「今度は俺の番だな、リツカ」
(アルジュナの番って、何ー!?)
キャパシティオーバーで思考がシャットダウンしそうな中、わたしは胸の内に生まれた何かの情動に突き動かされるように、アルジュナの背中に手を回した。