事後報告

事後報告

空色胡椒

「「「えぇぇ〜っ!?」」」

「ここぴー、クリスマスプロム、拓海先輩と行くの!?」

「まさか品田ととは…何がどうしてそうなった!?」


その次の定例団らん会の日。みんなで一緒にやるクリスマスパーティーの準備のために事前に集まろうという話が出た。みんなの都合を合わせるためにクリスマス前の予定について各自が報告をする中、ここねは正直に先日決まったことを話したのだった。


「その…上級生からお誘いをうけて…お断りしたんだけどちょっと上手くいかなくて…そこに拓海先輩が通りかかって」


『ここねは、俺のパートナーなんで』


あの時の言葉は何故か秘密にしておきたくて、ここねは詳細を若干ぼかすように、拓海が助け舟を出してくれた事を説明した。


「そっか〜。拓海がここねちゃんと同じ学校で良かったよ」

「それで、品田がここねを助けたというのは分かったが…どうしてそこから品田と行く話になったんだ?」

「その…また今後もお誘いが来るかもしれなくて、また上手くいかないこともあるかもって思ったら、もう相手を決めてしまった方がいいかなって。それで拓海先輩にお願いしてみたの」

「なるほど…それは確かに分かる理由だな」

「はにゃ〜…モテるのも大変なんだね…でも拓海先輩よくOKしてくれたね」

「そうかな?あたしはこういう時拓海なら絶対いいって言うと思うけど」


驚きの様子のらんの言葉に対してん〜、と人差し指を頬にあてながらゆいが考える。


「だって拓海、絶対困ってる人を放っておけないもん。ここねちゃんみたいに友達なら尚更だよ」

「確かにそうだね〜。拓海先輩、らんらん達が関わってるだけでもわざわざキャンプ場に鍋を届けてくれたり、ここぴーとコメコメのピーマン嫌い克服のために料理を作ってくれたり、伝説のクレープを再現しようとしたり」

「私生活だけでもそうだったのに加えてブラペとしてずっと私達を支えてくれていたしな。にしても…品田も行動力自体はあるのだからそれをもっと活かせれば…いや、そうだからこその品田なのかもしれないが」

「?まぁ、とにかく!ここねちゃんが学校で困ってたら拓海を頼っちゃいなよ!絶対拓海はすぐに断らないで話聞いてくれるし、今回みたいに助けてくれるから!」


確信めいた口調で言い切るゆいからは拓海への揺るがない信頼、拓海ならこうするということに対する絶対の信頼が見えた。


でも、ただ困ってる人を放っておけないからじゃない。だってあのお願いは実際はただ困ってるからではなくて、自分のわがままをぶつけてみただけだったのだけれども、それでも彼はそれを良しとしてくれた。助ける為じゃなくても、彼は動いてくれるのだ。


「あのね、ゆい」

「ん?何、ここねちゃん?」

「クリスマス前に、拓海先輩借りることになっちゃって、ごめんね」

「へ?なんであたしに謝るの?」

「…なんとなく?クリスマス近くは何か予定あったかもしれないと思ったから」

「う〜ん…特にないと思うけどなぁ。イブ当日にパーティーして、みんなでお泊まり会もするし。お料理の準備を始めるのはイブの前日からでも、プロムはそれより前だから…うん、大丈夫だよ!」

「そう」


ここねとしてはゆいが変な誤解をしないようにという気持ちから来た行動だったが、どうやらゆいは本当に特に気にしていないらしい。


拓海がゆいを想っていることはここねも気づいていた。何とか好意を伝えようとして踏み出しきれなかったのを見たのもこの2年間の中だけでも数度ある。それでもその行動の端々や視線、声音や表情から拓海がどれほどゆいを想っているのかは言葉にならずとも溢れ出ているようだった。


そんな拓海を見ていたからこそ、学校で最も近い男子であっても彼を誘うという選択肢は、初めからここねの中にはなかったのだ─少なくとも昨日までは。


だから彼を誘う時に、ここねの中には彼に対する申し訳なさと、ゆいに対する後ろめたさが少しあった。しかしこの様子だと、ゆいの方にはまだ彼の好意は伝わっておらず、道のりは長そうである。




「あれ?拓海先輩だ!」

「あ、ほんとだ〜!拓海〜!」


和実家のリビングからは縁側とその外の様子が、冬はガラスで隔てられているもののよく見える。らんがたまたま学校帰りなのだろう拓海を見かけると、ゆいがすぐ様立ち上がり縁側の方へ向かった。


「拓海〜」

「ん?おう、ゆい。みんなまだ揃ってるのか?」

「うん!拓海、今日は遅かったね?」

「まぁ、ちょっと先生と話し込んじゃっててな」


そう言いながら拓海はゆいの手招きに応じるように庭から和実家へと入ってくる。学校帰りなので当然制服姿なのだけれども、そのためにここねは最後に会った時、つまりは先日の放課後を思い出し、胸の奥が少し跳ねたのを自覚する。


「やぁ品田。お疲れ様」

「拓海先輩お疲れで〜す」

「おう。菓彩も華満も、お疲れさん」


学校が違う2人に挨拶しながら座る拓海の一挙手一投足をついつい目で追っていたここね。その視線を受けてか、拓海がここねの方へと顔を向ける。


「芙羽、あれから大丈夫だったか?」

「あ、はい。特にそういうお誘いはありませんでした」

「そっか。ならいいけど、なんかあったら言えよ?」

「はい。ありがとうございます」


やや主語が不足しているようにも聞こえるやり取りだが拓海の意図は伝わっていた。連続で呼び出しが来ることはまれではあるが、またここねが誰かから誘われたのか気にかけてくれているのだ。


「ところで品田。聞くところによるとここねとプロムに行くことになったらしいな?」

「やっぱ聞いてたか…そうだけど」


ニヤニヤと形容するのが正しかろう表情を浮かべながら、あまねはポンっと拓海の肩に手を置く。その様子に呆れるような視線を向けながらも、拓海としても特に否定する理由のない事実のため素直に答える。


「そうか。いや、君も随分隅に置けないなと」

「茶化すなよ、菓彩。どうせ事の顛末も聞いたんだろ?」

「なんだつまらん。君にはもっとこう、『な、何言ってんだよっ』とか、『か、勘違いするなよっ』みたいなリアクションを求めているというのに」

「もう2年の付き合いになるんだぞ?流石にお前のそういうとこには慣れたよ」

「それは残念だ。私としては以前の君の方が可愛げと面白みがあったと思うが」

「ほっとけ。俺としては真面目な生徒会長だったころのお前が懐かしいよ」

「何を言う。私は今でも真面目に生徒会の役員としての使命は全うしているぞ」

「知ってる。けどそういう意味じゃねぇんだよな~」


学校が異なっていてもこの息のあったやり取り。ゆいとはまた違うあまねとだけの関係性。同学年だったこと、拓海の受験の追い上げに推薦が確定して余裕を持っていたあまねが協力していたこと、変身アイテムを保持している関係で共に特訓していることと、学校が一緒だったころと比べても、その関係は以前よりも親しげである。



「でも2人ともいいなぁ。パーティーってことはいつもは見られない食べ物とかも出るんでしょ?」

「あ〜、らんらんも見たかったな〜。きっとキュアスタ映えする盛り付けとか、飾り付けとか、いっぱい勉強にもなったのに」

「ふふっ。じゃあどんな料理があったか2人にも教えるね。もしかしたら拓海先輩も作れるかもしれないし」

「ほんと!?」

「ん?まぁ正直そこは俺も興味あるしな。流石にクリスマス当日に間に合わせられるかは分からないけど、それでもいいなら」

「わぁ!ここぴー様、拓海先輩様、ありがとー!」

「あたしも楽しみにしてるね!」

「ったく。ゆいもだけど華満も現金だよな~」

「うっ、だってらんらんもそりゃそういうのに興味あるし…」

「いや、別に悪いってわけじゃないからな。そういうところはらしいって感じして嫌いじゃないし」



飛びつくように拓海の腕をとったゆいとらん。幼なじみのゆいはもちろんのこと、一緒に招き猫を巡る旅をする中でらんの方も拓海に甘えるような行動も、拓海がからかうようなやり取りも増えてきた。元々は長女だったらんにとって、年上で見守ってくれていて多少のお願い事なら聞いてくれる拓海のような男子は、それこそ初めての兄のような存在なのかもしれない。拓海は拓海でゆいという年下の幼馴染がいたからか、そういう時のらんへの対応もそれなりに手慣れたものであり、並んでいると本当に兄妹のようにも見える時もある。



言うまでもなく特別なゆいと、拓海とより親しくそれぞれ特別な関係を築いている2人。そんな彼女たちの様子に思わずいいな、なんて思ってしまう。折角他にはない唯一無二のチームとして一緒に苦難を乗り越えた仲。そんな中でも同じ学校にいるたった2人。自分ももっと仲良くなりたい、そう思わずにはいられない。


彼との関係が何も変わっていないのは、自分だけ。それが悪い訳では無い、けれどもその事に少し寂しさを覚えたのは事実。今回のことは、もしかしたらきっかけになってくれるかもしれない。そう思いを巡らせるここねだった。


「何はともあれだ。良かったな、ここね。品田がいるなら、安心してプロムにも参加できる。君にとって、良い時間になることを祈ってるよ」

「ありがとう、あまね」


あまねの言葉に頷きながら笑顔を返し、ここねはテーブル越しにいるゆい、らん、拓海の様子をもう一度見る。そんな視線に件の拓海は、片側に感じる想い人の温もりに頬を染めるのでいっぱいいっぱいらしく、気づくことは無かった。


──────────


「拓海…正直に答えろよ」

「な、なんだよ急に?」

「お前が驚いているのはわかる。だが俺達もそれ以上に驚いているんだ、すまんな!」

「はぁ?」

「この情報は今我々男子の中で最もホットな話題と言っても差し支えない。だからこそ!お前の友人やってる俺たちが、その真偽を確かめる必要がある!」

「悪く思わないでくれ…これも俺たちの精神安定のためなんだっ!」

「怖ぇよ、お前ら…」


定例会翌日、朝いつも通り教室に登校した拓海は、入学してから出来た新たな級友2人に挟まれるように腕を押えられ、自席へと連行された。何が起きてるのか目を丸くしながら視線を2人の間を行き来させるも、何やら盛り上がってる彼らは止まる気配がない。


「で、なんなんだよいきなり?」

「そうだな…そろそろ勿体ぶらずに本題に入ろうか…」


ダァンッ!と流石に音はならなかったものの、そこそこの迫力で拓海の机に手を置きながら、友人がくわっ!っと顔を近づける。


「ズバリ!俺たちが聞きたいのはとある噂の真偽だ!正直に答えてくれよ…」

「もうわかったから、早く聞けって」

「んんっ!では聞こう…あの芙羽ここねさんのプロムのパートナーがお前だと言う噂が流れている!ぶっちゃけどうなんだよ?」


なんだかこの2人以外からの視線も感じる。男女問わずクラスのみんなが聞き耳立てている気がする。嫌に教室が静かだ。とはいえその噂を否定する理由もない拓海。


「ああ。そうだけど」


聞こえたのは主に2つの音。男子連中のため息のように吐き出される息と、女子組からの小さな歓声にも似た声。中には本気で凹んでいる男子もいて拓海も若干ひいていた。


「なんだこれ?」

「おまっ!あの噂まじだったのかよ!」

「いや、だからそうだけど。お前らどうしたんだよ?」

「どうしたんだよ?じゃないわ!お前あの芙羽さんと知り合いだったのか!?」

「お、おう。中学の頃からな。学校一緒だったし」

「絶対それだけじゃないだろ!あの芙羽さんだぞ?」

「どの芙羽さんだよ…」


若干鬱陶しいノリになってきた2人を呆れるように眺めるも、何やらヒートアップしたらしい彼らは止まらない。


「入学されてから既に告白された回数は100にも迫る、誰もが認める新入生一…いや、下手したら学校一の美少女!」

「クールな雰囲気とオーラ。成績優秀で、しかもこの町で知らぬ人などいないレストラン、デュ・ラクのお嬢様!まさに高嶺の花!」

「それでいて時折食事の時に見せる微笑みはまさに天使のごとく!クラスメートの女子と会話しているところは目撃されているけれども、親しい男子の気配はこれっぽっちもなかった…」

「プロムの案内が出てからますます告白やお誘いも増えてたらしいけど、どれもこれも断ってきた芙羽さんだ…そこへ、だ!」


熱弁を奮っていた2人がビシッと拓海を指さす。ここまで来るともう拓海も鬱陶しいという気持ちを隠す気もなく、しらっとした表情を浮かべている。


「突然芙羽さんがパートナーを見つけたという噂だ!しかも相手がクラスメート!気にならないわけないだろ!」

「正直に白状しろ、拓海!お前芙羽さんとどんな関係なんだ!?」

「…どんなって…」


その質問について少し考える拓海。ブンドル団と戦っていた時の互いの認識としては、正体バレ前は幼なじみの友人、友人の幼なじみ。正体バレ後は共に戦う仲間。その次の年は招き猫巡りの旅仲間か?で、今は学校の先輩と後輩、ってだけでもないから…


「どんなって、改めて聞かれると難しいな」

「え?何それ?そんな複雑な関係なの?」

「いや、複雑っていうか…ちょっと適切な単語が浮かばなくて」


「あの…品田くん?」

「ん?」


わいわい騒いでいる3人におずおずと話しかけてきたのはクラスメートの女の子。特別親しい訳ではなく、本当に同じクラスの相手という感じだがそんな彼女がわざわざ声をかけてきた理由に心当たりがない。


「どうかしたのか?」

「あの…品田くんのこと呼んで欲しいって」

「誰が?」


ちらっと入口を見る彼女の視線を追うようにそちらに目を向けると、見知った少女がそこにいて、こちらに控えめに手を振っていた。というか、まさに話題真っ只中のここねだった。


「芙羽?悪い、ありがとう」

「あ、ううん。いいの」

「そっか。ありがとな。悪い、ちょっと行ってくるわ」

「「お、おう」」


クラスメートに感謝を伝え、固まっている友人たちに断りを入れてから、拓海はここねの待っている入口へ向かった。


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