怖れ 前編

怖れ 前編




「フム…その話は本当ですか?」

黒服が電話越しに相手からもたらされた情報の確認を行う

『ああ、〇〇地区の××ビルの地下だ』

「そうですか…」

電話が切れると黒服はこの情報はどうするべきか思考を巡らす。そして

「せっかくですから利用させてもらいますか」



「うわあ〜!」

被験体841は目の前の光景にサングラスの下で目を輝かせていた。マスターである黒服と遠くへ出かける事になり、マスターと同じブランドで841のサイズに合わせたスーツを着て辿り着いた場所はとあるビルの地下室だった。煌びやかな照明のある大きな部屋には大勢の人でごった返しており、皆がグラスを持って飲んだり騒いだりしていた。841が気付いた時には黒服が先へ進んでいたのでハグれないようについていこうとする

(ひ、人が多すぎです!)

四苦八苦しながらなんとか黒服の元に辿り着く。それを確認した黒服はバーテンダーにオレンジジュースを頼んだ

「あ、ありがとうございます!」

ジュースが届き841はお礼と共に口につける

「おや?その子もしかしてアリスかい?」


むせた


841の顔が青ざめる。それはここに来る直前に黒服に言われていたからだ

『いいですか。今から行くところで貴方はアリスだとバレてはいけません。何が起こるかはわかりませんから』

アワアワした顔で黒服の方を見たが、黒服は慌てた様子もなく(おそらく)自然な顔でいた

「ええ、そうですよ」

「そうか、お客さんも参加するのかい?」

「いえ、今日のところは様子見ですよ」

2人の会話に841は首を傾げる

「841、ここはどうですか?」

841は答える

「人の多さには驚きましたが、正直あまり楽しくないです。それどころか…少し怖いような…」

「怖い、ですか…中々鋭いですね」

「?それはどういう——」

841は疑問の答えを聞けなかった。部屋が急に暗くなったからだ。そして

「レディースアーンドジェントルメーン!」

真ん中に明かりが集中する。今まで気づかなかったがそこはリングだった。リングの中央に立つ司会風のロボットが喋る

「大変長らくお待たせしました。これより本日のメインイベントの量産型アリスを使った賭け試合を始めたいと思います!」

部屋に大歓声が響き渡る。あまりの声に841は耳を押さえながら後ずさると黒服にぶつかった。841が黒服を見ると何か喋っていた。声は聞こえないが口の動きから理解する

『貴方が怖いと感じたのは当たっています。何故ならここは人の狂気が集う場所ですから』



「さあ!早速紹介から始めていきましょう!赤コーナーからは澤田さんのアリス『爪ちゃんMk-lll』だー!」

その手を大きな爪に改造した非正規のアリスが歓声と共に現れた

「この試合への意気込みをお願いします!」

「………す………たお…す……」

「おっと澤田さんまだ上手く喋れないようですねー」

「ガッハッハ、この試合に勝てば手に入るかもしれんなぁ」

「はい!ありがとうございました。続きまして青コーナー。おっとこれは珍しい。ヘルメット団の少女が連れてきたのは正規品のアリス第10050号ー!」

うおおおおー!一段と大きな歓声があがる

「わわ!アリス第10050号です。マスターの金欠解消のために頑張ります!」

「やったれー!アリスー!」

「皆様、勝者を予想してください」


「私はお手洗いの為に少し離れます」

「えっ?あ…ア、アリスも一緒に…いえ…やっぱりいいです」

流石に男性用トイレまで一緒に入るのはよくないと思いこの場に留まることを選んだ841は不安なまま立ち尽くす。リングでは試合が始まったが見ずにジュースを飲む

「爪ちゃんがダウーーン!」

大きな声にリングを見た。そこでは10050号が爪ちゃんの顔に銃を突きつけていた

「やった。マスター!アリス勝ちました!」

10050号は勝利の喜びの声を出しながらマスターへと振り返る

「馬鹿!早く止めをさせ!」

「え?」

瞬間、10050号の銃が肩ごと持っていかれた

「おっと〜?10050号試合のルールを勘違いしていたか〜?」

「え?え?」

「いいぞ!爪ちゃん!」

「何やってんだ、クソAIかよ!?」

841は見た。爪ちゃんが近づき10050号の顔が恐怖に支配されたところを。あらゆるプログラムを跳ね除けて自己保全に走ろうとした事を。しかし遅かった。爪が10050号を貫き試合が終わる

「おや、丁度終わってしまいましたか」

興奮冷めぬ部屋の中で841は己のマスターの声が聞こえると弾かれたようにその場に向かう。そのまま黒服の裾を掴む

「フム…どうやら得たようですね。出ましょう。もはやここには用はありません」

黒服はバーテンダーにお金を渡してから部屋を出た。841も部屋を出る際に次の試合が始まる様子が視界に入るが興味はなかった


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