心音の奏でる音色

心音の奏でる音色


「じゃ、2時間後にここに集合ね」


ナミの号令で各々が散らばって行く。

ここはとある街。私が人間に戻って、初めて一味全員が揃って降り立った街だ。

ワノ国じゃそれどころじゃなかったもんね。


「あっちに面白そうなモンがあった!!おれあっちに行くよ!!」

「おうルフィ!面白そうなものって何だよ!おれも連れてけ!」

「はいはい、遅刻だけしないでね」


ルフィとウソップは声をかける間も無くあっという間にどこかへ行ってしまった。


「あらあら、置いてかれちゃったわね。男どもってなんであんなにはしゃげるのかしら」

「あはは……」


「ウタちゃん、よかったらおれと一緒に来るか?」

「え?」

「おれはロビンちゃんの護衛も兼ねて食材の買い出しに行くんだが……ウタちゃんは何か欲しいものあるか?」


「まあ、サンジくんなら任せて安心かもね。行ってきたら?」

「えーっと……」


本当に善意からの誘いなんだろうけど……

サンジには悪いけど、今日は前からやってみたかったことをやってやるんだ。


「ううん、ごめん。今日はちょっと、一人で回ってみたい」

「一人で?」


そう、一人で街中の散策。

いつもはみんなと一緒だったし、人形の時はよくやってたけど……

せっかく人間に戻れたんだから、何事もチャレンジだ。


「ちぇっ、フラれちまったか」

「残念だったわね」


私のそんな気持ちを察してか、サンジ達も軽く笑って流してくれた。


「でもウタ、アンタほんとに気をつけなさいよ?アンタももうれっきとした賞金首なんだし、それを抜きにしてもまだ方向感覚とか……」

「心配してくれてありがと。でも大丈夫だよ、あんなに大きな時計台が目印なんだから」

「ハハ、確かにアレを目印にしといて迷うのはどっかのマリモぐらいだ」


その後、何だかんだでナミもサンジ達と一緒に行くことになり、商店街の方へ消えていった。

気がつくと他のみんなも各々の目的地へ向かって行ったみたいで、サンジ達が去っていったことで私は一人になっていた。


「…………」


一人と言っても、私しかいないわけじゃない。

街ゆく人たちは大勢いて、みんながそれぞれの時間を過ごしている。

でもみんな、私には目もくれない。

偶にこっちの顔を見て、驚いたような顔をする人もいるけど、あれは何なんだろう。

私にも懸賞金がついちゃったらしいから、もしかしたらそのせいかも。


だけど、私のことを『ウタ』という一人の人間だと認識してくれる人が近くにいないのは、何だか少し久しぶりな気がした。


「…………ふふ」


どうして今、口から笑みが溢れたのかは、自分でも分からなかった。



とは言っても、特に欲しいものがあるわけじゃない。

街中をぷらぷらと彷徨いてみる。

まっすぐ歩いてただけなのにゾロと5回ぐらい会ったり、途中でわたあめを買おうとしたらチョッパーと鉢合わせたりしたけど……

何だかとっても穏やかで、ゆったりした時間だった。こういうのも好きだな、私。


ふと、通りがかった雑貨屋の店先にあったものが目についた。


「これ……オルゴール?」


小さなオルゴールだった。箱を開けると音が鳴るという、とてもシンプルな一品。

特別綺麗な音がするわけでも、高級なわけでもなかったけど……


何となく。本当に何となく、無性に欲しくなっちゃった。


「……これ、ください」


買っちゃった。お小遣いにはまだ余裕あるもんね。



─────



「ふふ〜ん♪」


いい買い物ができた。ついでに気に入った歌集と、かわいいブレスレットも買っちゃった。お小遣いは……まだ大丈夫。


でもそろそろ戻ったほうがいいかな?

もう結構時間経ってるよね。


そう思い、鼻歌混じりに集合場所へ戻ってみると……


「あれ?」


まだ誰も戻ってなかった。

時計を見てみると、まだ集合時間までだいぶある。


「あ〜……」


後で気づいたけど、どうも私は人形だった頃の名残から、歩くのが人より早いらしい。

歩幅が人より小さかったから、一生懸命早く歩いて追いついてたんだけど……

その癖が残ってて、人間に戻っても同じように早歩きしちゃうみたい。


とはいっても、今からもう一回どこかに行くのもなぁ……

仕方ない、みんなが戻るまで待つか。



「………………」



さっき買った歌集を取り出してみる。民謡から流行りの曲まで、いろんな曲が載っている。

歌は好きだけど、あんまり種類知らなかったから、こういう本ちょっと欲しかったんだよね。


本当なら今すぐにでも歌ってみたかったけど……流石に目立ちすぎるからやめとこう。ナミ達に怒られちゃうもんね。


ふと、時計を見る。

当たり前だけど、さっきから全然進んでいない。



「…………」



もう一度時計を見る。

やっぱり全然進んでいない。



「………………」



さらにもう一度時計を見る。

やっぱり全然進んでいない。


そんなわけはないんだけど、何だか時間の進みが遅くなったような気さえした。



「…………」



……まだ、誰も帰ってこない。


あれ?私集合場所間違えてないよね?

時間も間違えてないよね?


慌てて時計台を見直すけど、確かに私の記憶の中のものと違いはない。

しかし誰も帰ってくる気配がない。



本当に突然のことだったけど、一つ、万に一つもあるはずのない仮説が脳裏をよぎる。



……置いて行かれた?

…………忘れられた?



そんなはずはないことは分かってる。

麦わらの一味が、私の仲間が、そんなことをするはずがない。



けど、怖いものは怖いんだ。



もしまた忘れられたりしたら、今度こそ私は耐えられない。

絶対に心が壊れちゃう。

そんなの嫌だ。


縋るような気持ちで、私は自分の一つの特技を頼った。

『心音』。生きとし生けるもの全てが響かせる、生命の鼓動。


元々耳はよかったけど、長年研ぎ澄まされてきた(と言うかそれしか使えなかった)私の感覚は、人のそれを聞き分けて、個人を特定できるレベルにまで達していた。


偶然発現した見聞色の覇気も相まって、私のそれは最早全世界でもトップクラス……らしい。他に誰がいるのかは分かんないけど。



お願い、みんな居て。



祈るような気持ちで張り巡らせた私の『聴覚』は────



──至極あっさりと、聞き慣れた10個の心音を拾った。



ルフィの楽しい音色。


ゾロの力強い音色


ナミの軽快な音色。


ウソップのちょっと弱気な音色。


サンジの優しい音色。


チョッパーの意外と激しい音色。


ロビンの不思議な音色。


フランキーの雑音混じりの重厚感溢れる音色。


ブルックの……何だろうこれは、何の音?とにかくブルックの音色。


それから、ジンベエの雄大な音色。



何のことはない。

そこに居て当たり前のことなんだ。

まだ帰ってきてないだけなんだ。


私が勝手に不安になっただけ。

誰も悪くない、みんなそこにいる。



「はぁ…………」



ほっと胸を撫で下ろした。

ふっと、自身の心音に耳を傾ける。


さっきまでは、良からぬことを想像してドクドクと早く脈打っていた。

でも今は、みんながそこにいる安心感を感じたせいか、幾分と落ち着いて聞こえた。


「…………」


胸に手を当てる。

ゆっくりと、けれど確かに、私の心臓は動いてる。



────戻れたんだ、私。



事あるごとに自覚してきた、みんなが自覚させてくれた、その嬉しい事実。

何度経験しても、どうしても目尻は潤んでしまう。


「…………♪」


折角だから、もう少しみんなの心音を聞いていたい。

それってヘンかな?大好きな人達が生きてる証の音、私は好きだけどなぁ。


それにしても、みんなの心音を聞いてると、こう……



トントン


タンタン


ズンズンチャ



何だか楽しくなってきちゃった。

足で、指で、全身で、心音が織りなすリズムを刻む。


側から見ると妙な光景かもしれない。

ただの街中の雑踏の中で、何とも分からないリズムに乗って揺れる女がいるなんて。


でももう、止まんない。

すっごい盛り上がってきた。

あ、このまま一曲書けそう……!


お、いい感じ!

そこでルフィのポップなリズム!

更にチョッパーのハードロック!

加えてそこにフランキーの……



………ちょっと盛り上がりすぎたみたい。

重低音を響かせながら近づいてきた人影に、私は全く気づかなかった。


「おい」

「わひゃあ!!?」


「一人で何盛り上がってんだ、もう揃ったから行くぞ」

「ぞ、ゾロ……」


時計台を見上げる。

約束の時間はもうすぐだった。


「ご、ゴメン」

「随分ご機嫌だったじゃねーか。何かいい事でもあったのか?」

「ううん、ちょっとだけ」


もうすぐサビだ!というところで止められちゃった。

でもいいんだ、曲ならこれから先いっぱい作れる。


だって……


「お、ちゃんと連れてきたか。マリモも偶には役に立つな」

「てめェの指示は聞いてねェよ」

「んだとォ!?」


「あら、そのブレスレット買ったの?いいわね、可愛いじゃない」

「本当ね、よく似合ってるわ」


「ウタ、あのわたあめ美味かったな!もう一個ずつ買ってるからウタにやるよ!」

「何ならわたあめ製造機作るか?ロケットランチャーマシマシでよ」

「わたあめもロケットランチャーも欲しいけど別々の方がいいなおれは」


「おや、その歌集……ヨホホ、実は私も同じものを買っていましてね。如何でしょう、この後デュエットでも?」

「昔わしの好きだった歌も載っておるようじゃ。お主ら二人の歌声で聞けるとは、贅沢なモンじゃのう!ワッハッハ!」


「ウタ、早く船に戻ろうぜ!さっき見たすっげー面白ェもんの話してやるからよ!」

「いやーアレはすごかったなぁ、数年前おれが海王類を仕留めた時以来の……」



みんなが一緒にいてくれる。


私にとって一番大事なこの曲のサビは、これからみんなで作っていくんだもんね。



「ゴメンみんな、お待たせ!」


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