心に芽生えた感情を

心に芽生えた感情を

エクセル山之上

「デリシャスマイル…」スヤスヤ


寝息を立てながらいつもの口癖を言うゆい。


「幸せそうに寝てるな本当…」


拓海はそれを見て安堵…


はしてはいない。

それも当然である。彼女が寝ている所それは拓海の"上"だからである。


5人での招き猫を巡る旅。

拓海には一人部屋をあてがわれて一人寝るという至極当然なことを常にやっていた。


しかしある時、旅行先の宿泊施設の部屋が不足し5人同じ部屋にならざる負えないという状況になった。

そうなった場合取れる選択肢は限られる。諦めるか、腹を括るか、我慢するか、である。


別の場所を探すには時間が経ちすぎているということで却下となった。

拓海だけが別の所で泊まる、最悪カラオケ店やネットカフェで寝るということも考えられたが食事のことがあるのでダメと否定された。

拓海なら大丈夫。という4人の確信があり今回は拓海も同じ部屋で寝るということとなった。


その時は何も起きなかった。実に平和に過ごせた。

拓海もこれは今回限りのことだろうと思った。しかしそうはいかなかった。


別に部屋を取るというのは当然ながらお金がかかる。

学生である拓海に毎度そのような負担はかけられないという考えは4人にあったようであり


「別に一緒の部屋のままでいいじゃないか?」


とあまねの一言でそのままの状態となり、今ではゆい、ここね、らん、あまねの4人と共に同じ部屋で寝るということをしている。


拓海なら過ちは犯さないという信頼が3人にはあった。ブラックペッパーとしての振る舞い、そして拓海としての人の良さは1年ほどの交流で分かっているからだ。


ゆいだけは幼馴染で常に一緒にいるから一緒に過ごすのも一緒の部屋で寝るというのも当たり前だったから抵抗がないという理由だった。


そういうことで拓海は同年代の女の子4人と一緒の部屋で寝るという傍から見れば羨ましすぎる状況に陥っている。

実際拓海も少しも意識していないことはない。むしろ意識せざるを得ない。


ここねは学校内でも話題になるぐらいの美少女だ。拓海も可愛い綺麗を思うぐらいには整っているしスタイルも良い。

あまねは生徒会長として顔が広く愛されているというも知ってるしクラスの男子からも可愛いという声を良く聞く。

ゆいは実は隠れファンが多いというのが耳に入ってくることが多い。一度「2年の和実って良い身体してない?」という下種な話題を聞いたこともある。


…実際拓海もそうだと思っている。昔と変わらない距離で接してくるのが最近本当に辛く思えてきてる。


らんは話題にはなることは余りない。けど魅力的な女性だと思う。明るさだけじゃないメリハリのある性格は受けはいいと思っている。


そんな女性たちと同じ部屋で寝る。というのは思春期の少年には刺激的なものだ。


「たくみぃ…」ムニャムニャ


拓海の現状は刺激的なもの

をはるかに超える状態であるのは自明である。"上"にゆいがいるだけではない。


スゥーと寝息を立てているここねが拓海の"左"にいる。しかも拓海の左腕に抱き着いている。

左腕にはここねの柔らかい感触が伝わってきている。動くたびにその感触を感じる状態だ。

拓海はなるべく動かないようにしているのだがここね側が結構動いてくる。まるで自分の胸を押し付けているように思える。


それなら右側で二人をどければいい。それは出来ない。なぜなら"右"も埋まっているからだ。


「ムニャァ…」


らんが拓海の右腕を握って離さないからである。

拓海は今両腕を封じられ、上には幼馴染が寝ている状態なのだ。


拓海はこの状況をどうするかを必死に考えている。

考えているのだがそれ以上に外からやってくる刺激が邪魔をしてくる。


更に言うとこの状況でフリーになるはずの"足"もダメなのである。

足が誰かに掴まれている感覚がずっとある。

そうあまねも3人と同じように拓海の身体の自由を奪っているのだ。

ただ拓海自身は動けないので確認の手立てがない。恐らくあまねだろうという考えがあるだけ。あまね以外ならそれはそれでホラーである。


更にキツイのは拓海に4人が抱き着いている状況であるので熱いのである。

その熱さが更に拓海の思考能力を奪っていく。


「どうすればいいんだ…」


熱さで起きてかなり時間は経っていると思う。声を出して起きてもらうというのもしてみたが効果はない。

身体を出来るだけ動かして起きてもらうもやったが意味がない。それどころか全員自分から離れないようにしがみついてくる始末だ。


「実は全員起きてるんじゃないだろうか…」

ギクッ ギクッ ギクッ


拓海は三人ほど反応があったのを感じた。

右と左と足。三人は起きている。唯一寝ているのは上だけ。


「腹ペコったぁ…」スヤスヤ


ゆいだけは本当に寝ている。本当に寝ているからここまで無防備になれるのだろうと拓海は思った。

逆に他の三人は起きて自分の意思でこれをやっているということだ。

ここねは胸を押し付けて、らんは指を舐めてきて、あまねに至っては股間を触ってきた。


一体何を目的なのか。それを考えたいが熱さで考えがまとまらない状態は続いている。


(何も考えないというのが正解だな…)

拓海は考えるのをやめた。とりあえず時間が経てば離れてくれるだろう。という考えの元再び眠りに付こうとする。

寝るのではなくて気絶になるかもしれないがそんな考えすらできないぐらいには頭が回らないでいた。


それから少し経って


「これはヘタレとは言えないな。」

「ヘタレてるならもっとうろたえるもんねぇ。それより…ここぴー大胆だね~」

「え、えっと試すならここまでした方がいいと思って…そういう気はないのよ!?」

「分かっているさ。品田には試すようなことをして申し訳ないと思っている。しかし…」


「たくみぃ…デリシャスマイル…」スヤスヤ

「ゆい、また口にご飯粒つけて…」ムニャムニャ


「この二人心の底から繋がっているようだな。」

「なんだろう…こんな風に試してしまったことが心苦しくなる…」

「けどらんらん達が実行に移そうとしたときに既にゆいぴょんは拓海先輩の上で寝てたもんね。」


「幸せそうだし、しばらく二人だけにしましょうか。」

「そうだな。汗もかいたことだしお風呂に行くとしよう。」

「さんせ~」



こうしてここね、らん、あまねは部屋を出て風呂に向かった。

部屋の鍵が閉められてしばらくした後。


「みんな行ったよね?」


ゆいは起きた。いや、起きていた。

あまねたちが拓海に仕掛けるという話を聞いてしまった。だから起きて先に拓海の上に乗るという行為をした。

理由は簡単だった。そんなことを拓海にしないでほしいという想い、そして拓海が悪者になってしまうのでは?という怖さ。

その二つがゆいを動かした感情だった。


「拓海を守ろうとして寝落ちしちゃったの恥ずかしいなあ///」


ただ拓海の上で寝てはいた。守るという気持ち以上に安心感を感じてしまいそのまま寝てしまったのである。


拓海はゆいの下で寝息を立てて寝ている。その寝顔を見てゆいは安堵を覚えた。

拓海に守られて拓海を守れなくて泣いてしまったことはゆいの中に後悔に近いものとしてこびりついている。


「よかった…」


安心したらなんか疲れが出てきたので再度寝ようとするゆい。

ただゆいの心の中である感情も芽生えていた。


(みんなが拓海に酷いことをするならあたしが拓海を守らないと。拓海に手を出さないでってしないと。)


ゆいは今日の出来事で拓海はそういう人受けがいい男であるというのが分かった。

ならば自分が抑止になればいい。ゆいはそう決心した。


だがゆいには致命的な欠点がある。


(どうすればいいんだろう…)


ゆいにはそういう恋愛的ものや男女の感情の動きを考えるというのが苦手なのである。

今まで食べることばかり意識してきたのが仇になってそういったものに疎くなっていた。


「zzz」


ゆいは必死になって頭を働かせる。

お腹が減っていて頭が回らないがそれでも頭を回す。拓海のために何か良い案を思いつこうとする。


そして、出した結論は


チュ


キスだった。寝ている拓海の唇をそのまま奪ったのだ。


考え付いたことはそれだった。自分がしていいのか分からなかったけどとにかくやる必要があると思ってやった。

頭の中がぐちゃぐちゃになっている。自分がやってることはあまねたちと同じなのでは?むしろ自分の方が酷いことをしているのでは?

そんな思いが頭の中に駆け巡っていく。どうしよう。どうしよう。どうしよう。


どうしよう。と思ったゆいは


もう一度キスをした。さっきより深く。


さっきより背徳的なキスをしたゆい。頭が混乱しすぎて何をしていいか分からなくなってしまった。

とにかく落ち着こう。とゆいは拓海の胸に頭をうずめた。


安心する。とにかく安心する。拓海が傍にいてくれるのが凄く安心する。

ゆいの心の中に拓海への想いが溢れてくる。溢れてきた想いは色んなものが混じっている。

一緒にいた分の積み重ねがあるからこそ訳が分からなくなっていく。


「ん…ゆい…?なんで泣いているんだ…?」


拓海が起きた。起きたらゆいが泣いていた。

なんで泣いているのか分からない。けどとにかくゆいが泣いている。

ならすることは単純だった。


「た、たくみ…」


拓海はゆいの頭を撫でて落ち着かせた。昔はよくやっていたが最近は恥ずかしさが勝ってやっていなかった。

けどこの状況は普通ではない。ならば四の五の言わずにやるしかない。拓海はそういう男だ。


「落ち着いたか?まったくお前は…」


拓海の笑みを見てゆいは落ち着いてきた。落ち着きを取り戻していくうちにある感情が芽生えてきた。


「拓海!」


ゆいは感情を抑えられず拓海に抱き着いた


「お、おい!」


「拓海!拓海!拓海!拓海!」

ゆいは抱き着いて拓海の名前を連呼する。名前を呼ぶたびに抱き着く力が強くなっていく。心に芽生えた感情を全部出そうとしていく。


「どうしたんだよお前…」

拓海は驚きはしたがそれ以上に困惑している。ゆいがこんな感じになっているのは今まで見たことないからだ。


「たくみぃ…」

ゆいの自分を見る顔がいつもと違うというのには拓海はすぐ気づいた。

いつもよりもゆいらしくない。そう女らしいというか凄く可愛い印象を受ける。

そう拓海が考えていたら


チュ


キスをした。拓海が寝ていた時よりも強く深く。

どうしていきなりゆいがこんなことをしだしたのか分からず拓海は困惑した。


「あたし、好き、」


「拓海が好き。大好き!」


ゆいからの告白に固まる拓海。しかし拓海はすぐさま


「俺も好きだ。ゆい。」


そう答えた。


「拓海!」

「ゆい!」


二人は抱き締め合い、愛を深めていく。

まるで拓海が恥ずかしがっている拓海の両親がいつもやってるようなことだ。


「いや~お風呂気持ちよかったなあ~ゆいぴょん~起きてる~」

そうこうしているうちにらんがお風呂から出てきて部屋に戻ってきた。


「拓海先輩も入って…ほにゃあ!!!!」


らんは見てしまった。二人が布団の中で抱き締め合っているのを。

しかし二人は二人の世界に入ってしまい気付いてない。


「えっと…その…ごゆっくりー!!!」

らんは急いで部屋を出た。あの世界を壊すのは出来ない、壊せるわけない。


「らんらんたちの計画大成功?でもあそこまでなるとは予想はしてなかったよねえ…」

そう部屋の扉の前でらんが静かに分析しているとここねとあまねが帰ってきた。


「?らん、どうした?部屋に入ったらどうだ。」

「朝早いから少し肌寒いし、湯冷めしちゃうわ。」


何も知らない二人を見てらんはとにかくあの世界を壊さないようにという意識を働かせる。


「ここぴー、あまねん。もう一度入りに行こう。」

「え?」

「らん?」


「とにかくもう一度入りに行こう!さ、さぁ!」

「待ってらん!一体どうしたの!?」

「らん?中で何かあったんだな!?そうだろう!?」


「とにかく行くの!」


らんは今までにないぐらいに強く二人を制し再びお風呂場に向かった。

拓海のスマホに「お二人だけの時間を楽しんでください。終わったら連絡ください部屋に戻れません。」とメッセージを送った。


二度目のお風呂に入ったここね、らん、あまねはのぼせた。


しかしらんはどこか誇らしげだった。


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