微弱
・エッチかよくわからない
・マギアナ優位
・捏造、ご都合設定
・映画後の時空
、
、
、
、
、
——カリ、カリカリ
(あー……クソ)
洞窟の中で硬いものが削られる音が響く。その音源は、たった今悪態を付いたボルケニオンからの物だ。実際には削っているのはマギアナで、削られているのがボルケニオンだった。
(さっさと終われ)
鼻を鳴らしても、仕事熱心な彼女は気づかない。
事の発端はボルケニオンのホースの一部が汚れていると、マギアナが指摘したことだった。温泉に入れば落ちると言ったものの、汚れはホースの周りをぐるっと一周するランプ部分にあり落とすには深くまで浸からないといけなかった。何より大きな体躯の彼は細かい作業は苦手である。その結果、錐状の手を持ったマギアナが汚れを削ぎ落とすことにした。しかしそれがいけなかったのだ。くすぐったいというには弱すぎて、不快感はない。なんというか、こそばゆい。削るというよりも、撫でるのに近い動作で汚れを落とそうとする。マギアナ自身は至って真面目なのだが、むしろ彼を追い詰めていた。
「なあ、別にもう少し強くしても大丈夫だぜ?痛くねぇしよ」
しかしマギアナは力を強めも弱めもしない。一定のリズムで汚れを削り続けていた。カリカリととが響く。これは何を言っても聞かないと理解したボルケニオンは大人しく瞼を下ろした。
「……おい、まだ汚れてンのか?」
いつまで経っても削る音が止まない。何より、あの錐状の手の感触が最初よりずっと強く感じるのだ。見えはしないが、高原以外に出たことは殆どないし土汚れのはずだ。そんなに時間がかかるはずはない。するとマギアナの手が止まった。終わったのかとボルケニオンが安堵したのも束の間。
——ツィーー……
「ヒ!?てめっ、何しやがる!」
例えるなら水滴が滑り落ちるような感覚。しかし水場にいるわけでもないし、汗をかいているわけでもない。ボルケニオンがマギアナを非難したのは、彼女が先ほどまで掃除していたホースを撫で下ろしていたからだ。それも意図的に触れているかもわからない弱い力で。
「終わったなら降ろすぞ!?」
“まだイヤ”
「ああ!?」
汚れを落とすため背に乗せられていたマギアナが子供のように拒否する。その反応にボルケニオンは苛立ちを隠さない。高原の子供達ならもうしばらく待ってから声をかけたりするが、彼女は別だ。明らかに何か企んでいる。そんな危なっかしいポケモンは背負っていられない。構わず降ろそうとしたがそれは叶わない願いだった。
「ッウ…」
“せっかく触れるのに、勿体無い”
再びホースを撫でる。金属質な手が鈍い振動を与える。そのせいでさっきから妙な感覚がするのだ。元より水や炎を打ち出すホースはボルケニオンの身体の中で最も発達していた。人の手のように自由に動き、水や自分の体を浮かせるほどの蒸気を打ち出す。そのため彼のホースは一際筋肉が密集していた。二匹はそんなこと知りもしないが。マギアナは撫でる手を何度も往復させる。メトロノームのように規則的な動きはボルケニオンの違和感を酷くさせた。
「は、それ、やめろ」
“どうして?”
「〜ッ変なんだよ!そもそも掃除はどうしたんだ!?」
脚にバチュルが這ったり、人間がしがみついていた時とは訳が違う。痒いところに手が届かない。なんていうのかもわからない。グルグルと喉元で居座るそれの正体がわからない。すると頭上から笑い声のようなものが聞こえる。
「なにッが、おかしい?!」
“困ってる貴方が珍しくて、つい”
「俺がいつ困ってるなんて言ったんだよ!?」
“だってここ、触られ慣れてないでしょう?”
上品な笑い声が続いた。マギアナの言う通りである。武器と同一のそれは、滅多に触らせないし触られもしない。そもそも触れると言う考えに至った事がない。だから、マギアナのような微量な振動が心地よかったのだ。
“私にも口があったら良かったのに、そしたら貴方のこれを噛んだり舐めたりできた”
(なんてこと考えてやがる!?)
正気を疑いたくなった。しかしボルケニオンも認めたくなかった心の一部が反応する。もしもあの小さい口で舐められたら、噛まれたら。
(やめろ、アイツはそんなッああクソ!考えるな考えるンじゃねえ!)
念じれば念じるほど頭の中は鮮明になる。あったとして、大した痛みも熱も感じないだろうに何故か想像上では明らかに違うものが示される。それも、今の心地良いが何倍にも膨れ上がったような感覚が襲いかかる。
「は、あ゛あッ!ぅゔ〜〜……」
“あら?”
風船のような心地良いが、膨らんで弾けた。爆発とは最も程遠いハズなのに、今までで一番強い。電気技を受けたように目の前がチカチカとする。渦巻いていたものと入れ替わるように、体の内側から何かが染み出していく。
「はっ、はっ……んあ?」
“大丈夫?”
「鬼かてめえ……!」
よくわからないの元凶は、白々しく心配してくる。先ほどまでホースを撫でていた手は目元を撫でた。
“泣いてる”
「そっんなワケ」
否定しようにも、実際に目の前がぼやけていたので諦めた。先ほどからよくわからないの連続だ。マギアナの行動も、変な心地良いも、体の中の爆発も、泣いてる理由も全部わからない。そんな考えも他所に、マギアナは目元を拭っている。水を吸わない金属の肌から涙が滑り落ちた。
“ボルケニオン”
「んだよ」
“またやりたい”
「ぜってぇ嫌だ」
“また可愛いボルケニオン見たいのに”
「ふざけんな!こっちはよくわかんねぇまんまなんだぞ!掃除も二度と頼まねぇ!!」
“わからないままでいいの?”
花を見せるときのように首を傾げる。あの目まぐるしい分からないをほっといていいのか。本当は触れたくもない。記憶の奥にでもしまってしまいたかった。しかし、あの爆発が体の中にこびりついているのだ。とても忘れることも
できそうになかった。
「……」
“ボルケニオン?”
「今日は、終いだ」
“!えぇ、また今度”
そう二人は言葉を交わして眠りについた。
分からなくても問題はない、時間はありったけ余っているのだから。