微妙に加筆
「ペンギン!!シャチ!!くそ!!
今日だったら負けないはずだったのに!!」
世にも奇妙な2足歩行のシロクマが空を見上げて叫んだ
まばゆいほどに輝く月は雲に隠されてしまいその姿は見えない。これでは、月の戦士の実力は発揮できたものではなかった。
「おい…この程度でくたばってねェよな!!相棒(ペンギン)!!」
「当たり前だ…。おい!!相棒(シャチ)死んでもここから引くんじゃねェぞ!!」
ペンギンと言われた男は、槍を杖代わりにして立ち上がる。その背中には何本もの赤い線。
白いツナギを赤が染め上げていく。
「時間を稼げ!!奥の手がなくなったおれたちにはこいつは倒せない!!せめてキャプテンと麦わらが本体を倒すまで持ちこたえろ!!」
シャチの帽子に身を包んだ青年は、割れたサングラスを持ち上げて叫んだ。
「ベポ!!ペンギン!!シャチ!!
もう…もうやめてくれ…。もう……。もういいんだ!!もうおれのことを引き渡してくれ!!
おれのせいでお前らが傷つく必要はねェんだよ。」
じたばたと青年がいくら暴れようとも、白いツナギに包まれた大きな手は少年を抱いて離さない。
大柄の男に押さえつけながら、ひどい隈をした青年がなんども咳き込みながら、叫び声を上げる。
その頭の上には、決戦前に渡された麦わら帽子が、普段の黒縁模様の帽子の代わりに乗せられている。
太陽のように笑う少年は、青年の記憶よりも優しい笑顔でこれをローの上に被せて、偽りの王の大地に走り出した。その横には、本懐を成し遂げた別の次元の自分がいた。
その男の全身には無数の治療の跡。
体の大部分を白い包帯が覆い、唯一無事だった背中には消せない海賊旗のマークがあった。
ハートの海賊団のジョリーロジャーの上にひかれた斜めの真新しいタトゥーは、縛り付けるために刻まれたものだ。
「おれは、お前のすべてを奪ったはずだったんだがな。ロー…。」
ピンクのコートに身を包むはかつての七武海。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。ドレスローザの民を1日にしてすべて虐殺したことにより七武海を剥奪されるはずだった。
だが、実際は違った。元々ドレスローザはなかった国になった。この地は、かつての祖国と同様に消されたのだ。
地面には獣の爪痕のような幾筋も傷跡。鳥籠が閉じた瞬間のことは幾晩を経ても頭にこびりついて離れてくれない。
いくつものトマトをつぶしたかのような地面の色。鉄の香り。ところどころに交じる小さな小さな骨。
骸骨が睨むように見えて、青年は少しひるんでしまう。
”偽りの平和を楽しんでいたのに。あなたさえ、いなければこんなことにはならなかったのに。”
そう告げるようにがらんどうの目が少年に告げる。
「…幹部は麦わらの一味に引き受けてもらってんだ!!たかだか一体の人形ぐらい!!倒せねェでどうする!!」
「ローさん!!おれたちはあんたに助けられたんだ。恩人の為に命もはれねェなんて漢じゃねェ!!」
青年は、たどり着けなかったワノ国を超えた二人の背中にたくましさを感じることもあった。
自分がドフラミンゴを倒せた世界では、ここまで強くなってくれているのかと嬉しさを感じた。
そのたびに青年は、罪悪感にさいなまれていた。自分が倒せなかったから。傍にクルーはいてくれないのだ。
異世界のクルーの腕の中で、青年は何度目かわからない謝罪をした。するべき相手はもうここにいないのに。
「もう二度と逃げれないようにしないとな。フッフッフ」
サングラスの奥の目は見えない。何を考えているかなんて察しがついた。その目は青年にとっては恐怖の対象でしかなかった。
「ジャンバール…頼む。もう離してくれ!!おれは…おれは!!おまえを殺してでも進むぞ!!」
青年は自身を引き留める男に向かって、微力な電撃を浴びせた。
その威力は、こちらの青年とは比べ物にならないほど弱い。それは長きにわたる監禁生活のせいか。それとも仲間には攻撃をできない青年の性だったのか。
「グッ!!…悪いな。キャプテン。自殺願望は聞けない。」
青年の震えるその手は、ジャンバールが記憶していた…。いや、今朝見たものよりもずっと細く、簡単に押さえつけることが出来る。
「やめろよ。おれがいけば、丸く収まるんだ。いい夢を見た。もうお前らに会えるなんて思ってなかったんだ!!もう。いい!!船長命令だ!!おれの為にもう二度と誰も!!死なないでくれ!!」
青年の傷口が開いたのか、目の下の傷から血がこぼれる。涙のようにさえ見えた。
「…キャプテン。いや、トラファルガー・ローと呼ぼう。
おれたちのキャプテンはお前ではない。お前の船はもうない。」
ジャンバールはゆっくりとはっきりと告げた。青年の目からしずくが零れ落ちて赤く染まり地面におちた。
「なら。もう死なせてくれ…。お前らは元の世界に帰れ…。そこで幸せに暮ら…」
青年の言葉を遮るように大男は叫ぶ。
「だが、そちらの世界のおれも!トラファルガー・ローに救われたのだろう。
獣のように這いつくばる人生を終わらせ、2度目の生をくれたのだ。
きっとそちらの世界のおれもそうしたはずだ。この命、好きに使わせてもらう!!」
ジャンバールは、目の前の糸人形を睨みつけた。いつの間にか、目の前にいたはずの二人組は静かに地面に伏せたまま動かない。いや、動けない。
「ペンギン…。シャチ…。」
自暴自棄になりそうな青年を抱えて大男は走り出す。糸人形のターゲットが自身に向いたことだけは容易に分かった。
「最後まで粘ったのは、お前だったなぁ。キャプテン・ジャンバール。それとも、奴隷のジャンバールの方がいいか。大事に動かなくなったシロクマを抱えて走る姿を見せてやりたかったよ。」
糸人形がすぐそこに迫っていたことだけはわかった。
かなわない。だが、諦めるわけにもいかない。自分より年下の青年が。3度目の地獄を味わった青年が震えているのだ。
命の恩人がすべてを諦めてここにいる。そのために戦わなくては自分はなんのためにここにいる?
…切り札はベポだ。かろうじて立っているが後数発でも攻撃を受けてしまえば、確実に勝利の目は潰える。
「雲が晴れるまで、時間稼ぎにでもなればいいのだが…。」
ジャンパールはそう心に言い聞かせて、腕を大きく振るった。青年の体がズサッと、音を立てて地面にたたきつけられたのが分かった。
手荒な真似をしたことを心の中で謝罪する
「さぁ。いけ。お前をとられればすべて終わりだ。
走れ!!キャプテン!!きっと救いの手は差し伸べられる。」
かつて、自分に差し出された入れ墨だらけの手を思い出し、にっこりと笑った。きっと、向こうの自分もこう思い逝ったのだろう。
武器を抜き取り、目の前の糸人形を睨みつけた。
「価値のある方で呼んでもらおう。おれは、ハートの海賊団の新入り。ジャンバール。命潰えるまで戦おう。」
糸人形の顔に青筋が浮かんだ。
「おれが悪かったんだ。もう助けてなんて言わないから!!もう!!生きたいなんて思わないから。
頼む…。おねが…。おねがいします…。もう!!何も奪わないでくれ!!」
筋肉の衰えた脚はうまく歩くことさえままならない。
ないはずの右腕が痛む。
芋虫のように這いずりながら青年は、仲間の元に近づいていく。
「嫌だ。もう!!もう!!一人になりたくねェ!!!」
青年が叫んだとき、雲が割れた。
一方そのころ、かつて王の大地と呼ばれたその地では、激しい戦いが行われていた。
王としての資質を持ったものの戦いだ。麦わら帽子を被った青年が、自分の背丈の2倍ほどあろう王と戦っている。
「麦わら屋!!悪い!!手間取った!!」
その右手には、今にも眠りにつきそうな女がいた。その下腹部は丁寧に包帯が巻かれている。
その包帯には赤色がにじんでいた。
ー
時は数分前にさかのぼる。かつての同僚だった女がそこにいた。少女のように幸せそうに恋を楽しんでいた彼女の面影はそこにはなかった。
喪服に身を包み、わずか数時間だけの恋人をうしなった女がそこにいた。
”麦わら屋。先にいけ。おれがやる。”
赤い服をまとった青年が、”ゆっくりでいいぞ。ミンゴはおれが倒しとく!!”と憎まれ口をたたきながら走っていった。
女は、ローを見るなり大砲を撃った。かつて精確だったその射撃術は、手の震えにより見る影もなくなっていた。
”ロー…。なんで帰ってきたの?うまく逃げてくれたと思ったのに。
もう。ファミリーのことが分からないの。私は便利な女?ねぇ。私は必要?あなたは必要だと思ってくれる?”
かつての同僚は、操り人形のように立ち上がった。異世界の自分が言っていたことを黒縁模様の帽子を被った青年は思い出していた。
ベビー5が脱出を手伝ってくれたのだと。あの地獄の中で唯一の希望だった。
おそらく、どこかでお互いを支え合っていたのだろう。
”…ねぇ。もう。もう…殺して。あの人の笑顔が私を責めるの!!蹴り飛ばされた胸が痛むの!!一緒にあの中で死にたかった。どうして!!サイは私を蹴り飛ばしたの!!?”
”ベビー5…。”
青年なら自分のことなど簡単に殺してくれるはずだと女は思っていた。
震える手で刃物に変形する女。青年がそっと、刀を抜いた。
あぁ。ようやくあの人の元に行けるのだと。女はにっこりと笑ったのだ。本当に必要としてくれた人の元に行けると。そう思った。
だが青年は、刀を振るわなかった。そして、口を開いた。
”お前の旦那を助けられなくて悪かった。ふがいないおれを許さないでくれ。きっとこの世界のおれもそう言うだろう。”
その言葉を聞いた瞬間、糸が切れたように女は動きを止めた。
”ねェ。ロー。そっちの世界で、あの人は幸せに暮らしてる?”
”あァ。最高の嫁を貰って幸せに暮らしてるさ。”
”それが聞けただけで良かったわ。”
女は、胸ポケットにしまった煙草を取り出し、火をつけた。
そうして、自身の腕をピストルに変形させて頭に当てる。
やめろと言おうとして、言葉を止めた。このまま死なせてやった方が良いのでは。そう青年は思った。
時間が停まったように感じた。上から垂らされた1本の糸は女の腹をそっと貫いた。
”ベビー5!!”
震える手で、女を抱き上げる。その体は信じられないほど軽かった。
糸は急所を避けて、それでいて意識を失わせる見事な手腕だった。
”…何を考えてんだ。あいつは。”
ー
「トラ男!!行け!!」
赤い服が白色に変わっていく。黒い髪も白い色に変わっていく。ドフラミンゴに攻撃を仕掛けようと、青年が拳をふるった。
合図だった。
青年は、そっと頷いた。
「あんときも言っただろう!!奥の手だって!!
Room!!シャンブルズ‼これは向こうのおれの分だ‼」
目の前に現れるピンク色のコート。
内部から破壊される衝撃波によってピンク色のコートがなびいた。
ドントット…ドントット…
どこからかドラムの音のような心臓の鼓動のような音が聞こえる。どこか勇気が湧くような。楽しくなるようなドラムの音だ。そう、シロクマは思った。
遠くから伝わってくる衝撃波。空が…二つに割れた。
立ち上がれ。体がそう叫ぶ。戦え。戦え。守り通せ。
「ローさん。運はおれたちに回ってきたよ!!もう負けない!!」
シロクマの体毛が月の光を受けて透明に輝く。
シロクマの爪や牙が鋭く尖っていく。
「…ベポ!!思う存分暴れろ!!」
「あとのことはまかせていってこい!!」
倒れたはずの仲間が立ち上がる。
「ベポ!!ペンギン…シャチ!!」
「グルルル…」
糸人形を睨みつけるかのように月の戦士は立ち上がった。
ー
ドントット…ドントット…。
不思議な鼓動の音が聞こえる。
「おい。トラ男!!もう一人のお前ほってていいのか?おれ一人で戦えるぞ。」
そう目の前の白い男が言う。
「無駄口をたたくな。相手はあのドフラミンゴよりもたちが悪ぃ。それに、もう一発くらい殴っときゃよかったなと思ってたところだったんだ。」
「シシ。ならいいんだけどよォ。」
心配する必要はない。あいつにはベポ達がついてる。
それに…おれは。
もう二度と、立ち上がれねェようなバカじゃねェ。
ー
数倍の大きさになったシロクマが、右腕を失った青年をかばうように前にたった。
その様子を見て、右腕を失った青年が震える足で立ち上がった。
「おれも…。おまえたちと一緒に戦う…。もう守られるだけじゃない。」
かつてのドレスローザの民が残した剣を慣れない左手で持ち上げて青年はかつてのように、立ち向かっていった。