御まとめだあっ3

御まとめだあっ3


 ちょうど日が登るタイミングで目が覚めた。ベッドの下の泥を窓にぶつけてベッドの下に手を伸ばしたが、泥がない!ああ、そういえば夢の中で父上が城の外の人が来るからその人の達の通る空間だけ泥を掃除するように言ってるのを見たな「いつもは謁見場と食堂とキッチンだけの掃除の範囲を広げるだけだから簡単だ」とメイドは言っていたが、俺の部屋も掃除したのか。

 陽の光が眩しい、カーテンを閉めようと窓に近付くと田植えドラゴンが窓を開けて入ってきた、田植えドラゴンは田植えができるだけあって器用だからな、部屋の中が水田じゃないのを見て泥を運んできたのだろう。

 ふと窓の外を見ると中庭に姉上が見えた、俺は窓から飛び降りた。姉上に昨日の、城の外の話をしたいと思ったのだ。

「姉上!外に遊びに行きましょう!外に!」

「ここは外よ。見て、お花がとっても綺麗。」

「中庭なんて外じゃないよ!外行きましょうって!」

 確かに中庭はいつもの風景と大きく様変わりしていた、使用人が頑張ったのだろう。いつもは泥沼の地面が草地になっている、植えられている花が草原に生えているものになっている、虫もカエルの餌になるバッタやてんとう虫がいる、いつもはカエルやヤゴやトンボなど田植えドラゴンの餌になる動物がメインなのに、色々と珍しい。だがこんな景色は城の外ならありふれている。

 姉上が城の外の世界を初めて見た時の反応を知りたい、一緒に外に行きたい、だから俺は昨日と同じように3階の窓から飛び降りる方法を考える。俺が知りたいのは俺と同じルートを通った姉上が外の世界を見てどんな反応をするかだ、そのためには3階から落とさないと。そうだ、中庭の木は昨日と同じじゃないか、あの木から俺は3階に登ったのだ。

「ほら姉上!木を登りましょう!あの木を登れば外に行けますよ!」

「まあ!新芽が出ているわね!とっても綺麗。」

「えっあっ確かに!さっすが姉上だ!俺にはない視点がある!だから一緒に外を見に行きましょう!」

「何が『だから』なのかわからないわよ。木に登ったら枝を折ってしまうかもしれないでしょ、可哀想よ。」

「そうか!じゃあ別の手段を考えないといけませんね!」

 俺はこの中庭の中で大きく変化したことと変化していないことだけに気が取られていた、姉上は小さな変化に気付いた、最も小さな者こそ最も偉い人という言葉があるように、小さなことこそが世界の本質なのだ、人に仕えられる大きな者でなく人に仕えられる小さな者こそが偉いのだ。

 俺たち王族は全てを知れるが、全てを理解して身につけることができているかと言われたら絶対に違う、知識とは利用することができて初めて知識と言えるのだ、全てを知り全てを|識《し》らなければ全知とは言えないのだ。

 木を登れないならどうやって3階に行こうか、ふと空を見上げた、鳥が飛んでいた。

 木を登れないならどうやって3階に行こうか、ふと空を見上げた、鳥が飛んでいた。特段珍しいことではない、田植えドラゴンの餌になる動物は鳥の餌にもなるし田植えドラゴンは鳥を食べないから平然と空を飛ぶのだ。

 そう平然と空を飛んでいたが、何かが鳥を撃ち落とした、よく見ると鳥の骨が鳥を撃ち落としたのだ。

「「あっ」」

「「鳥が」」

「えっ姉上!」

 おそらく折羽ガエルの狩りだろうと思った、そして折羽ガエルに興味を持った俺が教会に向かって走ったように折羽ガエルを使って外への興味を掻き立たせようと思いついたのだ。その瞬間に姉上が地面に落ちた鳥に向かって走り出した。

 姉上は慈悲深い人だ、俺が落ちた鳥に駆け寄った時は興味本位だった、しかし姉上は慈愛で助けるために駆け寄ったのだ、何と優しい人だろう。

 姉上は新芽が生えてる木の枝をへし折って鳥に突き刺した。

「姉上!?」

「大変だわ!羽が折れてるじゃない!早く医務室に連れて行かないと!」

 鳥を枝で持ち上げて手に握りしめてそう言って姉上は歩き出した。

「姉上!?どうして枝を折って使ったんですか!?」

「しゃがんだら服が汚れちゃうじゃない。」

「でも新芽が綺麗だって言ってたじゃないですか!?」

「ええほんと綺麗よね、後であの枝を部屋にでも飾れば?」

「えっ……えぇ?姉上!?急ぐんじゃないんですか?そんなゆっくり歩いて……」

「ええ急いでるわよ、ほんと、早歩きなんてしたらお淑やかじゃないじゃない。今日はせっかく泥に汚れたらダメな服を着れる日なんだから、楽しませてよね。」

 そういえば今日の姉上の服は豪華だ、いつもは黒を基調とした動きやすい服なのに今日は白を基調とした明らかに動きにくそうなヒラヒラの付いた服を着ている。

 確かにこんなにお淑やかな姉上は初めて見るかもしれない、いつもはかなりワンパクだから新鮮だ。いつもの田植えドラゴンのウンコを拾ってきて騎士の顔面に投げつける姿からは想像できないほどお淑やかだ。

「あの姉上、血が服に付いてしまいますから、俺が医務室まで運びますよ。」

「あらほんと汚い、ふんっ。」

 姉上は鳥を投げた、俺の部屋の開いた窓に鳥が飛び込んでいった。

「姉上!?」

「あのね、私の手柄を取ろうとしないでくれる?私があの鳥畜生を助けてあげるの、あなたは外にでも遊びに行けば?」

「鳥畜生?」

「そうよ、王族の服を汚した愚かな鳥畜生にも慈悲をかける私の優しさを人に伝えに行きなさい、私はあの鳥畜生を医務室に連れて行くわ。」

「確かに俺の部屋のかなり近くに医務室がありますが何も投げる必要はなかったじゃないですか!?」

「人の手柄を取ろうとするだけじゃなくて文句まで付けるのね、服が汚れるって言い出したのはあなたじゃない。もういいわ、ドラゴン!ドラゴン!」

 田植えドラゴン達が俺の服を掴んで高く飛んだ、姉上は田植えドラゴンを足場にしてゆっくりと空を飛んで行く。そして俺は飛んだ勢いのまま空中に放り投げられて城の壁に叩きつけれらた。プラネタやニムロデのことを調べていて自分の未来を見ていなかったことが裏目に出た。

 骨が何本かやられてるが、幸いなことに指の骨も筋肉も無事だから自分の服を操り人形の感覚で動かせば自分の体を動かせる。昨日の経験が活きてるな。

 そうだ、昨日の話で言えばプラネタが近くまで来ていたはずだ。

「プラネタ!体を使わせてもらうぞ!他の使用人達もだ!」

「えっ」「「はい王子。」」

 俺の服の糸とプラネタの毛を使ってプラネタと使用人2人を操る。プラネタに使用人2人を投げさせる、その2人が空中で足を曲げる、そして足裏を落下中の俺の足裏と合わせて、使用人2人が俺を蹴り上げた。

 俺は飛び上がり窓から自分の部屋に入室した。鳥の血は止まっていた。姉上がドアをノックして入室してきた、優雅に悠々と歩いて。鳥を鷲掴みにしてまた歩き出した。俺はもう何も言えなかった。

「大変よ!冷たくなってきてる!急がなきゃ!」

 姉上は踊るように歩き出した、普通に歩くよりは早い。俺はよく怪我をするから俺の部屋の隣に医務室がある、今も俺はボロボロだ。

「お医者様!この鳥を助けてください!羽が折れてるんです!」

「残念ながら……血を失い過ぎていますね……心臓ももう止まっています。」

「そんな!シクシク、シクシク。」

 姉上が鳥を握りつぶしながら泣いている。

「そんな!シクシク、シクシク。」

 姉上が鳥を握りつぶしながら泣いている。手からは潰れた肉が滴り落ちる。人差し指から順番に指を曲げて鳥の体を頭から潰していく、指の隙間から潰れた羽と小さな目玉が落ちる。中指を曲げた時に肺が潰れて鶏のような音が響いた、中指だけは3度開いて曲げてを繰り返して3度鳴かせた、姉上は泣きながらも少しだけ笑った。薬指で内臓がこぼれ落ちる。小指で足が千切れて地面に落ちた。

「姉上……命というのは……とても……とても脆く儚いものなのです……だからそんなに泣かないでください。私まで悲しくなってしまいます。」

 姉上の肩に手を置く、ちょっと体の痛みがひどくて自由に体を動かせなくなってきた。姉上の体にもたれさせてもらおう。

 姉上は潰れてバラバラになった鳥の死体をゴミ箱に捨てた。

「姉上!?命は!とても大切なものなんです!」

 自分の体を糸で動かして姉上の体を大きく揺する。糸で無理やり操っているからちょっと乱暴な力遣いになってしまったけど、それでも俺は姉上に伝えるべきだと思った。

 姉上は俺の服で手に付いて血と肉を拭きながらため息をつく。

「ほんと、なに?なんなの?うるさいんだけど。」

「姉上こそ何をやってるんですか!?ゴミ箱に捨てるなんて酷いですよ!」

「じゃあどうするのよ?」

「どうって……私なら鳥の死体をどうするかって話ですか?庭にいるカエルの餌にでもと考えていましたが……。」

「最悪ね、地面に埋めるのかと思ったわ。それも最悪だけど。」

「最悪ですか?」

「ええ最悪よ、だって泥や糞になるなんて最悪じゃない。それならゴミ箱に捨てられて燃やされた方が私は嬉しいわ。医務室のゴミ箱は泥に分解させずに燃やされるの、知ってるでしょ?衛生的な理由でね。」

「ああ、そうですか。良かった。姉上は姉上なりに最善の行動をしてたんですね。」

「はあ?こんなのが最善なわけないじゃん。私はただ自分のために行動しただけよ、私はまだ王様じゃないんだから最善の行動なんてする必要ないでしょ?」

「えっ!?最善だと思って行動してないんですか!?でも鳥の死体をゴミ箱に入れたのには意味があったじゃないですか!」

「そりゃ、ちょっとやりすぎたって思ったから、ほんと。私の手と服を汚したんだから対価として楽しませてもらおうと思って、やりすぎちゃったから少し可哀想だなって。同情したのよ、ほんとよ。」

「そう……ですか。あのですね姉上、私たち王族は恵まれて生まれてきたんです。善く生きようと思えば善く生きていけるんです。善く生きましょう、そうすれば幸福に生きられるはずです。」

「恵まれた?シェオル、ほんと、あんたって頭の中も幸せ者なのね。こんな泥まみれの城の中で生まれて何が恵まれてるの?産まれた時に母親が死んでるのに何が恵まれてるの?母親があんたのせいで畜生腹って言われてるのに何が恵まれてるの?あんたみたいな弟を持って何が恵まれてるの?善く生きることに幸せを感じれるほど私は恵まれてない!恵まれてると感じれるほど幸せじゃない!あんたは幸せ者よね!だから恵まれてるって感じれるんでしょ?恵まれてるよね!だから幸せだって思えるんでしょ?私は違うわ、ほんと、羨ましいわ。」

「姉上、その苦しみは理解できます、共感できます。だからこそ言わせてください。私たちは恵まれています。」

「理解してるかもね、同じことを感じてるかもね、でも同じ感情じゃない、気持ちが違うのよ。ほんと、シェオル、あんたって人の気持ちがわからないわね。あんたが恵まれてると思えるのは心が恵まれてるからよ。恵まれた心を持って産まれましたって自慢して楽しい?楽しいわよね、私は不快よ、ほんと。もう私は中庭に行くわ、田植えドラゴンが起きる前に綺麗な庭を楽しみたいもの。」

「待ってください!あんな庭は城の外に行けばいくらでも見れます!城の外に行きましょう!」

「行かないわ、だって城の外の評判なんてどうでもいいじゃない。私は綺麗な庭を楽しむ感性を持ってることをアピールしてるの、城の外の下民どもにそんなことして意味がある?城の外の人間は私が王女であるって知らないのに、ほんと意味のないことはしたくないわ。」

 俺は歩き出した姉上の服を掴んで窓の外に放ち投げた。

 俺は歩き出した姉上の服を掴んで窓の外に放り投げた、昨日と同じ場所だったから、たまたま偶然、俺が窓を壊して城の外に出た場所だった。だから姉上を窓の外に放り投げた。

「なに!?怒ってるの!?ゴミ箱に捨てたのは私なりの弔いよ!その怒りは見当違いよ!ほんと!」

「いえ!姉上はもっと外を知るべきだと思ったんです!」

 姉上はドレスを落下傘のように使ってフワフワと降下しているので鳥の骨を投げつけてドレスを裂く。姉上が砕いてくれていたおかげで投げやすい、鳥の骨は砕くと尖りやすいので田植えドラゴンはあまり鳥を食べない、尖った鳥の骨が姉上のドレスを綺麗に裂いた、あれなら貴族だとはすぐには分からないだろう。

「ほんと何なのよー!」

 落下していく姉上を見送ってバラバラになって散らばっている鳥の死体を拾い集めて折羽ガエルに持っていく。城の中は田植えドラゴン達が目覚め始めて泥を運び始めていた、姉上のあの格好ならすぐにドレスに泥が付くような状況だ、タイミングが良かったな。どうせ血が付いて汚れていたし着替えるタイミングだったのだ、城の外に出て少しぐらい服が裂けてても問題ないだろう。やっぱりさっきの行動は最善だったようだ。

 折羽ガエルの巣には田植えドラゴンの死体が置いてあった、きっと餌だろう。鳥の死体を持ってくる必要はなかったな。

「よう、シェオル……だったよな?」

「来たなニムロデ。知っていたぞ、目的は勉強だろ?」

「いや違うけど。」

「否定するのは仕方ない、獣人と王族じゃ知れる情報が違いすぎるからな。お前の目的は勉強なんだよ。」

「いや違うって。朝起きたら家が、あーいや、教会って言った方がわかりやすいか。教会が急に倒壊して家族はみんな庭の穴を埋めていたから巻き込まれなかったけど少し唖然としていたら城から大量の田植えドラゴンが飛んできて俺たちをここに連れてきたんだよ。あんなに大きく城の壁が崩れるのなんて初めて見た。」

「ああ、きっと運命だろうな。お前ら家族を養ってやる、その代わり本気で勉強しろ。3日後に俺と一緒に学校に行くぞ、貴族の通う学校だ、この城の中にある。」

「運命って……聞いてたけど王族は本当に規格外だな。」

「でもお前は王族を尊敬しないんだろ?」

「なんッ!?」

「夢で見た。これも運命によって導かれるから為せることだ。」

「どこまで知ってるんだよ……。」

「どこまで知ってるんだよ……。」

「そう言いながら俺がニムロデのことをどこまで知っているのかを本心では知りたくないと思ってる。そんなことを知ってるぐらいにはニムロデのことを知ってるよ。」

「……じゃあ、あんまり知らねぇな。俺はシェオルに『どこまで知っているんですか?』って聞いたんじゃねぇ、ただシェオルが多くを知っていることにビックリ仰天したんだ。」

「そうか、人の気持ちを分からないって姉上にも言われたなぁ。」

「そっか、王族でも叱られるんだな。仲良くなれそうだ。」

「叱られたわけじゃない、指摘されただけだ。お前と一緒にするな、勝手に一緒にして共感するな。」

「共感してねえよ、お前だって一緒にしてんじゃねぇ。俺は叱られるようなことはない、真面目だし、それにシスターは人を叱るのが苦手な人だ。むしろ叱る側だったんだぜ。」

「横に座るな。俺は折羽ガエルを|愛《めで》てるんだ。」

「そいつの名前はクシュだ。種族名でばっか呼ぶなよ、悲しいだろ。」

「そうか、ごめんなクシュ。」

「やっぱ仲良くなれそうだ。俺はな、シェオルにも知らない事があるって知って仲良くなれるって思ったんだ。」

「そうか。」

「理由は聞かないのか?」

「推測できる、王族の推測は必ず当たる。だから必要ない。」

「意地張ってるな?わかるぜ。姉さんに叱られたのがそんなに堪えたか?叱られた後のガキそっくりだぜ。」

「張ってない。俺は王族だぞ。」

「俺は獣人だ。つまりな、王族だとか獣人だとか、そんなの関係なくガキはガキなんだよ。」

「違う。俺は意地を張ってるわけじゃない。ただ少し寂しいんだ、姉上が城の外に出かけちゃったから。」

「ただ寂しいだけか。そうか。ガキじゃねぇかよ!」

「やめろ!肩を組むな!」

「恥ずかしがんなよ!」

 笑いながら絡んでくるニムロデ。思った通りだ、人と仲良くなるには少し弱みを見せるべきなのだろうな。普通の人の気持ちを少し理解できた。貴族だったら俺の意図を汲み取って弱みを見せる前に距離を詰めてきてしまうから練習にならない。人の気持ちを学ぶための教材としても城の外の人間を招き入れたのは正解だった。

 姉上がいなくて寂しいというのも嘘じゃない、姉上はうるさい人だから城のどの辺に姉上がいるのかいつだって分かった、でも今は城の中に姉上はいない。心の中の何かが欠けたようだ。

 姉上が城の中から居なくなったことで今まで姉上の煩さから聞こえなかった音で城の中を把握できるようになった。父上が城を出た、しかもお供を連れずに1人で隠れてコソコソと。そういえば父上が仕事をしてるところなんて見たことがないな。

 父上は俺と、いや俺と姉上とあまり顔を合わせないようにしている。それは俺が1歳の時に気付いた、父上は俺が会いたいと望んだ時しか会えなかった、そう俺が会いたいと望めば運命に導かれて会うことができたのだ、ある時は天井を突き破って父上が落ちてきたり壁を壊してきたり、どのような形にしろ父上から望んで俺たちに会いにきてくれることはなかった。

「なあニムロデ。普通の家族ってどんなのなんだ?」

「さあな。家族ってのは、言葉で簡単に表現できるものじゃねぇ。」

「俺が産まれて数日経って母上は死んだ。だから俺は母親というものを知らないんだ。」

「そうか。俺は両親が戦争で死んで魔王軍と王族と貴族を恨んでた。」

「知ってる。それで家族というものに固執していたんだろ?」

「そうかもな。昨日お前に|折羽ガエル《こいつら》を売れないって言ったも、それだったのかもな。」

「そうか。お前の両親の話をしてくれないか?」

「いいぞ。いい人たちだったよ、真面目で教会と国への感謝をいつも忘れなかった。俺の名前は教会に付けてもらった名前なんだぜ。狩猟で生計を立ててたからよ、運命に導かれないと食っていけなかったんだ。敬虔な動物の子が獣人になる、その獣人は大抵は狩猟で生計を立てるもんなんだ。敬虔な狩人じゃなければ|狩《かり》は上手くいかない、当然だ、力や技術は獣人よりも動物の方が強いんだからな。だから信仰に頼る、それが獣人、いやそれが人間なんだ。信仰で言えば雲に銃を撃って雲に隠れる羊を狩るのは狩人にとって名誉であり信仰の証左だったんだ、毎朝の日課として雲に銃を撃ち、羊を狩れた時に初めて一人前の狩人として認めてもらえたんだぜ。|父《とお》ちゃんは数日に1匹も羊を狩ってくる凄い狩人だったんだ。|母《かあ》ちゃんは羊の肉の処理がヘタクソで羊の料理は獣臭くて不味かったけど、それ以外の動物の料理は本当に|美味《うま》くていい母親だったよ。」

「そうか。」

「じゃあ今度はお前の番だな!」

「だから俺は母親をほとんど知らないんだよ。」

「でも何か話せよ、俺は話したんだぜ。さっきも話してくれたじゃねぇか。」


「……姉上が、俺の母親代わりだった。姉上は俺に色々なことを教えてくれた。」

「そうか、俺にとってのシスターみた……。」

「お前は貴族でも王族でもないんだ、人の代弁をしようとするな。獣人に失敗は許されないんだぞ。俺の実の母親は獣人だった、そんで1度のミスで死んだんだ。」

「そうか……。」

「まだ母上が生きていた時の姉上はとても暴れん坊で横で寝ていた俺をあの手この手で泣かせるので俺と引き離して育てられることになった。母上は俺と姉上の世話を往復しながらしてて事故死をした。姉上が初めて言葉を喋れるようになったことを母上に自慢しようとして母上のネックレスを掴んだことで喉が締まって田植えドラゴンの操作を誤って墜落して死んだ。お前ら獣人は田植えドラゴンを移動に使うなよ、貴族じゃないんだから。」

「使わねえよ!田植えドラゴンってあのちっちゃなドラゴンだろ?あんなのに乗れるかよ!」

「乗るんだよ俺たち貴族や王族は。そういう常識みたいなのも教えないとな。王族や貴族の仕事って何かわかってるか?」

「なんかアレだろ?戦争したり、税を奪ってったり、偉そうにしたりだろ?」

「違う、貴族王族の仕事は……もっと色々だ。」

「例えば?」

「治安の維持とか、魔物の退治、病人の治療、公道の整備、治水、外交、とにかく色々だよ。」

「そうか。お前さ、話を逸らすの下手くそだな、家族の話をしたくないならいいよ、無理に知りたいわけじゃないし。」

「あーはいはい、話せば良いんだろ?俺は母上の言葉を何一つ覚えていない、姉上は『素敵なプリンセスになってね』って言葉だけ覚えてるらしい、暴れん坊だったからな。母上が死んでから姉上はワンパクなぐらいの子供になった、暴れん坊じゃなくなったんだ。」

「そうか。」

「そうだ。」

 クシュが口をピョコピョコと跳ねて寄ってきた。

「ほら、こいつもシェオルを慰めてるぜ。」

「そうか。」

「そうだぜ、元気出せよって言ってる。」

「そうか。なあニムロデ、姉上を、プルガートを頼む。学校に通うことになったら仲良くしてやってくれ。」

「それはプルガートさんに会ってから自分で決めるよ。」

「そうか、じゃあ勉強だな。姉上に会うには3日後までに日本語を覚えないとダメだ。」

「そうか……ん?あれ?」

「じゃあ勉強のために図書室行くぞ!ついてこい!」

 ニムロデの腕を掴んで走り出す。いつの間にか俺の口車に乗って目的が勉強に変わってることに気付く前に勉強を始めてしまわないといけない、未来予知だと3日で日本語をマスターしていたから未来を知っている俺なら3日で学校に行けるぐらいに教えるのなんて楽勝だ。

 ニムロデに教育をしながら脳の半分を眠らせて姉上の現状を把握しよう。ニムロデの勉強方法は既に見たから俺はそっから無駄を削いだ教え方をすれば良いだけだ。

 姉上は順調に外の人間との交流をしているようだ。誘拐されて獣人に助けられている、これで姉上の獣人への偏見も無くなると良いのだが。ああダメだ、姉上を誘拐した側も獣人だった。そもそも真人間なら余程のことがない限りは人を誘拐するような身分には落ちないだろうから仕方がないが、良い獣人も悪い獣人もいるということを教える程度になってしまうかもしれない。しかも残念なことに姉上は半ば自力で脱出したので獣人に助けられたというわけでもない、これは難しいかもな。

 だが思っていたよりも上手くいったようだ、誘拐犯を獣人達と一緒に袋叩きにして縛り付けて石を投げている。誘拐犯の頭に石をぶつけた獣人の頭を叩いて胴体に石を投げるように言っている、頭に石をぶつけるてると簡単に死んでしまうからだ。ひとしきり石を投げて手元に石のない獣人がチラホラ見え始めた頃に姉上が投石を止める、投げた石を回収してもう一度投げるためだ、気絶した誘拐犯の尻に手を入れて気付けをして「きったないわね」と言って誘拐犯の口に手を突っ込んで綺麗にする。誘拐犯の歯はさっき石が当たった時に全て折れているので噛みつこうとするが上手く噛めずに姉上の手を綺麗に舐めるだけの結果になった。ヨダレを誘拐犯の毛で拭って、ついでに金的をすると歓声が上がる。

姉上が最初に投石を再開してそれに合わせて一斉に投石が再開する。気が付けば姉上と獣人達の間に絆が芽生えていた。誘拐犯にはもう腫れていない部位は頭以外に無いだろうというぐらい全身に石を撃ちつけられていた、赤紫色に腫れて肉体と言うよりも血の袋のようで、吊るされた姿はまるでピニャータのようだった。そうピニャータを囲むように和気藹々と石を投げていた。もう誘拐犯はうめき声しか出せぬほどに衰弱している。

 「そろそろお腹減ってこない?」との姉上の鶴の一声で獣人達は昼食の準備を始める、姉上は誘拐犯の処分を始める。包丁を借りて誘拐犯の手首に振り下ろす、さすがに王族とは言え8歳なので獣人の骨を断つことができずに刃が骨で止まってしまう。包丁の柄が割れて刃が取れる、血だらけの手首が指と合わせて七つの棘みたいになって、本当にピニャータのようだ。誘拐犯が叫ぶ。

 割れた柄の片割れを誘拐犯の喉に押し当てて横に力いっぱいにスライドする。割れてささくれている木の柄が喉を裂く、太い血管だけが綺麗に切られて血が流れる。気道は切られていないから叫び声は続く。

 割れた柄のもう一方の片割れを誘拐犯の右の眼に押し当てる、眼球が潰されまいと半ば眼孔から押し出される、ゆっくりとゆっくりと柄が押し込まれていく。眼球に付いた視神経や筋肉が引き伸ばされてミチミチと音を立てて千切れる、眼球が地面に落ちるが、止まらない。掻き回すように、奥へ奥へと押し込んでいく、血が出る。奥まで突っ込んで満足した姉上は、誘拐犯を縛っているロープに火をかけた。叫び。

 焚き火に鍋をかけて作られたシチューを木の器に注いで器を傾けて直接口に流し込む、姉上は誘拐犯の膝の皿を取ってきてそれを使ってシチューを掬って上品に飲んでいる。断末魔をあげる誘拐犯を眺めながら和気藹々と食事をする。

 断末魔を上げながら燃えるロープの火を消そうと転げ回り血を撒き散らす誘拐犯に焚き火で温めた石をぶつけられる、石が目に当たったことで光を失った。光を失った状態で焼石をぶつけられて、焼石に怯え転げ、逃げた先でも焼石を投げられ、きっと周囲を業火に囲まれているような心地だろう。とっくにロープの火は消えているのに転がって、自分で自分の体を地面の石に打ちつける。

 断末魔が止まった、失血死だろう。

 もう誰もそんなことに目を向けちゃいない、いや姉上だけは最後まで眺めていた。獣人達は食事に夢中になっている、食事中にグロテスクなものを見る気になれないのもあるだろうが、会話に夢中になっている。話の中心は姉上だ、姉上が獣人達の真人間への偏見を打ち破り獣人達の社会復帰を推し進め、彼ら彼女らを真っ当な道へと導いたのだ。

 彼らも元は誘拐犯の一味だった。しかし姉上のような小さな女の子を攫ったことで良心の呵責が起こり、姉上が自力で脱出をして誘拐犯を叩きのめしている姿を見て勇気を貰い、真っ当に生きようと思ったようだ。彼らの目はもう血も肉もシチューさえも見ていない、爛々とした目で未来を見ているのだ。彼らは失っていた信仰心を取り戻した、姉上のおかげで運命を信じれるようになったのだ。

 彼らは姉上に勧められてこれから城に来て仕事を紹介してもらうことになっているので誘拐犯のアジトにある食料を全て使い切る勢いで豪勢に使っている。誰ももう誘拐犯のことなど気にしてないが姉上だけは誘拐犯の死体を眺めながら上の空食事をしている。

 彼らは石を投げて楽しんでいたわけではない、喜んでいたわけではない。あのように残酷で思いやりのない光景を見て楽しいわけがないのだ、喜べるわけがないのだ、さきの光景は一種の洗礼であり過去の自分との|訣別《けつべつ》のために必要な行為で誰も楽しんではいなかった、真剣にやっていた。その証拠として彼らが石を投げた回数は33回、ピニャータ時に回転する回数と同じであり姉上がピニャータを想起させる仕掛けをしたことでこの儀式は完成したのだ。偶然であろうと儀式を終えた彼らは信仰を失うことはない、そんな未来を俺に予感させる偶然であった。

 姉上だけが楽しんでいた。姉上だけは誘拐犯に自分を重ねず、ただ誘拐犯と被害者として接していた。他の獣人達は自分に石を投げ自分の身を焼いていたが姉上だけは誘拐犯に石を投げ誘拐犯の身を焼いていた。姉上は死体に石を投げた、どうということはない、死んでしまって動かなくなった誘拐犯にガッカリしたのだ。

 それを見て食事が終わった獣人達が死体の周りにある石を集めて死体の上に重ね始めた、埋葬だと思ったのだ。そこで死体を直視した獣人達は罪を背負う、自身がしたことの凄惨さを理解する。1人ずつ、1人ずつ石を乗せていく、優しく、労わるように、謝るように、埋めていく。

 姉上が大きな石を頭に振り下ろした。最後に脳で一花でも咲かせようと思ってやったが、獣人の硬い頭蓋骨は割れず、脳は飛び出なかった。

 姉上の考えが流れ込んでくる、毛だらけの種から芽が生えてピンク色の蕾が実って白い花弁が花開く、それが脳だ。人間の脳の色は本来ならば蛋白の色、つまり灰色や白色をしているが血が混じるので通常はピンク色に見える。姉上は頭蓋骨が割れてピンク色の脳が飛び出しそこから血が流れ出て白くなるのが見たかったのだ。

 姉上はグロテスクなものが好きというわけでは無い。ただグロテスクなものに対して嫌悪感を抱かずにフラットな視点で見ることができるだけなのだ、姉上のそういう視点で見た外の世界を俺は知りたかったんだ。

 俺にはただただ気味が悪く、見ているだけで体力を消耗しているのではないかと錯覚するようなグロテスクな光景も姉上には普通の光景に見えていたのだ。

 誘拐犯が火に巻かれていると錯覚して地面を転げ回り石に自身の体を打ち付ける姿に姉上は美しさを感じていた。俺たち2人は海を見たことはない、でも姉上はその転げ回り血を撒き散らす姿に海を見た、波を見た、砕ける宝石の如き水を見たのだ。

 姉上の目には海から流れ着いた種だった、その種に水をあげただけだった。だが周囲の獣人たちからしたら不気味に見えたのだろう、いや狂気に見えたのだろう。獣人たちは姉上をなだめてさっさと誘拐犯を石で埋めて、姉上を城の方向へと運んで行った。

 姉上は埋められる誘拐犯に海が埋め立てたれたような寂しさを感じた、悲しみと望郷の念ようなものが流れ込んでくる。ああ、良い夢を見れた。


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