御まとめだあっ

御まとめだあっ

なし


ある日、俺は気が付いた、俺は城の外のことを何も知らない、と。

そう思った瞬間に俺は窓を突き破って外に出ていた、王族だからガラスは刺さらない。地面に着地した時に足を挫いてしまった、流石に3階から飛び降りたら王族でも足を挫くのか。挫いた足でヨロヨロと城下町を探索した。

城では雑巾にすら使わないような布を服として着る下民達、木でできた家、転んだら怪我をしそうな石むき出しの地面、何もかもが目新しいものばかりだった。

カーペットも土も何もない地面を歩くのは初めてで、きっと足を挫いていなければ地面の感触を確かめるために走り出していたところだろう。

何よりも目を引いた(いや耳を引いたと言うべきか)のは人々の話す言葉がどれも聞き馴染みのない言葉であるということだった。

楽しい、楽しすぎる。しかしその楽しさに水を差すものがあった、鳥だ。鳥が目の前に落下した、俺は助けるために近寄った。

「あー坊や、その鳥はウチの子の獲物だから取らないでね。」

『えっどういうことですか』

「ん?今なんて?」

「なんでもないわよ、それより“ウチの子”ってどういうことかしら?」

「お…おう。どういうことって|折羽《おりは》ガエルだよ。」

鳥を助けようとした俺に話しかけてきた男は変な帽子をかぶっていた。その帽子はよく見ると平べったいカエルだったのだ。

俺は王族だから周囲で買い物をしている貴婦人達の言葉で下民語を完全に理解できたぞ。今俺が今いる場所は商店街というらしい、確かに周囲には品物を道路から買えるように配置した商店が立ち並んでいる。

「坊やは、あいやお嬢ちゃんか?まあとにかく折羽ガエルは初めてかい?ウチの子は可愛いだろう。」

「ん?まあそれでいいですよ。それって帽子じゃなくてカエルだったんですね。家の庭で見るのとはかなり違いますね。」

「そりゃ|雨《アマ》ガエルや|蟇《ヒキ》ガエルみたいな虫を食うカエルと違ってこいつが食うのは鳥だからね。」

「鳥を!?だからこんなに口が大きいんですのね、体の半分ぐらいが口になっていますわね。ちょっと食べる姿を見せてもらっても?」

「いいぞ。口がそのまま胃袋に直結してるから食事の時と狩の時以外は口を開かないんだ、食事の時は凄いぞ〜。」

「うわっ、これ胃袋!?胃袋を口から出して……えっ……すごい……」

「ちょっと気持ち悪いだろ、折羽ガエルには舌がないから獲物を口内に入れるために胃袋を使うんだ。そのためにこうやって飛ぶ鳥の羽を折って動けなくしてから丸呑みにして食うんだよ。食事には時間がかかるから新鮮さを保つために羽を折るだけで出血とかはさせない。」

「うわっ生きた状態で丸呑みにするのですね。気持ち悪いというかおもしろうございますね。鳥の羽を折るとおっしゃいましたがどのように折るのですの?」

「さっき胃袋を出す時にすごい勢いだっただろ?あれをその前に食った鳥の骨が腹の中にある状態でするんだ、骨が弾丸みたいに飛んでいくぞ。」

「へえ、それはまた面白そうでございますね。ちょっと狩の様子を見せてもらっても?」

「ああ、そいつは無理だ。折羽ガエルは食べたものを消化するのに1日から10日かけるんだ。だからこの子の次の狩を見たいなら明日だな。胃袋を出すのにも結構な体力を消耗するから野生の折羽ガエルは鳥が真上に来た時にだけ骨を発射するんだ。」

「まあ大変なのですのね。確かに胃袋を出すのを想像するとちょっと気持ち悪くなりますわね。ん?野生のはということは、野生じゃない折羽ガエルは違うんですの?」

「飼われた折羽ガエルは遠くにいる鳥を落としても飼い主がそこまで連れてってくれるって信じてるんだ。俺ら商人は品物を啄む鳥を減らせて嬉しい、折羽ガエルは餌を貰えて嬉しいってことで折羽ガエルを飼う商人は意外と多いんだぜ。」

「へえ、折羽ガエルを売っているお店って知りませんの?家で飼ってみたくなりましたわ。」

「あっちの教会の方で子供達が小遣い稼ぎに育ててるよ。」

 俺はもう教会の方に走り出した。足の痛みは引いていた、きっとそういう運命であったのだろう。石の地面の感触は強く踏み込めばその分だけ自分に力が帰ってきて地面を踏んでるって事実を強く強く実感できる、楽しい、楽しすぎる。

 教会に入場する時は流石に静かに入場する、その程度の常識はある。教会という施設を実際に利用したことはないが概要は本で読んだから|識《し》っている。聖職者が神話の時代の書物を読み理解を深めたり、聖職者が人々に運命を教えたり、孤児院を兼任していたり、仕事のない人に仕事を紹介したり、魔法で歪められた運命を修正したり、色々とやっている施設だ。

 王族である俺は無職になることはないし魔法で運命を歪められることもないから来たことはなかった。何かを学ぶなら城にある図書館で事足りてしまっていたもんなぁ。

「こうして原初の3人の全能の人と全善の人は結ばれ全知の人が二人の結婚を祝福しました。全能の人は自分の子供達の運命が未来永劫に幸福であるようにしようとしました、しかし全善の人はそれは子供達の善意を信じない行為であるとして拒否し、全知の人の折衷案によって二人の子孫は善くあろうとする限りにおいて聖霊によって守られることになった。それが現代の王族である。」

 そうだ、我々王族、ひいては貴族は善意によって行動する限りにおいて最善の行動を取ることができると運命付けられている。その効果は本流の王族であるほどに強く、善意が元であるならばガラスを突き破ってもガラスが刺さることはなく、戦争をしても負傷をすることなく、どれだけ不衛生な環境でも病気になることはないのだ。

 さてさてと教会の中を見回していると自分と同じ歳ぐらいの子供達が熱心に質問している。教会の庭には確かにカエルを飼っている囲いらしきものがあるが誰も庭に出ていないから購入の交渉ができない。少し待つか。

「ねえねえ先生、最初の人はその3人だけなんだよね、どうして人間全員じゃなくて王族だけが聖霊に守られてるの?」

「それはね今の人類の多くは元は獣で神の祝福によって人になれただけだからなのよ、ほら先生の頭に獣の耳が生えているでしょう?これはね先生のお|祖父《じい》さんのお祖父さんがまだ獣だった時からの名残で先生に子供がいたら、もっと正しい人間に近付いて無くなるか小さくなっているはずなのです。」

 シスターがヴェールを少しだけズラすと長いウサギの耳が出てきた、獣人だ。獣が見た目だけでも人間になるためには最低で3世代は必要で、そのためには強い信仰心と魔法を使わない強い自制心が必要だ。きっとこのシスターの一族は信仰心で獣から人間へと繰り上がる途中なのだろう。

「でも先生、先生が僕らが遠くで話している声も聞けるのはその長い耳のおかげって言ってたじゃん!なくなったら困るよ!」

「うん、でもねそれは本当の正しい人の姿じゃないの。街を歩く人にはこんな長い耳をした人はいないでしょ?それが普通で正しいのよ、仮に正しい姿じゃない人がいても先生がやってるみたいに耳を隠したりしてるの。」

「それって弱い奴に合わせろってこと?先生がいつも言ってるみたいに?イジメはよくないって?」

「ええっと……、そうね、その方が善いことだから……」

 なるほどな、このシスターの耳が獣のままなのも納得だ。きっとこのシスターの親も似たような思考であったから耳が残ってしまったのだろう、強い信仰心があろうと信仰心の根本が間違っているなら何の効果も得られない。

 獣人が愚かだとマヌケだと言われる|所以《ゆえん》だろうな、自分の肉体の強さを知っているから捨てることをもったいないと考え本当の強さに気付けない。人間の本質に気付けない。

 どれどれ、ちょっと助けてやるか、俺が物を知らない獣人に世界のあり方というのを教えてやろう。

「あらあら、ちょっとその言い分は聞き捨てなりませんわよ!」

「えっ誰?」

「おほほ、何を隠そう私こそ!この国の……」

「ババ臭い喋り方!」「初めて見る子だ!はじめまして!」「城下の言葉遣いだ、偉そうで腹立つ」「私は上品だと思うよ!」「女子っぽい」「男のくせに|恥《は》っず!」「えっ裸足!?」「靴履いてないじゃん!」「獣人ではないよな?」「真人間なんて珍しー」「出てけよ」「そんな言い方よくないよ。」

「こーら!お客さんに失礼でしょ!」

 顔が真っ赤になった、恥ずかしい。女言葉を喋っていたことじゃない、気付かないうちに靴下がすり減って消えて裸足で走ってきたことじゃない、気付かぬうちに獣人街にきてしまったことじゃない、そんなことは恥ずかしくない。本当に恥ずかしいのは、相手を無知だと|侮《あなど》って物を教えてやろうと得意げになっている自分自身が無知であったという事実。王族の能力に慢心し|胡座《あぐら》をかき下民語を習得したと確信してから更なる修練と努力を怠った自分が恥ずかしい。

 とりあえず思い出せる限りの街中で聞いた言葉を思い出して今の自分の身分にあった喋り方へと擦り合わせよう。今度は慢心しない、たとえ本当に完璧に言語をマスターできたとしても言語とは流動的に変化する物だから、完全でも不完全だと思い続けることで初めて日常会話ができるという自信を持たなくてはいけない。

「ごめんなさいね、ウチの子達が失礼しちゃって。」

「いえいえ、そんな大丈夫ですよ、こっちもね、ええ、盗み聞きして、横から割り込むって、ねえ、とっても失礼なことを、ねえ、ほら、やってしまっていたわけですから、ねえ。」

 顔が燃えるようだ。言葉も続かない、ああ、恥ずかしい。

 恥が恥を呼び思考を鈍化させる。どうにかして自分を落ち着かせようと言葉を探す。

 ふと姉上の顔が頭に浮かんだ。姉上は王族にしてはよく失敗をする人で、失敗をするたびにこう言っていた。

『王族も獣人と違って人の子だミスの一つや二つは許される。』

 俺の思考を介せずに思わず出た貴族語の言葉。貴族語だから理解できなかったのだろう「えっごめんなさいね、なんて言ったか分からなかったわ」とシスターが言った。

 真っ白になった頭で「いえ何でもないですよ、少し考えごとをしてしまっていたんです」と何とか言葉を繋げた。

 俺がどこか俯瞰的に自分を見ている、血の気が引いて冷静になっていた。「王族も獣人と違って人の子」だって?どう考えても差別用語じゃないか!物心つく頃にはマスターしていた貴族語の使い方を顧みたことなど、この8年生きてきて今まで一度もなかった。これもまた王族であるが故の慢心!

 なんと恥ずかしい。この恥を二度と忘れないように生きなければならない。

 これより俺は人の子であること、そして王族であることを忘れ、ただ一人の神の|義子《ぎし》として、愛と善意の|下《もと》謙虚に生きようと思う!

 まずは善意の初志貫徹してシスターに私の知っていることを教えてあげよう。自身が知っている情報を絶対だとは考えず、お互いに知っていることを擦り合わせるようにして対話しよう。

 下民語で俺と同じぐらいの年齢の子は一人称を「僕」というらしい。

「えっと……盗み聞きって私そんなに大きな声で話してたでしょうか?」

「いえいえ、大きくはなかったですよ、ただこの教会に入った時に偶然に僕の耳に声が届いたのです、これは運命でしょう。どうです?少し|三聖書《さんせいしょ》について談義してみませんか?」

「あっこっちこそ、いいえいいえ。えっと……ごめんなさいね、実は私は三聖書を読んだこと無いんですよ。ほらあれって貴族語で書かれていますからね、私の前の教会の管理者も口頭でしか知らなくって……」

「ええっ!じゃあさっきまでの話って口頭で記憶した内容を話していたんですか!?素晴らしい記憶力だ!これは本当に運命かもしれません!」

 俺はシスターさんの手を思わず掴んでいた。実は今、とても良いアイデアが浮かんだのだ。

 三聖書の正式な下民語への翻訳を出そうと思い付いた。この記憶力の強いシスターに下民語の話者として協力してもらおう。

「ちょっ何してんだっ!」「運命運命って口説いてない?」「ガキが先生口説いてる!」「きゃーっライバル出現だよ!」「すごいすごい!物語の中みたい!」

「こーら!みんな、お貴族様のご子息に失礼でしょ!」

「ああいえ、僕は貴族というわけじゃなくて……」

「あっえっ!?すみません!三聖書を読んだことあるみたいだから、てっきり……あっ!お貴族様ご用達のお店の子かしら!」

 マズイな、話がズレてきたぞ。俺が物を考える時間が生まれてしまう、俺が考えを改めれる時間が生まれてしまう。

 王族は最善だと思って行動した場合にのみ最善の結果へと導かれる、だから自分が思い付いたことを最善であると思っている時に、自分の考えが変わる前に実行しなければならない。

 今日、俺が城の外のことを何も知らないと気付いた時、その時は偶然にも誰も王子である俺のことを見ていなかった、だから窓を突き破って外に出ても騒ぎにならずにここまで来れた。偶然にもちょうど良い長さの折羽ガエルの話を聞き終わった時には足の痛みが引いていてすぐに走り出せた、だから偶然にもシスターが説教をしているタイミングで教会に来れた。それらは偶然ではあるが偶然じゃない、運命だ。その運命に導かれるには最善だと思って行動しなければならない。

 そして、よく考えたら一般人のシスターよりも下民語に翻訳した三聖書を作るのに適した人材は他にいるだろ。それこそ貴族語を喋れる高級商店などから人材を複数人引っ張ってこればシスターの記憶力ぐらいなら補えるし、下民語しか喋れないシスターに貴族語を教える手間も必要ない。最善じゃないな、これは。

 最善じゃないと気付けたことが最善の運命だったのだろう。でもさっきの最善だと思っていた時にシスターに無理に三聖書の翻訳の仕事を取り付けられていたら、そんなにバイタリティのあるシスターであったのなら、最善だっただろう。

 王族とはこういう生き物だ、常に最善であるかを悩み続け、最善であるうちに実行をし、最善の結果を得る。周囲から、いや世界中から最善を求められ続ける。

 そもそも俺は折羽ガエルを貰いに来たんだ、初志貫徹という言葉を使うなら、まずは三聖書の話じゃなくて折羽ガエルの話をしないとな。

「まあ、その、三聖書の話は一旦横に置いておいて。僕は折羽ガエルを買いに来たんですよ。」

「あっやっぱりそういうお店の子なんですね、じゃあ……」「売らねえよ!お前みたいなシスターに色目使う奴には!売らねえよ!あ……あいつらは俺の遠縁なんだ!信頼できる奴にしか売らねえ!お前みたいに偉そうで不審で裕福そうな奴には!売らねえ!」

 カエルの獣人の子供が会話に割り込んできた。貧民にはよくあることだ、子供の時から一人の労働者として扱われる。獣人にはよくあることだ、自分の祖先にあたる種族を売り物にすることで買い手の罪悪感を減らす免罪符とする。貧民の獣人なら、まあ自分の祖先にあたる種族を売り物にすることも無くはないのだろう。

 「売らない」と言われてしまったし折羽ガエルは諦めるか?いやでも俺は姉上にも折羽ガエルを見せたい、この気持ちは善意だ、つまり最善だと思う。でもシスターに説得させたり金を積んで無理に売らせるってのは善くないんじゃないか?遠縁という言い方をしていたし庭の囲いも雑な作りではなく愛情を注いで育てている家族のような存在なのだろう。

「シスターの話に文句があるようだけどよ!お前みたいなガキにシスターの!三聖書の何が分かるってんだ!信用できるかよ!」

 確かに最初の言い方も良くなかったよな。どのような時も相手をバカにしているように見えるような態度はとってはいけないんだな。

「ほら!お前に何が分かってるのか言ってみろよ!分かってないんだろ!分かってるならなんか言ってみろよ!なんか言って俺らが納得したら売ってやってもいいぜ!無理だろうけど!」

「ん?それって納得させたら後払いでもいいってこと?ちょっと今は手持ちがなくてさ。」

「はあ?そんな金のない奴の言うことに納得できるわけねーだろ!納得させれたらいいぜ無理だろうけど!無理だろうけどな!」

「あーあ、ニムロデくん怒っちゃった」「シスターが絡むとすぐこれだ」「金のない人を信用できないってさぁ……さっき裕福な人には売らないって言ってたのに」「ニムロデはバカだからなぁ」「ニムロデくん!お金が一番大事だよ!」「うっせー!うっせー!」

 カエルの獣人の子供の名前はニムロデというらしい、ニムロデを納得させなくても他の全員を納得させれば後払いでも売ってくれそうな雰囲気だな。でも納得させるためには、ただ口頭で喋るだけじゃダメだろうなぁ。実演とかしないと。

「強盗だ!銃を持ってるぞ!高い服を着た子供の身包みを剥がしに来たぞ!」

「きゃあっ!強盗が自己紹介しながら入ってきた!みんな先生の後ろに隠れて!」

「はい先生!」「うわああ!拳銃を持ってる!」「銃が相手じゃ人間は盾にならねえ!」「このニムロデがシスターのために裏口から警察を呼んでくるぜ!」「拳銃が相手じゃ先生は頼りない!」「私は石像の裏に隠れる!」「俺は椅子!」「隠れる場所なんて言うかよ!」「先生も隠れて!」「ええ!でもあの子が!」

「ああ僕のことは気にしないで、あの強盗が狙ってるのは僕の服でしょうから。良い教材が来ましたね」「え?」

「そうだ!私が身包みを剥がそうとしたのはお前だ!その服は|似人八織《ににんばおり》だろ!そいつは金になる!」

 教会に押し入ってきた強盗は獣人だった。身長2m強で両手に拳銃を持っている。全身に生えた毛は白く丸まっていて、おそらくは羊の獣人、それも第1か第2の世代で獣から繰り上がってそう経っていないだろう。

 防犯用の拳銃が2丁と体毛の中に狩猟用の散弾銃を隠している。いや隠しているのかな?背中に背負っているから体毛でじゃっかん見えにくくなっているだけで隠しているつもりはないかも。

「ちょっと待ってよ今脱ぐから。」

「私は服飾系の店で働いていたから知ってるぞ!似人八織は五体の|内《うち》の首、胴体、両腕、両足の四体が合体している服で簡単には脱げない!しかも裏地に全身を巡る血管の三焦を|模《も》して血管の刺繍が内側にしてあるから脱ぎ着する時にその血管を繋ぎ合わせるように縫い治す必要がある!だからお前を攫って後で脱がせる!身代金も貰う!」

 俺は全裸になった。服は俺が脱いだそのままの状態で直立している。

「脱げた!さあ!戦え!」

「なっなに!?なに!えっ!?なに!?」

「似人八織は五体と三焦で八織だ、五体は頭、胴体、両腕、両足、そして魂だろ。服の魂が俺を助けてくれたんだ。いや助けてくれるんだ。」

「まっまあいいか、じゃあこの服もらうね。」

 脱いだ服が強盗の手をヒラリヒラリと避ける。俺が服を脱いだ時に切れた糸が上手いこと俺の手に絡まっていて操り人形みたいになっている。俺には人形使いの技術はないが全力で手を動かしているだけで上手いこと強盗の手をすり抜けている。

「なに!?ゴホッ!私はやり直すんだ!人生を!教会を見て決心したんだよぉ!教会への復讐だ!そうだ!復讐なんだよ!」

「なんだって!?復讐って、どんな悲しい過去が…!?」

「ゴホゴホッ。私は城下の高級店で雇ってもらうために大金を払って教会で運命を見てもらったんだ、そしたらどうなったと思う?盗賊だよ!私の運命は盗賊だった!分かるか!?お前に!本物の似人八織を着れるほど裕福なお前に!私の気持ちが!」

「……そうか。その人生で1度以上の盗みを働く運命である盗賊の運命か。ちなみにその服の運命は騎士だ、その人生で主君を1度以上守ることが運命付けられている。この服のおかげで俺は怪我をしたことはない、きっと今日だって怪我をしない。」

「挑発……?乗らないね。追い詰められた獲物ほど奇策を使う。そうやって手で操ってるのを見るに、ゴホッ、人格を持つ本物の似人八織ではないのね、よかった。でも運命を持ってるなら半分本物って感じね。」

「いや挑発じゃない、ただ理解して欲しい。これは獣人と普通の人間との戦いであって僕は無関係であるということを、この服は運命論的に言えばただの真人間であるということを。教会の子供達も含めて理解して欲しい。」

「はあ?服が人間なのかよ?」

「少なくとも角や体毛が生えている獣人と比べたら真人間に近い、真人間に近いということは獣人よりも強いということを教えてやる。」

「そう。私も教えておいてあげよう。先に言っておく“私は初めて盗みをする”そして“これを最後に盗みはしない”この意味がわかる?この強盗が確実に成功するということよ。ゴホッ、この強盗が失敗しようと成功しようと私は二度と盗みはしないと誓っている、だからこの強盗は絶対に成功する。私の人生で1度は絶対に盗みが成功する、それは運命だから。おとなしく服を渡しなさい、じゃなきゃ……殺す気であなたを撃つ。」

「脅しか!?こっちから行くぞ!」

 俺の服が強盗に殴りかかる、ポフン(打撃音)。銃声、銃声、銃声、銃声、銃声。銃弾の1発目は俺の眉間に命中、しかし服を動かそうとしてのけぞっていたので運良く皮膚の表面を滑っていった。2発目はそのままの軌道なら心臓に命中したが運良く服の糸が軌道を逸らした。3、4発目は足を狙っていたが服が偶然に俺を庇うように動いてその衝撃を布で吸収。5発目はポフっと殴った時に強盗の腕に絡まった服の糸が3発目の銃弾の衝撃で引っ張られて銃口の向く方向が変わって4発目の銃弾の衝撃で銃に運良く絡まっていた糸が引き金を引いて強盗の足の甲を撃った。

「あああああ!ゴホォッ!」

「それ以上に銃を撃つと絡まった服がバラバラになって売り物にならなくなるぞ!獣人には物理的な力はあるが運命によって導かれる強制力が普通の人より弱いんだ!だから戦場において筋力も生命力も強い獣人よりも普通の人間の方が重宝されてるんだ!もちろん荷物運びとか建築業とかの力仕事は獣人が重宝されるから適材適所ではあるけど!戦いにおいては[熟練兵の獣人よりも真人間の新兵]という言葉があるぐらい獣人は不利なんだよ!」

「不利でも関係ない!戦いは終わりだ!服は|盗《と》ったから私は逃げる!私の体に絡まってボロボロだけど修繕すればまだ売れる!」

「待て!さっき窓の外で田植えドラゴンが流れ弾に当たってるのを聞いた!あの鳴き声は間違いなく田植えドラゴンだ!」

「だからなに!?逃げるから!」

 教会の外に飛び出した強盗、教会の扉の前には田植えドラゴンの死体と、その死体にたかる何羽もの鳥!

 田植えドラゴンは全長50cmで素揚げにすると竜田揚げの味がするから鳥も大喜びで|啄《ついば》む。

 強盗が田植えドラゴンの死体を飛び越えた、鳥が羽ばたく。羽ばたいた鳥を狙った折羽ガエルの凶弾が強盗の足に襲いかかった。

「あああああ!これで、終わりなのかよ!私の人生!こんなのなら!こんなのなら!」

「魔法を使えば良かったって?それとももっと早く盗みを働いていれば良かったか?」

「は?なんで?」

「[なんで分かった?]か?そうか、その両方か。思考もまた運命に導かれるからな、なんとなく予測できるんだよ。」

「それほどの運命力……ただの真人間じゃない、何者だ?」

「よくぞ聞いてくれた、僕こそはこのリウム王国の王子!シェオル・リウムだ!」

「アハハハ、そら勝てないわ。いいよ私を捕まえてくれ。」

「|潔《いさぎよ》いな……本当は盗みなんてしたくなかったんだろ?でも目の前にチャンスが転がりすぎていて、動機もありすぎていて、運命に導かれていると思ってやったんだろ?ずっと聞こえていたよ教会の前で立ち止まって咳をしている音が。シスターさんみたいな長い耳がなくっても必要な音は運命が俺の耳まで届けてくれる。」

「違うんだよ、怒ってたの。教会を見て怒りが湧いてきて胸がムカムカして咳が止まらなくなってさ。咳が落ち着くまで待ってた。冷静にやろうとしていたんだ、冷静になってから強盗しようとしていたんだよ。」

「罪を、背負おうとしていたんだな。勢いに任せて運命のせいにするんじゃなくて自分でその罪を背負おうとしていたんだな?」

「違う!私は、私は、そんな人間じゃない!ゴホゴホッ。」

「高級店で雇ってもらうために教会で運命を見てもらったんだろ?この服に気付けるほどの目利きだ、どんな店でも働けただろうに、病気で咳が出るようになって元の店で働けなくなって高級店に雇ってもらおうとしたんじゃないか?」

「働けなくなったんじゃない、ただ良い機会だと思ったんだ。私が働きたいって言えば働かせてくれた、と思う。」

「それで盗賊の運命を教えられて働けなくなったのか。いや違うな、そんな優しい店なら盗賊の運命が出たとしても働かせてくれたはずだ。」

「そうね、でも周囲の目が怖くなったの。いいえ、本当に怖かったのは私が本当に人から物を盗んでしまうかもしれないということ。周囲の目を気にする自分が人から物を盗むタイミングを探っているように感じた、自分が盗めそうな物をついつい目で追ってしまうようになった、目に映る全ての服の価値を査定するようになった、絶対に成功する盗みという運命に取り込まれたんだ。だから魔法を使わなかった魔法を使って運命を捻じ曲げなかった、私は受け入れてしまっていたんだ盗賊であることを。」

「魔法を使われていたら僕は負けていた。」

「そんなわけないだろ、ゴホッ!王族には聖霊が憑いている、聖霊は常に運命を修正するだろ。」

「いいや負けていたさ、今もギリギリの勝利だろ?ほら君に盗られた服がもうボロボロだ、きっと運命もここで終わっている。聖霊の奇跡で魔法を打ち消しても僕の服の運命を修正するまでにはタイムラグがある、僕の服の運命が終わるまでに奇跡で運命を修正しないといけないから致命的なタイムラグだ、だから魔法を使われていたら僕は負けていた。それに銃撃を防ぐにはこの服の運命が必要だった、その運命が少しでも悪い方に傾いていたら負けていたんだ。一般には知られていないが聖霊は万能じゃない、1撃の魔法で殺されたら奇跡で運命を修正できない、勇者や魔物のように運命の存在しない相手からの不意打ちは防げない。死んだ者、つまり運命が終わってしまった者の運命は修正できないんだ。」

「そうか、じゃあ使っておけば良かったかな、魔法。いいの?そんな国家機密レベルのことを私に教えて。」

「ああ、君を王城で雇うことに決めたから問題ない。」

「ええ!?ゴホッゴホッ。私は病気だぞ。」

「王族と貴族は病気にならない、だから高級店に行こうとしたんだろう?」

「私は、まだ盗みを働いたことのない盗賊よ!怖くないの?」

「それを1番怖がっているのは君だろ?盗賊の運命を恐れているからそうやって拒もうとしているんだろ。」

「運命を恐れているんじゃない、運命を恐れていない自分の心の弱さを恐れているんだ!盗賊の運命を拒否して盗みを働かずに一生を生きていける人間は盗賊の運命になんてならないんだよ!心が弱いから盗賊の運命になったんだよ!その心の弱さに気付いて心の弱さを拒否して強い心を持てる人間なら盗賊の運命なんかにならない!自分の弱さに気付いて変われる人間なら盗賊の運命になんかならない!弱い人間だから変われない!変われない人間だから弱いままだ!ああ怖いよ!怖くないわけがない!罪を犯して素知らぬ顔で生きていく自分が怖い!そんな風になりたくない!でも自分がそんな風になりかねない人間だって私が1番理解してる!あああああ!」

「泣くな!」

「泣くよ!それでも泣きながら話すよ!罪を背負ってバレないように隠れて素知らぬ顔して生き続けるぐらいなら!罪を背負ってバレてでも周知されてでも逃げて誰にも見つからない場所で一人で生きて行こうと思っていた!だからこうして目立つように強盗をした!強盗が終わってそのまま森にでも逃げて狩猟生活をするためにショットガンも背負ってきた!追われながらでも誇りを持って自分を偽らずに生きていく覚悟と信念を持って生きていこうと思っていた!背中にショットガンを背負って両手に拳銃を持って街をたむろして盗む物を物色してる時に揺らぐ程度の覚悟と信念だ!その程度が私の限界だ!王子の服を見なければ私は家に帰って仕事を探しを再開していたよ!だって盗みをしといて誇りなんて無いのに誇りを持って逃げながら生きていくってバカみたいじゃない!自分でも矛盾に気付くよ!でも強盗の準備をしてる時は頭を空っぽにしてたからそんなことを考えもしなかった!バカなんだよ私は!だから黙々とできる仕事が好きだった!何も考えなくてもいいから好きだった!熱中してれば自分がバカだって自覚せずに済んだ!むしろ集中力がすごいねって褒めてもらえた!逃げた結果が服だった!人の顔を見れないから服を見てた!体が大きいから顔じゃなくて服を見てるのがすぐにバレた!だから服について詳しいふりをした!服に興味があるふりをしてれば不自然じゃないと思ったから!でも顔を見ないで服を見るような人間って存在が不自然で恥ずかしくって!でも引っ込みがつかなくって!恥ずかしさを誤魔化すために相手の知らない言葉で相手にマウントをとる自分が恥ずかしくって!誤魔化すための知識が相手をバカにするための知識になっていて!いつしか私の誇りになっていた![私は人の顔よりも服を見るの、そっちの方が表情豊かでしょ?]とか言って調子に乗っていた!そんなに服が好きってわけじゃないのに!情熱があるってわけじゃないのに!私よりも服が好きな子はいたよ!でも服に興味のない私の方が服と人の評価が上手かった!少なくとも私はそう思った!だから私はその子をバカにした!だって私の方が凄いと思ったから!情熱はなかったけど誇りと自信はあったから!服が好きな人間より自分が上だって思ったら自尊心が満たされた!服が好きじゃなくてもこの場所にいていいんだって思えた!私より年季の入った人もいたよ!でも私の方が服に時間を使ってた!少なくとも私はそう思った!その人と違って私には服しかなかった!何年も服に携わってきた人よりも自分の方が上だって思ったら自尊心が満たされた!服のことなら私は年上にだって勝てるんだって!誰よりも上に立っているんだって思えた!自分より下を作って自分がその上に立って初めて自分の居場所だと思えた!恥ずかしくって!人の顔が見れない自分が恥ずかしくって!恥ずかしくって!逃げて!逃げて!逃げて初めて恥ずかしくない自分の居場所を見つけれた!絶対に手放したくない離れたくない誇りで私自身の自信の根源だ!誰にもバカにさせはしない私の長所だ!でも……でも、でも人を蹴落としてバカにして作った自分の居場所に居続けることに罪悪感が、病気になってから初めて罪悪感が、病気になって私の客が減って仕事にガムシャラになれる時間が減ったから相手の気持ちを考えられるようになって、初めて罪悪感が湧いた。開き直っていた自分が恥ずかしくなった、開き直れたらどれほど楽だったか、いっそ開き直りたい、そう考える自分の弱さすらも恥ずかしかった。何もしないで店で座ってる時間が恥ずかしくて辛かった。バカにしていた子達に優しくされるのが恥ずかしくて辛かった。服以外に何も無いから金だけが無駄にあることが恥ずかしくて辛かった。辛かった。辛かった。辛かったの。」

「それは懺悔か?」

「ううん、違う。ただ、これが私なの。私の名前はプラネタ。これでも私を城で雇いたい?」

「さっきの話のどこにプラネタを雇わない理由があるんだ?まだこれを最善だと僕は信じていられる。あとは君の意思次第なんだ、僕は王族だぞ、何を恐れる必要がある?」

「うああああ!自信満々で話しかけるな!自信のない私が惨めになる!自分の気持ちを相手に理解してもらおうとしていた自分が惨めになる!私が話していた内容から自分の望みを察してもらえるだろうと思っていた自分に嫌気がさす!私にだって自分が本当はどうしたいか何て分からないんだよ!王子様が決めてよ!王子様が無理やりに私を城に連れて行ってよ!私に無理やり働かさせられてるから仕方ないって言い訳を用意させてよ!城での仕事なんて想像しただけで不安よ!だって国家の中枢よ!国家の中枢!口に出しただけで寒気がしてきたわ!ちょっとミスしただけで首が飛ぶんじゃない!?そんな場所で働きたくないわよ!いや!やっぱ働きたいけど!働きたいけど責任とかは取りたくないの!城で働けたら私は自分に自信が持てそうだし働きたいわ!でも責任とか重荷は背負いたくない!だから王子様が無理を言って私を雇ったってことにして私のミスは全て王子様のせいってことにできるような環境にして欲しい!」

「その考えは……善くないと思う。確かに僕はプラネタが欲しいと思ったけど、そんな主体性のない人間なら欲しいと思えなくなってしまうよ。」

「えっ待って!私の技術を凄いって認めてくれてるんだよね!?ねえ!私のことを買ってくれてるんだよね!?」

「いや、目利きが凄いとは思っただけで技術については何も知らないし僕じゃプラネタにどれだけ技術があるか測れない。だから城にはもしかしたらプラネタよりも技術がある人もいるかもしれない。そう考えたらプラネタを雇うことが最善かどうか、僕には分からなくなってきたな。」

「雇って!私を雇って!ねえ!捨てないでよ!私を捨てないでよ!この人でなし!」

「いや真人間だけど。」

「いやそういう意味じゃなくて!悪人だって言ってるの!私をその気にさせといて捨てるなんて最低だよ!」

「その気になったのか?」

「えっ、あっ、いや、まだ、その……違くて……そういう意味じゃなくて。」

「どうするんだ?プラネタ。」

「あーもう!」

 プラネタが唐突に田植えドラゴンの肉片を口に含もうと頑張っている折羽ガエルを鷲掴みにする。

「私は復讐としてこのカエルを教会から盗む!これで教会への復讐も最初で最後の盗みも終わり!私は誇りを持って城で働くわ!二度と盗みはしない!このカエルを大切に育ててこのカエルの世話をするたびに今の気持ちを思い出して強い覚悟を保つ!このカエルが死んでも死体を額縁にでも飾って毎日見る!」

「つまり……プラネタを雇えば折羽ガエルも付いてくるのか!?採用!」

「え!?私じゃなくてカエルがメインなの!?」

「ちゃんと世話をするんだぞ!俺は教会に話をつけておくからな。あ!聞きたいんだけど目下の相手には一人称は俺でいいよね?」

「え!カエルがメインなこと否定してくれないの!?というか待って王子!服!服!」

「うおっ修理したのか!?」

 あれ?プラネタさっきまで王子様って呼んでたよな?俺のことを王子って?あれ?様は?

「うん、似人八織としての運命は無いだろうけど私の体毛で直しました。ど……どうぞ。」

「すごいな、雇って良かったよ。」

「えへへ、俺って一人称もカッコイイですよ王子。」

「あんまり馴れ馴れしく話すなよ主従関係なんだから。子供じゃないんだ敬語の一つは使えるだろ。」

「いちおう、まだ未成年ですよ!17歳です!」

「俺より9つも年上なんだから敬語を使え。まあ服に関しては礼を言っておく。」

「もう照れちゃって、王子も子供なんですから。ふふふ。」

 プラネタを無視して俺は教会に入った。プラネタの給与は少なめにしよう。教会に入ると子供たちが、すわっと集まってきた。

「強盗たおしたの!?」「服がすごくボロボロだ!」「私たちとお揃いだね!」「全裸になったの凄かった!」「あの服も人間なの?」「高い服らしいね」「獣人よりも普通の人の方が強いってほんと?」「本当だって!お前も見ただろ!」「服の方が獣人より強いなんて……ショック」「でも運命に導かれればって話だろ?」「俺は魔物を退治する冒険者になるからカンケーないし」「うんうん一長一短で適材適所だよね」

「はいはい!みんなちょっと奥に行ってね!」

 シスターが子供達を教会の奥に押し返していく。手慣れているな。まあニムロデくんが警察を呼んでくる前に話をつけてしまいたいから助かる。

「その長い耳で聞いていたでしょうけど僕は……」

「すごい大立ち回りでしたね、真人間以上の存在ですもんね。別に私はそれを知らなかったわけじゃないんですよ、ただ子供たちには残酷な事実だからボカして伝えようとして、言葉に迷ってたんです。」

 悲しそうな顔だった。確かに王族という存在は不平等だ、王族に生まれたというだけで世界が配慮してくれる、ただ原初の3人の子孫というだけで一生の幸福が確約される。俺の幸福を分けられるのであれば全ての下民に分けてやりたいと思う、しかしそれができないから王族は善意を持って下民に尽くすのだ。

「王子様、失礼ですが運命を確認させていただいてもよろしいでしょうか?王族であると説明すればあの子達も納得してくれるとは思いますが、ニムロデ君は運命を見たって言わないと納得してくれないと思いますから。」

「ああ、大丈夫ですよ。僕はあの子の家族のような存在を盗む共犯になるんです、そのぐらいのことはね。」

「あの子は、ニムロデ君は、家族が戦争で死んだんです。ニムロデ君の両親は輜重兵だから死ぬことはないと思っていた、お貴族様の指揮の下にいる限りは最善の戦いになるから前線で戦う兵士が死ぬことは計算のうちでも輜重兵が死ぬことは計算に入れないだろうって思っていた、でも死んだんです。敵の遊撃部隊を叩くために|囮《オトリ》として輜重兵を使ったそうです。囮を使う作戦にしては犠牲者はとても少なかったと、聞いています。最善だったんでしょうね。でも、納得できないと思います、私も、そう。子供だったら、なおさら。だから、家族に執着して、私に母親を見てるんだと思います。でも、あの子の中で母親像には実の親がいて、私が入る余地はないんです。でも、子供だから、どうしようもなく私に甘えたいって、思っちゃうんでしょうね、それを恋だと勘違いして……ごめんなさいね。こんな話つまんないでしょ?私は獣人だから、運命を見るのにちょっと時間がかかっちゃうの。」

「いえ、楽しいです。僕は城の外のことなんて考えたこともありませんでした。いや、城の中のことさえ何も知らなかったかもしれません。城で働く人間を単なる使用人として見ていて人生を持った人間として一人一人を見ていませんでした。今は全ての人を人間として見れます。街を走っていてすれ違った77人の顔、体格、服装、仕草などを記憶して職業、私生活、健康状態などを頭の隅で推測していたのですが性格まで想像できたのはまだ10人程度で、自分が何も理解していないのだと痛感させられます。だからニムロデ君のことを知りどうしてそういう人間になったかという過程が僕にとってとても興味深く面白いのです。ちょっと失礼でしたね、すみません。」

「ふふっ、王子様も大人びているように見えますけど子供なんですね。」

「えっ?」

「子供は時にすっごく残酷だと思うんです、自分が楽しいと思うことのために他人が苦しむことを無視してしまえるとことか。」

「いや、本当に失礼しました、すみません。自分が子供だと、残酷だと、知りませんでした。」

「ふふふっ、いえいえ大丈夫ですよ。そうやって自分の罪を悔い改めながら人は成長するって本教会の方も言ってましたよ。そうやって成長していって立派な王様になってくださいね。そう、ニムロデ君の両親が死んだ時のようなことが起きないように……」

「……もし僕が戦場を指揮をする立場になったとして、それが最善だと思ったのなら実行します。でもその時に、犠牲者が出た時に僕は普通より罪悪感を感じれると思います。僕は輜重兵であっても通常の兵と同じように扱うつもりでした、城には[輜重兵が兵隊ならば蝶々蜻蛉も鳥のうち]という言葉があります。僕はその言葉に若さから反発して輜重兵も我が国の誇り高き兵士の一人として扱うつもりでした、しかしそれを望んでいない輜重兵もいるのですね。それを知れたことが善かった。何も知らずに通常の兵と同じように感謝し生贄にするよりも正しく知り感謝し生贄にする方が善いはずですから。罪は背負い|省《せい》する者でなければ、誰を征する価値もないはずです。それに、正しい99人より罪を悔い改めた1人の方が喜ばしいと言うでしょう?」

「へっ?そ……そうですか?」

「聖書ですよ。」

「三聖書にそんな話ありましたっけ?」

「三聖の書の話ではなくて聖書の話です。」

「あーありましたね、そんなの。三聖書も聖書も貴族語でセイショで普公語でもそのままサンセイショとセイショだから紛らわしいんですよね。」

「しっかりしてくださいよ聖書の翻訳も教会の大事な役割でしょうに。」

「王子様は物知りで偉いですね。」

 シスターが俺の頭を撫でる。ちょっと不敬じゃない?いや不敬って言葉はよくないな、俺は一人の神の義子として対等に扱ってもらいたい、対等に扱おうと思うんであって自分を上だと考えてはいけない。あくまで王族ではなく神の義子として対等にだ。

「シスターさんこれはちょっ、ちょっとやめてくださいって、失礼じゃないですか?」

「えーいいじゃないですか、恥ずかしがっちゃって王子様も男の子なんですねー、うりうりー。」

「やめてくださいって!」

「あっ、運命見えてきましたよ!」


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