徒然なるままに
兼好法師「少し落ち着いたかい……?」
枕に顔を埋めてまだ幾分息の荒い彼女に問いかける。負担にならないよう気をつけたつもりではあるが、なんというか……こう、結局のところ「つもり」でしかなかったようで……申し訳ないことをしてしまった。
「——か……」
「えっ?」
「ばかっ!」
「へぶっ!?」
唐突に顔をあげた彼女が枕を投げつける。もちろん痛くない程度の力ではあるが。少しの間視界を埋めていた枕が重力に従って落ちていく。そうして見えた彼女の顔は真っ赤になっていて目には涙が浮かんでいた。
「ごめん、痛かったんだね。なのに気づかないで……」
「そうじゃ……いえ、確かにちょっと痛かったけれど、それはあなたが優しかったから別によくて……とにかくそっちじゃないわよ!」
『初めて』だったのだから少しでも痛みがないように、怖かったり苦しかったりしないように優しくするべきだった。なのにそうできなかったのだから怒られても……と思ったのだがそうではなかったらしい。
「ただでさえこっちは余裕がないのにあ…あんなにあんなこと囁かれて恥ずかしくって仕方なかったことよ!」
「……君を好きなのも、君が可愛のも、何もかもただの事実なんだからしょうがないじゃないか」
「そういうところが……!いえ、もうやめましょうか……はぁ」
呆れたようにため息をついたかと思うと枕元のティッシュを何枚も取り出したあと箱をこちらに差し出してきた。
「あなたも使うでしょ」
お互いさっきの『運動』で色々と拭き取らなくてはならないものがある。……流石にその様子を見せ合いっこできるほどこういう事にはお互い慣れていないので一旦背を向けて相手を見ないようにする。……よほど敏感になっているのだろう。時折艶っぽい声が背中越しに聞こえてくる。
色々と事後の事を終えて二人並んで寝転がる。少し間をおいて彼女が話し出した。
「あなたとこういう事をしても問題のない立場になって、実際こうできるとなった時は嬉しかったけれど思い描いた『初めて』にできなかったのは悔しいわね」
天地がひっくり返ったって過去の出来事はどうにもできない。それなのに彼女に心残りを作ってしまったのだ……とても酷いことをしてしまった。彼女を絶対に幸せにするだなんて言って彼女の気持ちを受け止めたというのに……
「予定ではこの私があなたをリードして、いつもかっこいいあなたをカッコつけなくしてやろうと思ってたのに……」
…………………
「…………向き合うと恥ずかしいから後ろからにしてと言ったのは君じゃないか」
「…………それはそうだけれど」
念入りに前段階をしてお互い盛り上がったところにあんなことを、少し抜けているけれど上品で努力家なお嬢様のキミに息も絶え絶えな声で言われたらどうにも止まれなくなってしまったのだ。
「ともかく、明日は絶対リベンジしてやるんだから……!」
「負けず嫌いだなあ」
キミがそうしたいなら自分はそれに応えるだけ……と言いたいが身体が保つだろうか?
「まあ、それはそれとして——」
「うわっ!?」
彼女に急に抱きしめられた。汗に混じって彼女本来の花のような良い匂いが鼻腔をくすぐるくらいに、彼女の息が耳を撫でて骨の髄まで痺れるくらいに彼女の顔がすぐ近くにあるのを感じる。
「さんざん恥ずかしいことを囁かれたら仕返しは今からしてあげる。好きだって、大好きだって、あなたが眠れないくらいに耳元で囁き続けてあげるんだから」
彼女の仕返しの第一段階がこれから始まるらしい。正直な話、一言囁かれるだけでこそばゆくて堪らない。快感も行き過ぎれば……とは言うが本当らしい。一応年上な手前、あまりかっこ悪いところを彼女に見せたくはない。ないので、情けない声を上げないよう我慢するのにいっぱいいっぱいで極楽と地獄が同居しているようだ。
「今日は寝かしてあげないんだから」
「———っ!?」
「…………えっ?」
彼女の『カッコつけなくする』という目標は無事達成されてしまった。これは流石に情けない。こんなにあっという間というのは格好がつかない。
「うそ……あなた、これ……男の人って普通こんなに回復早くないはずじゃ……」
彼女が布団の盛り上がりを見て驚きの声を漏らして固まる。少し呆然としたかと思うと、恥ずかしそう盛り上がりからもこちらからも視線を少しはずして
「あの、その、こんなに早いと思ってなかったから心の準備ができてなかったというか……えっと」
しどろもどろになりながらも最後には覚悟を決めたように
「や、優しく、おね…がい……し……ます」
それでも消え入りそうな声でそう言った。