徐福、風邪をひく
ピピピ、ピピピ、と無機質な音が鳴り左脇からそれを取り出す。
「38度6分……」
「風邪だね」
「うぅぅ〜そんなぁ〜」
私、徐福は風邪をひきました。
恐らく原因は悪酔いして薄着で寝てしまったこと……。立香がバ先の飲み会で居ないから独り寂しくて飲んでたらこのザマである。あれ実質コイツのせいじゃね?などと胡乱なことを考えてしまうくらいには頭は熱に浮かされてるらしい。
「徐福ちゃんは寝てて、お粥作ってくるから」
そう言って立ち去ろうとする彼の袖を掴んでしまう。ここで行かせてしまえばどこまでも離れていってしまいそうで、二度と会えなくなるような気がしてしまったのだ。
思いの外力強く掴んでしまったようで立香は少し驚いた顔をした。そしてその顔を微笑みに変えて
「寝るまでここにいるよ」
と手を握って布団横に座った。
お粥だけじゃなくて講義とかバイトとか洗濯物とか掃除とか、色々やるべきことはあるくせに手を握ってくれている。そのことに安堵した私はすぐに眠りに落ちた。
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「徐福ちゃん、もういいかな」
なにが?
「俺、もう付き合いきれないや」
なんでそんなことをいうの?
「だってわがままだし酒癖わるいし勝手に風邪ひくじゃない」
そ、それは……!
「うん。散々我慢してきたけどもう限界かな」
待って!駄目な所は直すから!行かないで!
「もう無理、じゃあね」
ごめんなさい!私が悪かったから!行かないで!立香!!
──寂しいよぉ…………
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ハッと目を覚ます。
全身汗だくで相当悪い夢を見たようだ。
手は届かない何かを掴もうと伸ばされていて、何もない掌を力なく握ると固い虚しさが胸に落ちた。
枕元にはスポドリと風邪薬が置いてあって、スマホの通知欄にはぐっさまやマシュちゃんたちからの心配のLINEがあった。どうやら立香が各所に連絡してくれたらしい、世話焼きな彼らしい。
「り"つかぁー、あ"りがとね"ー」
感謝を伝えようとガラガラの喉で声を出す。そうすると間抜けた返事が…………
来ない。
「りつか?りーつーかー!
おぉーい、りーづーかー!?」
喉が傷んでるのに声を張り上げてしまう。それでも返事は来ない。それどころか人の気配すらしない。
不安になって布団から立ち上がって千鳥足で居間まで歩く。誰もいない。
台所を見る。誰もいない。
どこを探しても人っ子ひとりいない。
わたしは本当に置いて行かれたのだろうか。全身に汗がぶり返す。
そうだ、外に出ているかもしれない。そう考えて玄関で待つことにした。
1分
2分
3分
……5分経っても帰ってこない。
本当に私を置いて出て行ってしまったのだろうか。
そんなことはない、でもそう言い切れる確証がない。
私はダメダメな女だから、ちょっと勉強ができて手先が器用なことしか取り柄がなくて、りつかが居ないと暮らしていけないくらいに甲斐性がないから愛想を尽かされても文句言えないから……。
そんなことをぐるぐる考えても状況は変わらなくて、薄暗い玄関で私は佇んで待ちぼうけ。
「りつかぁ……」
そのうちわたしは、寂しさに耐えきれずうずくまると冷たいものが頬を伝って落ちた。
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体の芯が冷えていく。
おそらくこのまま死んでいくんだろう。
大好きな祖母が天寿を全うしたとき、その姿に何か神秘的なものが見えた反面、冷えていく体に恐れも感じたことを思い出した。
わたしはこのまま冷えて逝くんだろう。
ならば寝てしまおう、そうすれば怖くないのだから。
ゆっくりゆっくり、沈んでいく。
ゆったりゆったり、落ちていく。
このままわたしはどこまでも、
水底まで独りで落ちていく。
それでも何か、独りでは寂しいと手を伸ばす。
でもそこには何もなくて、それでもいいから掴んでやろうと虚を握る。
そうしたら何か、温かいものが掌に満ちて。
私の冷えきった心が熱を帯びて。
私は水面へと急速浮上する。
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「………。…………?」
ゆっくりと目を開ける。まず目に入ったのは自分の手と繋がる誰かの手。それを辿って見上げてみると、
「りつ、か?」
立香が私の手を握って、もう片方の手でスマホを見ていた。私の声に気づくとマスクを外してこちらに微笑みかける。
「お、起きた?ごめんね、買い物に行ってたらちょっと帰るの遅くなっちゃった。」
「あ……う、うん」
謝る必要はない。それより私が休まなければいけないのに、勝手に歩き回って玄関で寝ていることを怒ってもいいのに、叱ってもいいのに彼は申し訳なさそうに謝るのだ。
「お粥食べれる?辛いならうどんもあるから好きな方選んでいいよ」
「お粥にする、食べられるから。……けど」
「けど?」
彼はここまでしてくれる。
ダメダメな私に、ここまでのことをしてくれる。
それが嬉しくって、心の奥底の芯が温まって緩んでしまう。
「もう少し手を、にぎっててほしいかな……」
そう言って強く手を握ると先程の冷えきったものではない、あたたかな涙が頬を伝ったのだった。