後世の一幕
「新資料が発掘されたって!『天夜叉』の!」
ここは「偉大なる航路」砂漠の国アラバスタ。
よく晴れて乾燥した昼下がり、青年が息せき切って食堂へ飛び込んでくる。
片手には新聞、見出しには古そうな本。
「『天夜叉』ァ〜?ああ、シャケスペローの」
演劇オタクの親友に付き合うおれは優しい。肉を噛みちぎり向かいの席を指して座らせる。周囲の客の視線が痛い。
「『テンペスト』と混ざってんじゃん!」
「悲恋でしょ?」「湿っぽいやつね」「桃色夜叉と」「地下迷宮」「お姫様の……」
カウンターの姉ちゃんや隣のテーブルのおばちゃんたちが口々に茶々を入れてくる。『天夜叉』はシャケスパー・ウィラムの代表作で、古典ながら人気が高い。
「ロマンスと言やァうちだと『美らん万(ちゅーらん・とっと)』のジャンとコンペートのほうが有名なんだ」
「お前花ノ国だったな。ここじゃキブリーノ・バッチャンの『瑠美々』に並ぶ名作なんだよ『天夜叉』は」
「おれ『蟻地獄』のほうが好きかなぁ」
サボテンステーキをつつきながら相槌を打つと、軽い返答が逆鱗に触れたらしい。拳を突き上げて叫ばれる。
「翻案(そっち)だと女にされてるじゃねえか!なんだよ「薄羽の君」って!おれのひいじいさんのいとこの兄貴の…」
「嫁の知り合いの息子」
「……はそんな男に負けて犬死にしたんじゃねえ!」
親友は先祖代々アラバスタの出で、なにやら歴史モノには一家言ある。
「"ツメゲリ"だっけ?耳にタコができちまわァ」
「でもそれチャカ将軍が……」
「シッ!」
口を滑らせたお姉さんに焦るも、幸い熱が上がって耳に入っていない。
「アラバスタ内乱を巻き起こした大罪人だぜ!?しかも二十年国家転覆の日を待ち続けた知略家!もっとそっちを取り上げてほしいんだ!」
「『瑠美々』観てろよ」
「おれは海賊王じゃなくて!!「砂漠の英雄」の活躍が見てえんだよー!!」
「マニアックな……」
世間一般で「天夜叉」の愛妾の名を問われて答えられるものはいない。歴史の中で埋もれてしまったのだ。脚本においてもそれは伏せられ、劇中で符牒として「金砂」や「蜉蝣」といった呼び名が使われる。本当の名はいつの頃からか人々の口に上らなくなった。その陰には死者の尊厳を傷つけまいと「物語」から切り離すことを望み、口を噤んだ者たちがいる。その一人、今はまだ「世話役」としか読み解けぬ人物の手記にはこう記されていた。
「芋虫」と。