待ち人は迷い路の果てに
「一体どこにいるのやら」
今日はお互い用事を済ませてからと言って晴信と約束をしていたのだが、待ち合わせに向かう途中でマスターから「急で悪いけど・・・」と次のレイシフトの打ち合わせに呼ばれた。それを終えて、少し時間には遅れたものの向かった先の晴信の自室には姿がなかった。
食堂。喫煙所。売店。色々な所を探したが見つからない。
「後はここぐらいですね」
図書館の扉の前に立つ。
このカルデアの図書館は、マスターが本好きという事もあってかなり広い。おまけに書架が迷路のごとく入り組んでおり、慣れないうちは迷子になってしまいそうになるほどだ。
入ってすぐの所に絵本や児童書の並ぶスペース。そばには1段高くなった場所があり、そこに敷かれた柔らかなラグといくつものクッションに埋もれながら、子供の姿をしたサーヴァントたちが顔を寄せ合って本を読んでいる。
最初の迷路を抜けると広いスペース。重厚な机がいくつも並ぶそこは学術書や専門書の書架に近く、分厚く重たい本をいくつも机の上に積んだまま難しい顔をしているサーヴァントの姿がある。
最奥まで迷路を進めば、そこには1人でゆっくり読書を楽しみたいサーヴァントたちのために設けられた半個室のスペース。目当ての人物はそこにいた。
長時間座っても体が痛くならないような構造の1人掛けのソファ。そこに座って1冊の本を読んでいる。作り付けの机の上にももう1冊。長い脚を組んでその上に本を置いている。添えられた手がページをめくる音だけが静かに響く。本に落とされた視線と伏せ気味の瞼。俯きがちの顔にかかる前髪の影。どこを切り取っても絵になるとはこの事だと思いながら声をかける。
「晴信」
「ん、来たか」
ぱたりと閉じられる本。何を読んでいるのだろうかと見てみると『マンガで分かる日本の人物』と銘打たれたシリーズらしい。机の上に置かれている方には『武田信玄』と書かれていて、手に持っている方のタイトルも確認しようと目を凝らす。
「・・・・・・あなた時々、そういう事しますよね」なんだか顔が熱い。
「マスターの話だとこういうのを読んで、俺たちに興味を持って、調べて、好きになってくれる層もいるらしいぞ」
にやりと笑うその顔が、策が上手くいった事を物語っていた。
「さて行くか」
2冊とも手に持って書架の方へと歩いていく。すいすい進む背中に置いて行かれそうになって、慌てて追いかける。
「待ってください。ここあまり来ないので、自信ないんですよ」
「俺は慣れてる」
途中の書架に本を戻して迷路の始まりへ。
「お二方ともお帰りですか?」
扉の手前で平安の才女に声をかけられる。
「そうだ、式部殿。邪魔をしたな」
「いいえ。図書館は、いつでも皆さんをお待ちしています」
彼女に見送られながら図書館を出る。廊下を歩きながら、ふと思いついた事を尋ねた。
「今日は何も借りなかったんですね?」
よくあれこれ借りては読んでいるのに、珍しい。
「・・・?お前との約束が先だろう?」
やや首を傾げながら言われた言葉に上手く返せなくなる。ずるいなぁ、もう。
「本当に・・・そういう所ですよ・・・」今の自分は、きっと真っ赤になっているのだろう。
「???」
普段は本なんて全然興味が湧かないけれど、あの2冊くらいは読んでみよう。そう思った。