彼氏の責務
※凪潔ルート
※ネオエゴのドイツvsイングランド直前くらい
うっかり気づいてしまった赤い跡は知らないふりをするには主張が強すぎて、玲王は横にいた凪を肘で小突いた。
「……手加減してやれよ」
「え、何が」
首を傾げる凪に、玲王は自らの頸を指し示す。
それで合点がいったらしく、凪は「ああ」と頷き、ピッチ上で1on1に興じる二人ーー恋人である潔と同棟のチームメイドである千切を見遣った。
「気づいちゃった? 玲王、背高いもんね」
「つーかあいつより背高い奴の方が多いし、隠す気ねーだろ」
潔の背丈は世間一般の平均以上ではあるが、青い監獄の中では、特に海外メンバーが交流した現在は、潔の背丈は小さい方に分類される。
そうして潔より長身の者がちょっと覗き込めば見える位置に、赤い噛み跡はあった。
「まっ、今日からしばらくはそんな機会ないだろうから、いいっちゃいいけどな」
所属棟が違う潔は申請を出してこちらへ顔を出しに来ている。けれど、その申請期限も今日で終わりだ。
次の試合は潔の所属するドイツ棟と凪たちの所属するイングランド棟の対戦だ。敢えて対戦相手を招いて内情を教えてやる必要はない。指導者であるクリスが明日から試合までの申請を却下するのも当然だ。
「俺が向こうに行くのもダメなのかな」
「ノアが許可しねーよ」
「だよね。でも、うーん……ーー帰したくないなぁ」
感情の起伏の少ない凪には珍しく、独占欲を微塵も隠さない声音だった。
「カイザーだっけ? 気にしてんだな」
ドイツ棟の海外メンバーである新十一傑の一人と潔が揉めたらしい。その噂は既にイングランド棟へも届いていた。
「んー」
歯切れ悪く答える凪は、一心に潔を見つめている。
常であれば聞いているのかと問い質したいところだが、そりゃ付き合いたての恋人が目の届かない場所へ戻るのは彼氏として嫌だよな、と得心する。それも揉めている相手がいるとなれば尚更だ。
(こういうとこはちゃんと彼氏っぽいよな。)
玲王は凪の横顔をまじまじと眺めた。
普段が完全に受け身なだけに、潔に対する凪の言動は意外の一言に尽きる。恋が人を変えるとはよく云われるが、無気力の権化である凪すら変えるとは。
その発露があの夥しい噛み跡かと思うと、頭を抱えたくなってしまうが。
感動とドン引きを同時に噛み締めていると、不意に凪が「ねぇ玲王」と呟いた。
「明日の練習に間に合うように帰せばいいんだよね?」
「ーー容赦ねーな」
てっきり同意が返ってくるものだとばかり思っていた。
目を瞬かせていると、半ば体をぶつけるようにして玲王が肩を組んでくる。
「くくっ、開口一番『カイザーってどれ?』って、お前なぁ!」
面白すぎんだろ、と笑う玲王。理由はよく分からないけど、笑っているから別にいい。ううん、それより。
もう一度、先程の言葉を言い直す。
「俺、絶対に勝ちたいんだけど。玲王は勝ちたくないの?」
「勝ちてーよ。つーか絶対勝つ! 当たり前だろ」
ひとしきり笑い終えた玲王は、さっきとは違う種類の笑みを浮かべて俺を見た。
自信に漲っていて、闘志十分。そんな顔。玲王らしい。
「でも、いいんだな?」
「何が」
玲王は背後の相手フィールドーードイツ棟チームを指し示す。各々配置につくスターティングメンバーの中には見慣れた人物もいる。
「かわいい恋人にも手加減なしだぞ?」
「うん。それは別に」
きっぱりと言い切ると玲王は意外そうに目を丸めたが、俺にとっては当然のことだった。
(ていうかそんなことしたら怒られるし。)
U-20代表戦のことは忘れてない。すっごく嫌で苦しかった。でもその後の潔とのことは、俺にとってのサッカーの指針みたいなもの。
思い出すと胸がざわつくのと同時に口元がむずむずして、グローブを嵌めた手で覆って、言った。
「潔が好きなのは、そういう俺だから」
ーー新英雄対戦、第三試合。マンシャイン・C率いるイングランド棟対バスタード・ミュンヘン率いるドイツ棟の試合が、今、始まろうとしていた。