彼らの戦い
「ウハハハハ!まァたンなことやってたのか!!セニョール!」
「今回のは特例だ。Dr.トラファルガーの友人をもてなせねえとなりゃ、ドレスローザの名折れだぜ」
「おっさんローのこと知ってんのか!」
「誰でも知ってるさ。なにせ天下の七武海だからな」
セニョールの言葉にそんで腕利きの医者だと付け加えながら、賞金稼ぎ組合のボスだって奴がまた笑った。見回り中に街での騒動を聞きつけて様子を見に来たって言ってたが、おれたちの顔を見るなり大笑いしてすっかり立ち話の姿勢に入っちまってる。
それにしても、ローは七武海なのに医者としても知られてんのか。一瞬トラファルガーって聞いても誰だかピンとこなかったのは黙っておく。付き合いの長さがあるとはいえ、ルフィより覚えてねえってなんか悔しいからな。
「ただでさえ銀行員と賞金稼ぎの二足の草鞋だろ。あんま抱え込むと火傷すんぞ?」
「貸し剥がしの立替なら今後の為だ。病は必ず収束する。Dr.トラファルガーが治す。おれはそう信じてるのさ」
「治るさ!ローだけじゃねえ、うちの船医も治しに行ってんだ」
「世界政府もみっともなく右往左往してるってのに、全く大した肝の座り方じゃねえか。気に入ったぜ、麦わら!ウハハハハハ!!」
「ししし!」
「まあ実際、チョッパーとローで治せねえ病気なんてそうそうねえよな」
夢の中で悪魔の実の病気を治療するとかなんとか、おれからすりゃ何がなんだかよくわからねえことまで知ってて、なんやかんやでやってのけちまうような二人だ。案外おれたちがヤーナムに行くより前に、さっくり治療法を見つけて国丸ごと治しちまうんじゃねえか。
「今夜にゃ"神聖な"武闘大会も待ってる!折角客も来てんだ。辛気臭ェ面の連中をこのおれが湧かせてやるよ!」
「そっちもなかなか忙しそうだな。"コリーダコロシアムの英雄"」
「まァ天才のおれにかかりゃ楽なもんだぜ。今夜は当然キュロスの奴も出るからな。初白星掴んでやっからお前らも期待しとけ?」
「キュロス?」
「武闘大会ってなんだ?」
揃って首を傾げたおれたちに、二人は風景に溶け込んでいた立派な胸像を指差した。
「三千戦全勝無敗の男、コリーダコロシアム史上最強の剣闘士よ!」
「英雄の前任者だ。そして武闘大会は、この地の"神"に血と戦いを捧げる神聖な儀式。今は軍隊長を務めるキュロスも、神前試合だけは外せねえのさ」
「神が見にくんのか??」
「ウハハ!難しく考えるこたァねえ。このおれが認めた十年来のライバルに打ち勝つ記念日とでも覚えときゃ間違いねえからな!」
「あんたら十年も戦ってんのか」
「おうよ、二十年でも三十年でも、お互いおっ死なねえなら百年でもやるぜおれァ」
胸を張って答えた宣言に続いて、またあの楽しそうな笑い声が響く。よく笑う男だ。
たぶんこいつは、十年後も二十年後もできるなら百年後だって、そのキュロスって奴に勝てるまで戦って、勝ったらもっと勝つために戦うんだろう。それでもし今日死ぬとしても、自分の人生を誇って死んでいく。
国中大変だってのに何の曇りもねえ笑顔に、おれは恐竜の住む暑い暑い島で見た戦士たちのデっケェ戦いの空気を、その誇りを思い出していた。
「その武闘大会って、おれたちも見に行けるんだよな!?」
「興味あんならチケット持ってくか?丁度二枚分余ってるぜ」
「いいのか!?」
「おれァ主催者側だからな!大会が盛り上がるならおれたちも神サマも大歓迎よ」
「おおー!!!」
ちょっとしたモンだが最後にゃメシも出ると続いた言葉に、楽しそうにしてたルフィの目が更に輝いた。この国のメシ、美味ェもんな。
手渡されたチケットには、金の髪に赤い瞳のキレーな女の人が描かれていた。
「さてと、おれたちゃそろそろお暇するか」
「そこに転がってるゴロツキを牢に放り込まなきゃならねえからな」
「こいつ海賊だろ?海兵に引き渡さねえでいいのか?」
「ああ…病気騒ぎで支部の海兵は皆逃げ出しちまってな。今はまとめて国の牢にぶち込んでるってわけだ」
「なんだそれ」
分かりやすく口をへの字にしたルフィに肩をすくめて、セニョールは懐から包みを取り出す。
「それと…ドクターと合流するなら、こいつを渡しておく」
「これ薬か?」
「得体の知れねえ、な。出処の分からねえモンを妻に飲ませるわけにはいかねえ。そいつは調査にでも役立ててくれ」
包みの中には何の変哲もなさそうな真っ白い丸薬が入っていた。
そんな素振り全然見せなかったが、セニョールの奥さんも病気だったんだな。だからグラン・テゾーロも頼りにしねえで、ローを信じて踏ん張ってんのか。
指輪の光る手を上げまだ気絶したままのチンピラを引きずって行く後ろ姿を、ルフィはじっと見送っていた。
「ウソップ、チョッパーとロー探せるか?」
「お、おう!ちょっと待ってろ!」
路地から屋根の上に登って、街を眺める。
「うおわ!!?」
「ウソップ!?」
なんだなんだなんだ今の!
「なんかあったのか!!?」
「なんかっつーか…いやおれにもなんだか分からねえんだが…とにかくやべえ!」
そこまで賑わいもねえ街で、二人の気配はすぐに見つかった。だがその直後、とんでもなくイヤな気配が周りの気配を掻き消しちまったんだ。
「それどっちだ!?」
「あっちだ!ちくしょう怖かねえぞ!!」
震える足に気合を入れて、屋根を伝って走り出したルフィの後を追っかける。
よく晴れた青空から、昼の白い月がおれたちを見下ろしていた。