彼の音楽家
自分ではない誰かが同じ様にトットムジカを呼び出したとして、自分はその者が悪いと思うか
ルフィにそう言われたウタは悪いとも悪くないとも返せなかった。
ただ「わかんない…」と、か細く答えてその後、一度ルフィ達の意見も聞いた上で考える時間が必要だろうと、その場はお開きになりウタは久しぶりに一人でいた。
最近は主にナミやルフィなど誰かしらが側にいたからか少し落ち着かない。一人でいた時の方がずっと長かった筈なのに。
「静かだなァ……」
幻も幻聴も、そういえば無い気がする。前まではそれらと夢に怯えて何も出来ないで震えるしかなかったのに、どうやらルフィ達のお陰で随分と元気になれているらしいそんな事実にクスリと笑ってしまうが幻聴が聞こえない事に何とも言えない気持ちにもなっていた。
いっそ夢や幻がいつもの様に現れて「お前が悪い」「お前の罪だ」と言ってくればそうなのだろうと納得してしまえるのに…都合が良いとなると消えてしまう辺りままならないものだ。
いや、もちろんそれは違うのだろう事は理解出来ている。そんな事で「自分が悪い」と答えを出すのはきっと沢山助けてくれた彼等に失礼だ。
…とはいえ、罪悪感も、罪の意識も、そしてエレジアが滅んだ事実も確かに存在し、そこに悪は無い。なんていう結果も飲み込めないのだから困っている。
「……歌ったのが、私じゃなかったら」
ルフィ達に言われた通り、素直に言葉を受け取って、それらに当てはめて…「何も知らずに魔王の楽譜を手にして歌った子供」について考える。
客観的に見れば、なるほどと思えなくはないが…それでも「じゃあ何も背負わずこれからも気楽に生きていい」とはどうしてもならない。
だって死者が出ている。誰かの人生が奪われているのだ。
その人は誰かの大事な人で、それこそ…ゴードンからすれば皆自身の国民であり、素晴らしい音楽家やその卵だった筈なのだ。ゴードンは被害者だ。間違いなく…
じゃあ自分は?知らなかった、そんな事になると誰も予想出来なかったとしても…国が滅んだ元凶たる……私は
「悩んでますねえ」
「そりゃあんな風に言われるとは予想してなかったし…悪くないって言われてもってえ?!きゃぁあああ!?」
「ひえっ!?」
飛び上がる程驚いて後ろを見れば目の前に骸骨なので更に悲鳴をあげた。
古城に骸骨は卑怯ではないだろうかと思ったが…よくよく見ればルフィの仲間のブルックであり、ウタは大きく息を吐いた。
「ブ、ブルックさん……ご、ごめんなさいすごい声あげちゃって…」
「いえいえ、私も驚かしてしまいました。改めまして私はブルックです。初日の自己紹介の時以来ですねお話は」
「です、ね…えと?」
用件は何だろう?そう首を傾げるウタの鼻腔を、よく知っているがいつもの物とは違う香りがくすぐった。それが、ブルックが何処からか取り出したポットからするものだとすぐに察した。
「一人で考えるのも大事ですが、随分悩み続けていらっしゃいましたから…よければ休憩に致しませんか?」
ポットと共に彼が出した懐中時計で確かに長時間考え込んでいたらしいことを知ったウタは苦笑しつつも提案を受け入れた。
「どうですか?私の最近イチオシの茶葉でして…」
「すごく美味しい、です」
「ヨホホホ、無理に畏まらなくて大丈夫ですよ。どうか楽に話してくださいな」
「…ありがとう。本当に、優しいね?ルフィも、その仲間のあなた達も」
「私達はルフィさんが大切な物は大切にしたい。それも事実ですが…私は音楽家としてもあなたは素晴らしい歌手と思っておりますから」
ただルフィの知り合いだからではなく、全員がそれぞれの理由でウタの力になりたいと思っている。そう伝えるブルックにウタは改めて礼を言う。
そしてそれと同時に、申し訳ない。
「…考えてはみたの。ルフィ達が言ってくれた様に、でも」
「完全に吹っ切れるなど難しいでしょう。それが長く苦しんだ問題であればなおさらです」
「うん……私が歌ったから、魔王が出て…エレジアの人達がって……」
「なるほど、しかし…」
そこまで言ってカップを傾けたブルックが中身の少なくなったカップを、ソーサーにのせてからまた口を開く。
「封印が解けた後、地下から出てきて貴方の目に付くところまで敢えて移動し、そして幼子であった貴方を取り込み、国を滅ぼした魔王の方が余程悪辣では?」
「……そ、れは」
「ウタさんの視点からすれば、ウタさん自身が国を滅ぼした罪人の様ですがね…私達の視点では国を滅ぼしたのは魔王の方なのですよ」
そもそもの根本的な視点の話なのだ。
ウタウタの実の能力者のみが封印を解けるという条件もあり、あの地獄の光景を見て更には後に出てきた混乱の中で正しくない情報もきっと混雑した中で映像を遺した先人に名指しで「ウタが危険だ」と言われれば自分が悪いと思ってしまうのは仕方のないことだ。
だが、ゴードン、ウタ両方の視点の話を聞いたり、正しい情報整理を行なったりした上で「ウタが悪いとは思えない」とブルック含めて、麦わらの一味は考えている。
しかし「それと本人の罪悪感は別」とフランキーが言った様に元来優しい性格のウタからすれば辛すぎる真実だ。己で命を絶たなかっただけ幸いだろう。
「しかし貴方が苦しみを背負う背負わないはね、自由なんです」
「自由?」
「はい、死者は自分が死んだ後に干渉なんか出来ません。死ぬ前に遺した物もどうするかは生者次第……とはいえこのエレジアで遺った物は幾つかの楽譜と、電伝虫と、魔王に滅ぼされた哀しき事実、そして…ゴードンさんと、貴方」
ウタはブルックをまっすぐ見ながら聞いていた。困惑も混ざりながらもその目は真剣そのものであり、彼女に音楽を教えたゴードンはさぞやり甲斐があっただろうとブルックは内心羨みつつも話を続けた。
「生者の人生に死者が関与する余地はありません。死んだら憎しみも感謝も未来もないんですよ」
「……」
「…だから、今此処にいない人たちの本当にそうか分からない感情分まで背負う事はありません。潰れてしまいます」
きっと自分を恨んでいる。きっと自分を許さない。そんな思考からも、あの幻や夢は生まれただろう。
しかし死者の気持ちなんか分かりはしないのだ。生きてる人間の心さえ、理解しきれはしないのだから。
「紅茶、すっかり冷めちゃいましたね。おかわりついでにサンジさんにクッキーねだりに行きましょうか」
彼のお茶請けは絶品ですよ。とまるで先程の話がなかった様に明るいトーンで話す彼に少しキョトンとしてしまうが、すぐに口に手を当ててウタは笑う。
「なんだか貴方がルフィの船の音楽家になった理由、ちょっと分かったかも」
まだまだ全快してるわけではないので、お昼が食べれなくなる様な事にはならない程度になら…とウタは少し軽くなった足取りでブルックについて行った。