弾ける炎は夜闇を照らす

よぉお前ら。 コミック、ファイアスターターのヒーロー、ファイア様だ。 元気にしてるか?
いつもならもっと元気良く挨拶するとこなんだが今はちょいと声を潜める必要があってな。 って言うのもだなぁ
「貴方は〜段々と〜眠くなる〜。意識は〜内側に〜落ちていく〜」
部屋のドアの影に隠れて中の様子を見る俺の視線の先には俺のへっぽこだけと誰よりも頼れる相棒のギークとギークに片思いしててそこそこアプローチしてるけど全く気付かれてない報われないオレンジガールのフゥリだ
フゥリはギークの目の前で振子をゆらゆらと揺らしながら怪しいと言うかテキトーさすら漂う呪文を唱えている。 ギークの方はと言うといつも以上にぼんやりした目で振子を見つめ続けてるな
揺れろ魂のペンデュラム!って感じじゃなさそうだしアレはどう見ても催眠術…ってヤツだよな?
事の始まりは難しくも長くもない話だ。 俺が外から帰ったら家のリビングには誰も居なかった。んでギークは部屋に居るのかと思って向かってみると部屋のドアの隙間から変な事してる感じの声が聞こえてきたんで急遽身を潜めたって訳だ
「貴方は〜私の問いに〜答えたくなる〜…ハイッ!天空に描け蜜柑のアーク!」
いや蜜柑かよ! 確かに丸いけどよ!
振子をやめてパン、とギークの前で両手を合わせて鳴らす。 ギークの方はと言うとガクッと頭をたれたかと思うとゆっくり持ち上げてフゥリを見据え直した。 その両目は虚ろな感じで明らかに正気ではない。
…よく見るとフゥリの頭と腰から黄緑で半透明の狐耳と尻尾が出ている。 アレが出てる時は何かしら霊力ってオカルトパワーを使ってる時だとか前に聞いたしこりゃマジのガチでやったっぽいな
「オッケ〜 さーて何を聞こっかな〜っと」
楽しそうな声で言うフゥリ。 出しっぱなしの耳がぴくぴく動いてる辺り本当に楽しいんだろう
「まっずっは〜 …ヘソクリとかある?」
「うん…ある…」
「じゃ、場所は?」
「机の引き出しの奥…」
「フンフン。 成る程ね〜」
それを聞いたフゥリは立ち上がり部屋の奥にある机まで向かう。 そのまま引き出しを開けて中を探るとギークの貯金箱が小銭の音を鳴らしながら出てきた
「ヨシヨシ。 遊び程度の強さの術だけどちゃんと効いてるネ」
そう呟いたフゥリはポケットから紙…アレは五ドル札か?を取り出して小さく折り畳んだ後貯金箱の中に口から押し込む。 そのあと貯金箱を元の引き出しの奥に戻した
中には大して入ってねえし中身を抜くなんて事するとは思ってなかったから何もせず見てたけど、逆に金を突っ込むとは思わなかったな…
「お賽銭もしたし、ギア上げてくかー!」
そう言いながらフゥリが振り向きそうになったんで覗いていた隙間から離れて身を潜める。 さっきの金は色々勝手に探る迷惑料代わりって事な…
「では改めて…ギーク君、好きな食べ物は?」
再びギークと向かい合う形で座るフゥリ。 俺も部屋の中を覗ける位置に気配を殺しつつ戻った
「オムライス…」
「嫌いな食べ物は?」
「ピーマン…」
…ガキかよ。 我が相棒様は相変わらずの子供舌っぷりだ
「アハハ私もアレ嫌いっ。 ところでファイアって苦手な事あったりする?」
オイなんで俺の苦手な事を聞くんだ
「…ゴキブリが苦手な筈…」
「えっ? そうなの? アイツ虫なんて燃やせるから怖くないと思ってた」
俺の名誉の為に言い訳させてもらうとフゥリの言う通り簡単に燃やせる虫なんて怖くない。 なんならゴキブリも苦手じゃなかったんだが… 以前ギークの部屋に出たのを他の虫と同じ様に燃やしたらあのヤロウ燃えながらコッチに飛び上がって突っ込んで来やがってな… 慌てて避けるハメになるわそのまま死ぬまで走り回ってボヤ騒ぎになり掛けるわで散々な目にあって以来あの虫とは関わりたくねぇんだ
「僕も嫌い… 前に大変な目にあった…」
「ふーん。 なら次は〜ズバリ、エッチな本ってある?!」
おっと? フゥリのヤツ中々踏み込んだ事を聞き始めたな?
「…ある…」
「何処に?!」
「本棚の一番下の雑誌の奥…」
ギークの言葉を聞いたフゥリは正座から四つん這いでガサガサと本棚の前まで進み納められた漫画雑誌の過去ナンバー達を引っ張り出す。 その奥に収められてるのが相棒のお宝ってヤツだ
ギークのパートナーとしてはここで止めに入ってやるべきなんだろうが… 悪いな相棒。 ちょいと趣味が悪いのは承知だがこんな面白そうな見せ物はギリギリまで眺めるに限るんだわ
「ほほぅ… これがギーク君の…」
納められたお宝を何冊か手に取り表紙を見るフゥリ。 顔は赤くなってる様だが尻尾がブンブン振られてる辺り興味は全く隠しきれてない
ちなみに内容はと言うと大体胸の大きめの女が描かれたソリッドブック?とか言うのが多かった筈だ
そう。 つまり2次元モノばっかりで実写の物が無い。 少なくとも俺の知る限りでは
フゥリもその事に気付いたのかさっきまで振り回されていた尻尾の勢いがドンドン落ち始めていた
「……まさか、もしかしてギーク君って三次元に興味がない系…?」
手に持っていたギークトレジャーを床に並べて見ながら思い詰めた声で呟くフゥリ。 さぁ、自分が次元レベルで守備範囲外かもしれない疑惑に気がついた今、次は何をどうする?
「ぎ、ギーク君ってさ…」
フゥリはギークの方を振り向きもせずに震えた声を出す
「リアルの女の子では… 興奮できない系だったりする…?」
恐る恐る問いかけるフゥリ。 残念だが俺の相棒は二次元の女にしか興奮できない…
「ううん。 そんな事ない…」
なんて事がある訳無いよなぁ!
相棒が三次元のエロ本を持ってない理由はズバリ、買うのが恥ずかしいからだ。 前に俺が似た様な事を聞いたら本人がそう言ったから間違いねぇ。 ギークショップの店頭で薄い本買ってたヤツが何を言ってんだろうな
だがその答えはフゥリにとって良い返事だった様だ。 ため息を吐いて安堵している
「って事はリアルの女の子に興味ある?」
「ある…」
「なら近くに可愛くて魅力的な子が居るよね? ね? ねっ?」
「居る…」
おっとまた面白くなりそうな事を聴いてるな? コレは反応を見逃す訳にはいかねぇ
「ズバリ、その子の名前は…?」
ある意味核心とでも言うものを尋ねるフゥリ
「……フゥリさん」
一番欲しかった答えだろう。 フゥリは顔を真っ赤にしながら土下座するかの様に前に上体を倒して顔を腕に埋める。 尻尾も耳も今までの比じゃなくバタついてるし時折床を拳でドンドン叩いて悶絶している
実を言うとフゥリは距離感近めでちょっと照れるとか前に俺に相談してきた事あってな。 あんだけグイグイ来る相手を意識するなって方がまぁムリってもんよ。 そこまで意識しといて相手から好かれてる事に全く気付かないのは正直どうかと思うが
「ふ、フゥリさんの事どう思ってる?!」
フゥリは上擦った声で深掘りを始める
「優しくて…」
「うん!」
「頼りになって…」
「うんうん!」
「柑橘系の良い匂いがして… 狐耳とかも可愛くて…」
虚ろな目をして心ここに在らずの相棒はドンドン答える。 フゥリはと言うとテンションが上限近いのか相棒の答えを聞く度に頷いたりガッツポーズしたり霊体の尻尾を引っ張ったりしてて動きが忙しい
「それからそれから?!」
「僕の…」
「僕の?!」
ギークの顔の前にずずいと息荒く迫るフゥリ。 あの背中とかをちょっと押して青春ハプニング的なのを発生させたいなーとか思うのは俺だけじゃない筈だ
「…とても、大切な人…」
その言葉を聞いた瞬間、フゥリはビクっと身体を震わせた後固まる。 さっきまでずっとバタバタ動いてた尻尾や耳もピンと張ってピクリともしない
「た…大切…私…私が…大切…」
フゥリはそのまま動かずギークの口からでた言葉を何度も呟いている。 顔も真っ赤にしてよほど嬉しいんだろう。 さっきから可愛い反応しやがるねーホント。 若さ溢れる青春しててこっちまで当てられちまいそうだ
とは言えちょーっと盗み聞きし過ぎな感も出て来たしちょいと散歩でもして本当に二人っきりにしてやるべきかね。 なんて思い少しドアから離れた矢先だった
「………グスッ…うぅ…っ」
部屋の中から啜り泣きが聞こえる。 音を立てない様にドアの前まで戻って中を確認すると呆けたギークの前でフゥリはボロボロと泣いている様だった。 おいおい、さっきまで甘さ100%みたいな感じだったのに一体どうしたよ?!
「私… 私は…! ぅっ、ああぁぁぁ…!」
服の袖で眼元を何度も拭っているがその度に新たな大粒の涙が溢れて落ちている。 口からは何度も私は、と繰り返し出てきた
『私』ね… なんとなくだが予想が付いた。 確かフゥリは故郷のお里じゃフゥリって個人じゃなくて神降ろしだかの儀式のダンサーみたいな役割としてでしか見られてなかったんだったか。 そこで片想いの相手から大切な個人として認識されてるって事実が嬉しい以上にちょっと効き過ぎたってとこか。 最近はその辺を気にする素振り見せてなかったからもうコンプは解消されたのかと思ってたけど未だに心の奥には重苦しい暗闇を抱え込んでたって訳ね…
…ケッ。 んだよソレ。 胸糞悪ぃ。 ここは自由の国だぜ? 昔がどうだったかなんて気にせず額面通りに受け取って起こす前に勢いで頬にキッスの一つでもくれてやりゃ良いのさ。 健全な少年少女のコイツ等にそう言うコンプレックスがどうだのでジメジメグズグズするなんて流れはお呼びじゃねぇんだ
俺は深く息を吐き自分の身体の内に意識を集中する。 浮かべるイメージは当然炎。 身体の、心の中に秘めた真っ赤な情熱
俺は一人の存在じゃない。 相棒の、ギークの善性や情熱。 勇気やらなんやらを受けて俺はこの世界に身体を得て個体として存在を確立した
相棒の勇気は俺の勇気で俺の熱は相棒の熱だ。 意識して心を繋げば、そして俺が心を燃やせば、相棒の中でも相棒の炎が燃え上がる
俺達の炎は全てを焼き尽くす。 当然、遊び程度の強さで掛けた催眠術なんざ何の障害にもなりはしない
「……ぅ…ッ…ん…」
少しずつギークの目の焦点が合い始める。 俯いているフゥリは泣き続けて気付いていない
さぁ目を覚ませ相棒。 こう言う時こそお前の、ヒーローの出番だ
何もかも吹っ切ろうと地球の反対側まで走ってきた子が昔の環境だとかコンプだとか、そんな闇に纏わり付かれて未だに泣かされるなんざ、ちょっと許せねえよなぁ?!
「……フゥリさん…?えっ?!どうしたのフゥリさん?!」
相棒が覚めた。 目の前で泣いているフゥリに驚きつつもすぐに背中を撫でたり落ち着かせようと行動し始めている
「ギーク君…! ギーク君! うわぁぁぁぁん!」
意識を取り戻したギークにフゥリは泣きながら抱きつく。 ギークはそのまま押し倒されそうになったが踏ん張ってフゥリを抱き止めた。おにーさんそこは押し倒されても良かったと思うんだがなー
まぁとにかく。 俺の相棒が目を覚ました以上ここでの俺が出る幕はもう無ぇ。 気配を殺して立ち上がり家の玄関へと歩き始める
意識を取り戻させるってパートナーに相応しい活躍もした事だし、 あとはの事は少年少女に任せて火付け役(ファイアスターター)はクールに去るぜっと
外に出て見上げた空はまだ青い。 トレーニングがてら少し遠くまでジョギングでもするには良い感じだ
弾ける炎(ファイアバースト)は全てを燃やす。 悪を焼き、闇を照らす真っ赤な炎だ。 俺と相棒が揃えば、怖いものはありはしない
ゴキブリ以外はな!!
コレは余談だが。 俺が遅いジョギングから帰る途中、フゥリを家まで送った帰りのギークと鉢合わせたんだが相棒は何故かめちゃヘコんでいた。 理由を聞いてみると、厳重に隠していた筈のエチチ@ソリッドブックが本棚から引き出されていてほぼ確実にフゥリの目に入ったから、らしい。 イヤー ナンデダロウナー