弾き出されたその先で

弾き出されたその先で


時刻は昼、カルデア内の食堂にわたしはいた。

マスターもイリヤもミユも、今はシミュレーターでの模擬戦で出払っている。何でもキャスターオンリーでの戦闘シミュレーションをしているらしい。…こういう時、わたしも別霊基でキャスターにクラスチェンジするべきか、なんて思ってしまう。

イリヤとミユが人数分の弁当を作っていた辺り、昼食は向こうでとるのだろう。他の知り合いも運悪く捕まらなかった以上、今日のわたしは一人寂しく食堂に出向くしかない訳だ。

…まあでも、捕まらなくて良かったのかもしれない。ママっぽい人はともかく、あの褐色白髪のアサシンはそういう馴れ合いを好まないだろう。今も絶賛仕事中の厨房のアーチャーや、どこにいるかも分からないそのオルタなんて以ての外だ。前者は仕事の邪魔になるし、後者はそもそも行方が知れない(というか色々シリアス過ぎてアンタッチャブルな感がある)。


(元の世界の“お兄ちゃん”はあそこまでワーカホリックじゃなかったはずなんだけどなー……あら?)


物思いに耽っていると、こちらに近づいてくる人影が見えた。銀髪と紅い瞳、幼い体躯はイリヤに似ているが、イリヤではない。彼女は…。


「クロエさん、でしたっけ? 相席良いですか?」

「…まあ良いけど」


…インド神話の愛神、カーマだ。そのカーマが、わたしの前の席に座る。


「…で、なんの用? あることないこと吹聴してわたしとマスターの仲引き裂こうってんじゃないでしょうね?」

「いきなりご挨拶ですね…。マスターさんを堕落させることを目的とする私が、そんなデメリットしかないことをやると思いますか?」

「やるでしょ。現にあなた、マスターのパートナー枠ガッツリ狙ってるでしょうが」


引きつった顔で弁明するカーマをバッサリ切り捨てる。いやだって、大奥の遺恨とかあるし、元ビーストだし? マスターやイリヤは(マスター限定の)あまりのチョロさにすっかり絆されてるけど、警戒しておくに越したことはない。


「…マスターさんの童貞もらっておきながら、随分執拗に牽制しますねぇ?」

「ぶっ…!?」


思わず飲んでいた水を吹き出してしまった。


「いきなり何よ!? というか、どこから漏れたのその情報!?」

「マスターさんからですけど? あれはショックでしたねー、「先越された!?」って思いましたもん」

「リツカァァッ…!」


何やってんのよあのおバカは! まさかそこまでカーマに入れ込んでいるなんて…!

……。…いやまあ、カルデアのマスターなんてやっていればどこかで歯車は狂う。誰にも手を出さないか、何人かに手を出して一勢力を築き、「下手な手出しをしたら痛い目を見るぞ」と牽制して無理矢理勢力図を安定させるか。人外魔境たるカルデア内で人間関係を円滑に保つには、それくらいしなければならないだろう。なので、たまにこういう事故みたいなことが起きても強くは言えない。全員纏めてお陀仏、なんてことに比べれば遥かにマシだ、多分。

…というか何、リツカお兄ちゃんって銀髪美少女が好きなの? だからイリヤに手出したとか?


「…あの、悶絶してる所悪いんですけど本題に移って良いですか?」

「…っ…。…あー、良いわよ。…はぁ、なんか疲れた…」

「…心中お察ししますよ。別の“自分”の暴挙で大損こいたとか、私にも覚えがありますし。…じゃあ本題に入りますけど……私、マスターが窮地の時に一も二もなく協力してくれる協力者を探してるんです」

「協力者?」

「はい。『命あっての物種』と言うでしょう? 堕落も同じなんですから、マスターさんを守るという点で利害は一致していると思いますが」

「だったらもっと殊勝な態度で来なさいよ…。陰キャの限界ってやつなのかしら?」

「なーんか、態度が刺々しくないです? 協力してくれないんですかぁ?」

「だって胡散臭いし」

「そっちもそっちでだいぶ失礼じゃありません!? …はあ、クロエさんならガッツリ協力してくれると思ったのに。───私達、割と似た者同士のはずなんですけど」


───カーマの雰囲気が変わった。普段の小馬鹿にするような雰囲気は消え失せ、こちらの心を見透かしているかのような紅い瞳が視線を寄越す。

…その視線が、ここ一番のイリヤが見せる視線のように見えたのは気のせいだろうか?


「…似た者同士って?」

「オリジナルから弾き出されて、“捨てられた”っていう負の感情以外ろくなものが残ってない空っぽの器。そこに……“空色の色彩”が注がれた同士。ほら、似ているでしょう?」

「…愛の神らしい詩的な表現ね。迂遠にも程があるそれをある程度理解できるわたしが一番恐ろしいわ」


───「空っぽの器」……わたしは少し違う。元の世界で家族の温もり自体は得ていたから。…それでも、寂しく思う時はあったけど。

わたしに用意された居場所はどこまで行っても“クロエ”としてのもの。自身の出自を明かして、“イリヤ”としての自分をさらけ出すことはできなかった。

元の世界の“お兄ちゃん”への感情が「イリヤというレンズを通して得たものでしかない」ことに対する複雑な感情も寂しさを後押しした。…わたしはどこまでいってもイリヤの影、本物を生み出せないのかと一人嘆いたこともあった。

…だから、それらの大半を払拭してくれたリツカお兄ちゃんに入れ込むのも仕方ないことなのだろう。

“イリヤの視たもの”を介さずに好きになった人。“イリヤ”としてのわたしを受け入れてくれた人。彼は元一般人な訳だけど、こういう環境だから出自を明かそうが問題ないというのも追い風になった。

何なら、一緒に過ごした時間も段違いなのだ。“クロエ”として生を受けてから生きた年数は、カルデアに分裂体として残ってからの方が長い。元の世界のわたしが今どうなっているかは知らないが、まあここまで来ると別人と言って差し支えないだろう。

あの空色の瞳に射抜かれて、わたしは世界が一変する程の恋をしたのだ。

そして、カーマの言葉を信じるならば彼女もまた…。…いやまあ、当人が自覚してるかは怪しいけど。


「……。…ま、良いわ。今のでちょっとシンパシー感じたし、もしもの時は協力してあげる。このカルデア最強の単体アーチャーたるわたしが、古参として色々教えてあげるわ」

「いや私もそれなりにカルデア生活長いんですけど!? 最強の単体アサシンなんですけど!?」

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