強敵の襲来②

強敵の襲来②


虚夜宮


 カワキは砂漠に倒れ、傷口から流れる血が広がっていく様子を見ていた。

 血溜まりに反射して、自分を斬った男が退屈そうな顔で腰掛けているのが見える。


⦅……危ない……咄嗟に血装を使うところだった……だけどあの硬さ、動血装無しでどうしたものか……⦆


 男はカワキにまだ意識があると気付いていないようだった。後からやって来た従者と思しき破面と話す声が聴こえる。


「……行くぜ」

「どちらへ」

「デカい霊圧を一つ見つけた。そいつを潰す」


 男にトドメを刺す気が無いのを良いことに、出方を窺っていたカワキの心が冷えていく。


⦅——“デカい霊圧”、か。該当するのは私か一護だろう。だけど——……⦆


 カワキは普段から霊圧を抑えている。

 加えて、男はカワキを倒したものと思い込んでいるのだ。つまり、答えは一つ——


⦅奴の標的は一護だ⦆


 カワキはふらつく体を起こした。同時に傍に倒れていた茶渡も、意識を取り戻したようで血の滴る胸を押さえ、起き上がる。


『……行かせる訳には、いかないな……』

「……ま……て……」


 カワキは茶渡を横目でチラリと窺った。

 呼吸は荒く、止まらない血がぼたぼたと砂漠に落ちて血溜まりを作っている。

 それでも、闘志に満ちた眼差しは死んでいなかった。


⦅これは嬉しい誤算だな⦆


 掛けられた声に振り返った男に、カワキと茶渡は言葉を続けた。


「お前を……先へは進ませない……」

『……私も……もう一踏ん張りしよう』

「へえ、まだ動けんのか」


 男の口元が笑みの形に歪んだ。

 神聖弓を構えカワキは考えを巡らせる。


⦅今の私じゃ満足に攻撃が通らない。傷を負った体で足止めは厳しい。ならどうするべきか——……決まってる⦆


 底知れぬ闇が揺れる瞳が“悪魔の左腕”を構える茶渡を見て下を向く。

 俯いた表情は微かな落胆と自嘲に翳っていた。残念そうに囁く声は、茶渡が地面を蹴る音に掻き消える。


『……借りは返せそうにないな……』


 カワキは一時撤退を決めた。一旦退いて態勢を立て直し、敵が一護に接触する前に事態を打開する策を練る。

 ——それは即ち、茶渡を見捨てることと同義だった。

 凄まじい気迫で放たれた茶渡の攻撃は、従者と思しき破面に防がれる。


「そんな体で放つ拳がノイトラ様に届くと思うな……!」

「……く……そ…ッ」


 倒れていく茶渡の体を目隠しにして撃ち放った神聖滅矢が破面を貫いた。

 撤退の為、そして少しくらいは庇われた借りを返しておこうという気持ちがあったのかもしれない。


「!? ぐ……ッ、これは——」

『悪いね、茶渡くん……もう聞こえてはいないだろうけど……』


 苦悶の声を聞きながら、カワキはこの場から逃げようと踵を返した。

 しかし、それは叶わなかった。背後から斬り付けられたのだ。


『ッ……』

「おいおい! 逃げ足だけは達者みてぇだなァ? だが……仲間を置いて逃げるたァ随分と冷てえじゃねえか!」


 辛うじて急所を外したものの、肩口に深い傷を負ったカワキの鮮血が舞う。

 斬られた肩を押さえて振り返るカワキ。


『……流石に……、そう簡単には見逃してくれないか……!』

「ノイトラ様!」

「俺がやる。てめえは退いてろ、テスラ」

「! ……はい、ノイトラ様」


 手負いの獣のように隙を窺うカワキに、嗜虐的な笑みを浮かべた男が訊ねた。


「女、名は何てんだ? てめえが死ぬ迄の間は憶えといてやるよ」

『志島カワキ。……君が死ぬ迄、この名を忘れられないようにしてあげる』


 肩に大きな裂傷を負いながらもカワキの抵抗の意思は消えない。男は「そうかよ」と告げて攻撃を開始した。

 カワキは男の動きは読めているようだが傷を負った体がついていかない。

 薄気味悪さを感じた男が、訝しげに表情を歪めて訊ねた。


「長物相手は初めてじゃねえ……ってだけの動きでもねえな、何だてめえ?」

『…………防御力に自信がある者の動きに憶えがあるだけだよ』


 ジリジリと追い詰められながら、カワキが核心を避けた答えを返す。

 白けた表情の男は鼻で笑って、再び大鎌を振り上げた。カワキは大鎌を振り下ろす隙を狙って、懐に潜り込む。

 そして、その勢いのまま弾丸を放った。だが、その弾丸も鋼皮に跳ね返される。

 舌打ちして武器をゼーレシュナイダーに持ち替え、大鎌と斬り結びながらカワキが訊ねた。


『……破面の君、私からも一つ質問をしても良いかな』

「……あ?」

『——君、何番?』


 最低限の単語だけで構成された問い。

 破面の番号は十刃を除き、力の序列とは関係が無い。だがカワキは「十刃か」とは訊かなかった。

 訊かずとも、男が十刃だと確信を持っていたからだ。男にもそれが解って、上機嫌でカワキの問い掛けに答えた。


「はっ! いいぜ、冥土の土産だ。教えといてやるよ」


 裂けるように笑った男が見せた長い舌、そこに刻まれた数字は「5」——カワキの読み通り、男は十刃だった。

 先程からの猛攻で、至る所に裂傷が走る体でカワキが笑った。


『——成程。君を足止め出来たと思えば、悪くない成果かもしれないね』

「足止め? 抜かせ、てめえは終わりだ」


 再び、大鎌の鋭い一撃がカワキを襲う。

 カワキは咄嵯の判断で、大鎌の軌道から逸れるように体を動かした。しかし——


「そんな体で避け切れると思うな!!」

『……ッ! げほ……ッ』


 容赦ない斬撃に血飛沫が上がり、カワキが膝をつく。それでもなお立ち上がろうとするカワキだったが、既に限界だったのか力尽きたように前のめりに倒れ込んだ。


『は……、鍛え直しだな……これは……』


 自嘲の声は風の音に紛れて消えた。喉の奥から、か細い呼吸の音が漏れる。

 遠のく意識の端で、己を斬り伏せた男とその従者の声が夢現のカワキに届いた。


「……参りましょう、ノイトラ様——」

「……誰が手ェ出せと言った」

「申し訳ありません……ですがノイトラ様に万一の事があってはと——」

「無えよ、そんなもんは。俺の体を砕ける奴なんざ天地のどこにも居やしねえよ」


 随分な大言壮語を口にするものだ……と感想を思い浮かべながら、カワキの意識は暗闇に落ちていく。


「忘れんな。俺が十刃最強だ」


 その声を最後に、カワキの記憶はここで途切れた。


***

カワキ…どんなに絶体絶命の状況でも「私は死なないので君がくたばってくれ」と言い返せる無敵の精神。自分が防御が売りだからノイトラの動きが何となくわかる。ノイトラへの好感度がめちゃくちゃ高い。


ノイトラ…カワキを倒したのは倒したけど明らかに何か隠してるし、奇妙な点が幾つもあってスッキリしない。だからと言ってまさかこの状態から入れる保険があるとは思ってなかった。カワキへの好感度は可もなく不可もない程度。

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