強敵の襲来

強敵の襲来


虚夜宮


 別れ道を駆け抜けた先は賽の目状の通路が幾つもある部屋。そこで待っていた破面との戦いは茶渡に一任し、カワキは観戦に徹していた。

 序盤は破面有利で進んでいた戦闘は終盤になって様相を変えた。茶渡が新たな力を目覚めさせたからだ。


「魔人の一撃(ラ・ムエルテ)」


 強烈な一撃に吹き飛ばされた破面は、壁に激突する。勢いに耐えきれなかった壁が大破し、部屋が白く煙った。

 カワキは茶渡の新しい能力――“巨人の右腕”と“悪魔の左腕”を前に一人、弧を描く口元を押さえて感嘆の呟きを漏らす。


『……素晴らしい力だ。興味深い……』


 好奇心に染まった蒼い瞳が立ち昇る煙の先を向いて細められた。

 吹き飛んだ破面を追って外へ出た茶渡の後に続き、カワキは壊れた壁の外へ出る。

 カワキが茶渡に追いついた時、既に意識を失った破面の横に膝をつく茶渡が視界に入った。トドメは刺さないらしい。


「命は置いていく。幸運を祈る」

『見事な戦いだったよ、茶渡くん。新しい力に目覚めたんだね……羨ましい限りだ』

「ああ……ガンテンバインのお陰だ」


 陽光の下、舞い上がった土埃が晴れる。

 歩き出した茶渡が「それにしても……」と腑に落ちないという顔で空を見上げた。


「ここはあの壁の内側じゃないのか……? 壁の内側は巨大な丸天井になっていた筈だ……何故あの天井が無いんだ……?」

『……あぁ、この青空が天井なんじゃないかな。虚圏には陽光も青空も存在しない筈だから』


 カワキは当然のことのように茶渡の疑問に答えた。

 どこか投げやりにも思える態度で答えたカワキの視線はキョロキョロと辺りを探るように彷徨っている。

 茶渡が目を丸くしてカワキに訊ねた。


「存在しない……? ……壁の外は何時間経っても月の位置さえ動かない夜空だったが……その事と関係があるのか?」

『ああ、虚圏には夜しかないんだ。私が父から聞いた話ではね』

「……あぁ、物知りな親父さんか。それにしても……夜しか……」


 父から聞いたというカワキの話に、茶渡は太陽が無い世界での暮らしはどのようなものか……と思いを馳せた。


『実際に来たのは初めてだけれど……それより今は早くここを離れよう。監視の目が何処にあるかわからない。長居は危険だ』


 そんな茶渡をカワキが急かした。カワキは虚圏へ来てからの敵の動きに監視を警戒して落ち着かない様子だ。

 束の間、二人の耳に掠れた声が届いた。


「……に……逃げ……ろ……」

『!』


 弾かれたように振り返った先に8の字に似た大鎌を担いで破面の男が立っていた。

 男はニヤリと笑って言葉を発する。


「……よォ、オメーらが一番乗りか?」


 背筋がゾクリと粟立った。カワキはすぐに滅却十字から銃の形をした神聖弓を形成し、茶渡は右腕の武装を展開する。


「止せ!! 逃げろ、茶渡泰虎!!!」


 目の前の脅威に集中するあまり叫ぶ声が遠く聞こえた。撤退するには距離が近い。こうなっては応戦するより他になかった。

 男の口は三日月の形に歪んで、こちらを窺ったまま動く様子が無い。カワキもまた相手の出方を窺っている。

 茶渡は左腕の武装を展開しながら、攻撃準備に移った。


(――問題無い! 動きは遅い! こいつがかなりの使い手なのは判るが出方を見るより先に――一撃で決める!!)


 先程の破面を沈めた“悪魔の左腕”が男の腹に直撃し、敵の体がくの字に曲がった。

 しかし――


「何だよ、それが全力か?」


 男は長身をくの字に折り曲げたまま、上からを茶渡を見下ろして笑った。

 目を見開き、防御の為に“巨人の右腕”を前に出そうとする茶渡の襟首を、カワキが背後から掴んで引き寄せる。


『――――!』

「……あ?」


 男の鎌は虚空を裂いて、白い砂が高く宙を舞った。鋭い一撃を目の当たりにして、茶渡のこめかみを冷や汗が伝う。

 カワキが居なければ、己の体は“巨人の右腕”諸共、斬り裂かれていた――と。


「! すまん、カワキ……!」

『構わない。君が居ないと私が困る』


 淡々と語る声、その表情は抜き身の刃のように冷たく研ぎ澄まされている。

 カワキの表情は冷徹な戦士のそれだ。銃を携え、男から目を離さないままカワキは一歩、茶渡の前に出た。


『今は高揚して気付いていないだけで、君は消耗してる。攻守交代だ』


 カワキが動いた。引き金を引く。

 男を目掛けて放たれた神聖滅矢、しかしその真の狙いは男の足元――立ち込める砂煙が男の視界を奪う。

 カワキは一瞬で距離を詰めると、ベルトから何か光るものを取り出して一閃した。


「!」

『コッチは避けるのか……素晴らしい勘の良さだ』


 カワキの白い手にはゼーレシュナイダーが握られている。

 神聖滅矢が放たれた時は回避する素振りすら見せなかった男が、飛び退いて横薙ぎの一閃を避けた。

 愉悦の笑みを浮かべた男が上機嫌に口数を増やす中、カワキは感情が読み取れない表情を崩さない。


「良い動きするじゃねェか! それに妙な得物を使いやがるな! 何だ、その光る剣は!?」

『当たってみれば判るよ』

「そうかよ」


 男が大鎌を振り上げた。

 男の警戒がゼーレシュナイダーを握った左手に集まった隙に、右手に構えた神聖弓で鎌を振り上げた瞬間の胴体を狙う。

 青白い閃光が男に直撃して――カワキを目掛けて大鎌が振り下ろされた。


『――!』

「……残念だったなァ?」

「カワキ!!!」


 想定外の硬度に瞠目したカワキ。

 鈍く光る刃の前に茶渡が躍り出た。展開した“巨人の右腕”の上から、胸を袈裟懸けに斬られて倒れる。


『!? 茶渡く……』


 庇われるとは思っていなかったカワキの一瞬の動揺を、男は見逃さなかった。

 返す刀がカワキに迫る。天敵である破面の刃に反射で静血装を使いかけ――カワキは理性でそれをねじ伏せた。


『――! ……ッ』

「?」


 男は飛び散る鮮血の向こうで倒れていくカワキに怪訝そうな顔をした。

 確かに何かしようとした気配があった筈だ。だが何も起こらない。

 気のせいか……と、退屈そうな顔で砂漠に伏せた二人に舌打ちして呟いた。


「……ちっ。見ろ、やっぱり弱えーじゃねえか」


***

カワキ…ちょくちょく「父から聞いた」と重要情報をポロリする。敵からの監視に気を取られてノイトラに気付けなかった。血装を即死スイッチだと思っている。中傷くらいだからまだ動ける、しぶとい。


チャド…カワキの父の話には「外国に居る滅却師だったか? 物知りなんだな…」と思っている。連戦で疲れてるだろうに、カワキを庇って敵の攻撃を受けた心優しき男。断じて戦闘狂ではない。


陛下…物知りなカワキの親父さん。今もカワキにめちゃくちゃ血装使って欲しいと思っている。伝わってない。

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