強いが故に
大将「ましろさん、『やんでれ』って何ですか?」
「どこでそんな言葉聞いたのソラちゃん」
あまりに突然な質問に思わず親のような言葉が漏れた。当人はきょとんとしているのでどうやら良くない流れで知ったわけではなさそうだが。
どう説明したものか、とましろは空を仰ぐ。ましろ自身そんなに詳しいわけじゃない。
むむむ、と少し唸ってから当たり障りのない説明を口にする。
「好きな人への想いが強くなりすぎて暴走しちゃうような人……かな」
「暴走、ですか」
「そう。好きな人と仲の良い人を攻撃しちゃったりとか」
「それは……何だか怖いですね」
だねぇ、と呟き返して一息。
話はそれで終わりだった。
ある日のことである。
ソラとましろは二人でおいしーなタウンへやって来ていた。普通の人がここに来る目的は何と言っても食事だろう。
二人もそれが目的の一つではあるのだが、同時にもう一つ大きな理由がある。
それが特訓だ。
この街にいる少年はソラ達とは違う力を有する。中でも特別な空間を作り出す力はまさに特訓にうってつけ。他人に見られることもなく、どれだけ派手に戦ったとしても問題無い。
加えて、その少年自身も強力な戦士でありソラ達に協力してくれるのだから、まさに至れり尽くせりというやつである。
どれだけ感謝しても足りない。ソラから見ればヨヨやましろと同様に、しかし別ベクトルの恩人である。
「お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ様」
今日の特訓が終わって、ソラは頭を下げた。目の前の少年こと拓海は白い衣装に身を包み、ソラ達の相手をしてくれていた。
「ソラ、今日は随分やる気だったな。凄い迫力だったぞ」
「拓海さんにお会いするのも久しぶりでしたから……ついつい気合が入ってしまいました」
「久しぶりって……そんなに時間経ってないだろ」
言って、拓海は軽く笑う。
確かに日付の話をするならそこまで時間は経っていないかもしれない。だが基本的に仲間達とずっと一緒にいるソラからすれば数日合わないだけでも久しぶりな気がしてしまうものである。
まして、その相手が憎からず思っている相手なら尚のこと。叶うなら拓海にだって虹ヶ丘家に住んでもらいたいくらいだ。
勿論それは叶わないと知っているけれど。
「おつ、かれ……さま〜……」
二人と比べるとへなへなな感じでましろが声をかけてくる。とっくに変身は解けていて、普段着姿のましろだ。
その足に力は入っておらず、今にも転んでしまいそうな程。
「ましろさん、大丈夫――」
問いかけようとした、まさにその時。ぐらりと彼女の体が揺れた。
「――ましろさん!!」
手を伸ばす、それより早く。ソラより大きな手が彼女を支えた。
「大丈夫か、虹ヶ丘」
「な、何とか……」
拓海やソラと違って、ましろはそこまで体力があるわけではない。特訓で疲れればこうなってしまうのは当然のことであった。
拓海に支えられたましろは顔を赤くしながら何とか一人で立ち上がる。
しかしその時、彼女の右手に小さな傷跡が残っているのが見えた。
「虹ヶ丘、触るぞ」
「あ、はい」
優しくましろの手を取る拓海。彼の手から淡い光が溢れ、ましろの傷を癒やしていく。
何気ない光景だった。
今までだって度々あった光景だ。
だけど、何だか今日は胸がざわざわする。ソラは自分の胸に手を当てた。それでもざわざわの正体は分からない。
さっき拓海が自分より先にましろを助けた瞬間から残る嫌なざわめき。それは二人の姿を見ているとますます強くなっていく。
ましろの手を取る拓海と、されるがままのましろ。二人の姿はまるで恋人のようで――
「……っ」
そこまで考えると、何だか痛みが走ったような気がした。
多分気の所為だろうとは思うけれど、気持ちの良いものではない。
「ありがとうございます」
ましろの声。一人悩むソラと違って二人は笑顔を浮かべていた。
ついさっきまで痛い思いをしていた筈なのに、今のましろは嬉しそうである。
思えばソラはあまり怪我をしない。子供の頃からヒーローに憧れ特訓に明け暮れていたから、怪我をしないようにする方法が身に付いているからだ。
だからソラは拓海に傷を治して貰ったことがほとんどない。
ちらりと自分の手を見る。
もしも。
もしも、今――
「ソラちゃん?」
「――はい?」
「聞いてなかったのか?そろそろ帰るぞ」
「あ、はい!すいません、ちょっと考え事をしていて……」
ソラは笑って拓海の下へ駆け寄る。
彼の作り出す空間が揺らいで消えて、元のおいしーなタウンへ戻っていた。
特訓の後は美味しい食事がお約束。今日は何を食べようか、なんて考えているとさっきまでのざわめきはどこかへ消え去っていた。
三人で並んで、歩いていく。結局のところ、今日もまたいつも通りに落ち着いていく。
一瞬だけ過った考えは誰にも届かないままに。
――もしも今、わたしが怪我をすれば貴方はわたしを見てくれますか?