弱さの行方は
※弟君の名前としてルカを採用
天気は快晴、風向き良好。穏やかな波に揺られ、黄色い潜水艦"ポーラータング号"が海を征く。
兄やかけがえのない仲間たちと3年間を過ごしたスワロー島はもう遠く、今にも水平線の向こうに隠れてしまいそうだった。
真新しい甲板を踏みしめて船べりの辺りで立ち止まる。音のない吐息を吐いて、ポケットから取り出した手をゆっくりと開いた。
手のひらの中で棒状の小さな銀色の笛が太陽の光を鈍く照り返していた。
……忘れもしない。あのドフラミンゴから与えられたものだ。
今よりもずっと幼く、小さく、弱かった頃。兄の背を追うのが精一杯で泣いてばかりいたあの頃。"戦わなくてもいい"と告げたあの男は、ルカの首にこの笛をかけた。
口がきけないお前は弱いくせに助けを呼ぶことすらできない。だから、何かあったらそれを吹くといい。そう言って低く笑いを洩らしていたのをよく覚えている。
「────」
スワロー島が消えた水平線を見遣る。もう一度手元に視線を下ろしてから、力強く握り込んだ。
「────っ!」
そして、大きく振りかぶって笛を放り投げた。
照り返す光で存在を主張しながら放物線を描き、やがてほんの小さな飛沫を上げて沈む。笛を攫った波をじいっと見つめると、なんだか少し心が軽くなったような気がした。
「おーい、ルカ!」
すっかり聞き慣れた声に振り向くと、シャチとペンギンがそこにいた。
「なんだよ、スワロー島見てたのか? さてはもうホームシックだな?」
意地悪い笑みを浮かべるシャチに"違う"と返そうとして、ペンと筆談ノートを船室に置いてきてしまったことに気づく。仕方なく首を横に振って否定の意を示すと、照れんな照れんなと肩を叩かれた。
……なんだかとても不本意な誤解をされている。
そんなシャチを軽く諌めると、ペンギンが口を開いた。
「ローさん……いや、キャプテンが呼んでてさ。航路について話したいから一旦集まれって」
その言葉に頷き、彼らに続いて甲板を後にする。
一瞬……ほんの一瞬、立ち止まったけれど。振り返ることはしなかった。
やがて、錆びついた銀の笛は何の因果かあのミニオン島へと流れ着く。
当然、そんなことは誰ひとりとして知る由もない。知らないまま、知られないまま、ただ朽ちていくのだった。