弟と弟が会う話
*キャラ崩壊注意
昔から糸師凛には不思議なものが見えている。
例えば、道の端っこでニヤつきながら手招きしてくる一つ目の鬼だとか、
例えば、コンビニ裏のゴミ捨て場で一生懸命に掃除をしている小さな侍だとか、
例えば、おしゃべりが止まらない近所のおばさんの隣でずーっと喋っているバナナに似た生き物だとか。
しかしどうやら見えているのは凛だけらしい。
父も母も、兄ですらも一体あれはなにと指さしたところで訝しげに眉を顰めるか、人を指差すな、あれ呼ばわりするなと叱りつけてくるかの2択だ。差しているのは人ではなく、その横にいるモノなのに。小学校の屋上に現れた巨大なガイコツに心底驚いて母に抱きついた時も、あんなにも大きいのに誰もそれには気が付かず、ただ甘えん坊さんねと流されただけだった。
だから早々に、“それら”は凛にしか見えないのだと理解した。
次に、凛に自分たちが見えるとわかった“それら”は酷い目に合わせてくると覚えた。
一度、好奇心から手招きしてくる鬼について行ったことがある。そうしたら迷子になって、散々泣いた果てに両親からこっぴどく怒られた。
それからは視界に入ったらそうっと目を逸らして、知らんぷりをすることにした。“それら”は凛にとって怖いものではあれど良いものじゃない。
しかし、凛が“それら”へ向ける印象にもほんの少しだけ変化が訪れる日が来る。
その日は近所の神社で祭りがあり、凛は珍しく乗り気の兄に手を引かれて遊びに行っていた。
神社の中には“それら”はいない。だから凛も久しぶりの祭りと開放感をめいっぱい楽しんだ。
忙しなくあちらこちらに目を向けては、美味しそうなものがあればお小遣いと睨めっこをして、時々兄ちゃんと一緒に屋台で遊ぶ。兄ちゃんは射的も金魚掬いも凛より上手い。
その最中、兄と並んで石の階段に座り込んで出店していた駄菓子屋で買ってもらったアイスキャンディーを食べていると、ふとそれは目に入ってきた。
焼いたパンのような色合い、熊も犬でも猫でもないもっちりとしたシルエット、手にしたアイスキャンディーに似た薄水色の目。渦巻き模様がたくさん描かれた荷物を背負って、おでこには2つ火の玉が燃えている。大きさは凛と同じくらい。動物の姿をした石像の横に、テディベアか何かのようにちょこんと座り、凛をじっと見つめている。ぬいぐるみかとも思ったが、少しでも座り心地のいい場所を探そうと動く凛と兄に合わせて僅かに頭が動いているので、違うとわかった。
街中では一度も見たことがない初めて見るものに、いつものように目を逸らすのも忘れて思わず見つめ返した。急に食べるのをやめて固まった弟に驚いた兄はどこか心配そうに凛を見ているが、それには気づいていない。凛の集中は今全てぬいぐるみに似た何かへと向けられている。
(なんだろ、アレ)
ぬいぐるみは凛を見ている、凛もぬいぐるみを見ている。奇妙な沈黙が、1人と1匹(?)の間に漂った。ぬいぐるみはゆっくりと瞬きをして、凛もそれに連れられて数度目を瞬かせる。
不思議と怖いとは思わない。
「おい、凛。何ぼーっとしてんだ。」
呆れたような兄の声で我に帰った。右手が溶けたアイスキャンディーに濡れてべたべたと冷たく気持ち悪い。それを見て兄は深々とため息をついた。せっかく買ってもらったのにダメにしてしまったことに罪悪感を覚える。
「兄ちゃん。ごめん。」
気を悪くしたふうでもなく、兄はぐしゃりと凛の頭を撫でた。
「ったく、何やってんだか。買い直しにいくぞ、特別に今日はもう一本やる。」
兄はぼんやりとしていた(ように見える)凛の手を握り直し、立ち上がった。やっぱり兄ちゃんは優しい。
手を引かれ、足を進めながらも凛の頭からはさっき見たぬいぐるみのような“それら”が離れない。石像の横を通りすぎて、それでもまだ気になって振り返ってみれば、いまだに凛のことを見ていた。
なんとなく小さく手を振ってみると、ぬいぐるみは大きく手(前足?)を振った。遊園地で子供にリアクションを返してくれる着ぐるみのような、そんな感じだ。“それら”にそんなことをされるのもするのも初めてだが嫌とは思わない。祭りで浮かれているのだろうか。
それでも少し嬉しくなって、兄の手をぎゅっと握る。兄は無言でもう一回凛の頭を撫でた。
*時系列としては
凛→サッカーを始める前
コマじろう→コマさんを探してる旅の間
を想定してます