店長「多分一番語学が堪能なの俺だ……聞かんかったことにしよ」
退院祝い「なぁ〜どしたの?ミヒャ、遠くね?」
「……黙ってろ」
「なんでそんなに不機嫌なん」
「黙れ」
ソファの向こうから、プリンを片手にジトっとした目で見てくるロレンツォに、さすがになんと言うべきかカイザーは言い淀んでいた。
なにしてんだテメェ。こんなところでどういうつもりだ。どういう人選なんだ、とか言いたいことは山ほどあるがそんなことを言おうものなら「だぁ、お前がそれを言うのぉ?…こんなとこで買おうとしてるミヒャがぁ?」と舌を出して笑うに決まってるから口には出せない。
そんなことを言われるのは屈辱の極みだ、絶対に言わせるか。
「ミーヒャ?ここ、お前の部屋だろ?なんでそんな隅っこにいんのって」
「っ!」
「ばっ♪」
先ほどまでソファの先にいた男がにゅっと首を伸ばして、覗き込んできた。不意を突かれてカイザーの瞳孔がキュッと小さくなったのを面白そうに笑う様子は先ほど思い描いた舌を出した煽りに似ている。
「近寄んなクソ金歯」
「だぁー、酷くね?ミヒャが誘ってくれたんじゃん。OK?」
「…………」
いや、それは何かの誤解であって。誤解ではないのだけれど。
と、いうのも。つい30分ほど前、カイザーはデリヘルを呼んだ。日本の子とヤるのは面白いぞというチームメイトに拐かされて。
いやそれだけではなく、極東の風俗にも多少の興味があった…というのがある。なんたって祖国はFKK発祥の地だ。興味がないわけがない。
いつもならネスも同泊するが、この度はホテルに一人泊まり。絶好の機会というわけだった。
確かに、悪い予感はしていた。電話先の相手はカイザーが英語で電話をしてきたことにクソあわテンパってる様子があった。知っている英語が少ないのだろう。最終的には「語学の堪能なものに行かせます」という返しで終わった。どう考えても選ぶ店を間違えたとしか言いようがないが、もうすでに滞在ホテルも伝えてしまっていたせいでキャンセルは難しかった。
HPで見た子を指名する暇もなく、語学最優先で派遣が決まってしまったことを踏まえ、カイザーが口コミを書くまめなタイプであれば確実に☆マイナス5がついた上で考えうる限りの罵詈雑言を並べたことだろう。
断ろう。来たら即帰らせるか。多少多めに金でも渡せば口止めも簡単だ。
何もしてない上にキャンセルで金を払うという点においていささか疑問を呈すところではあるが、カイザーは金がものを言うことは知っていた。
そうと決まれば話は早い。
頭の中で話がまとまった瞬間、チャイムが鳴った。グッドタイミングだ。カイザーは静かに扉の前に立つとその表情を真顔にさらして、スコープも見ずにドアノブに手をかけた。
「だぁ〜お招きありがと♡」
なぜか、ケーキ屋のプリンを手土産に持ったロレンツォがいた。
「………?」
「ミヒャ、プリン好き?ここの、俺一押しなの。一緒に食おうぜ」
「なっ……は……?」
「どーしたの、ミヒャ。あ、驚いた?俺も日本に来ててよ」
「まて……」
急な出来事に意識が宇宙に飛んでいた。そのせいで、距離感のバグっているロレンツォがその顔を近付けてドヤ顔で笑っていることに反応が遅れた。
後手後手になりまくっているカイザーを差し置いて、あれよあれよという間にロレンツォは家主を押し除けて部屋に上がり込んだ。勝手知ったるというように奥に進んでソファに腰掛け、ガサガサと手土産を開封し出す。
このデリヘル、マイペースすぎる。いや、こいつはデリヘルやってちゃダメだろ。何考えてんだ。……仕事しにきてこれでいいのか?いいに決まってるだろ、真面目に仕事されちゃ困る。
いつもは冷静に合理的に状況を整理する自慢の思考回路はショート寸前、叶うなら今直ぐベッドに入って全て悪い夢として終わらせたい。
だがそれも虚しく賢い脳みそは立派に機能していた。
というのが、現状である。
「なぁ、ロレンツォ」
「あ〜?なぁに?」
再びソファに座り、2個目のプリンの蓋を開けたロレンツォが振り向きむもせず返事をする。
「お前、いくらで働いてるんだ」
「は?」
は?という顔をしながら振り返った。なんなら二度見していた。
そんなロレンツォに見られながら、カイザーはようやく廊下に立っていることをやめて一流ランクに似つかわしいソファに並んで座る。
「だぁ〜2億2千…だけど俺みたいなこと言って、なんか変なもん食ったぁ?」
「いやそ、うじゃなくて」
お前のデリヘルとしての料金の話だ。とは、言葉にしにくい。
「それともなぁに?スカウトォ?わりぃけど俺ぁスナッフィー以外に靡くつもりはねーぞ」
「そんなこと言ってねぇ。じゃあこれは趣味か?」
「これ……あ、コレね♡日本に来たら絶対やるって決めてんだ。いい国だぜ?日本。OK?」
嬉しそうに語る横顔は初めて見る表情で、長い指が絡まったスプーンがプリンをかき混ぜているのが何とも言えない艶かしさを感じた。
「な…」
「みーんな優しいし、色々教えてくれるし。ま、シャイな人間も多いけどなぁ?イタリアと違ってグイグイくる人間は少な…」
「もう黙れ」
思ったよりも低い声が喉から出ていて、気付けばロレンツォの胸ぐらを掴んで唇を奪っていた。なんなら舌も入れていた。
「っん、んんっ?!!?」
「……?」
勝手知ってるように口内を犯しながら、しかしその実カイザーも現状を理解していない。
くちゅくちゅと唾液同士が混ざる官能的な音を聞きながら、長い舌へ擦り合わせて思考を回す。
こいつはデリヘルとして俺の家に来たのだからこれくらい普通だろ。そもそもなんでデリヘルやってんだ、趣味とか嘘だろ?何監視サボってやがんだクソスナッフィー。日本人は優しい?俺の方が万倍優しくしてやる自信がある。このキスはあれだ、……優しい方だろ。
いやなんの言い訳だよ。知ってるやつが急にデリヘルとして俺の部屋に来て、別の客との話をしてたらもう訳がわからなくなるだろ。
ぐちゃぐちゃに絡まる思考に呼応させて、ツルツルの金歯を舐めて、上顎をくすぐって、喉の奥に逃げる舌を追いかけて蹂躙して。
「んっんん!…ぐる、じ……み、…ひゃっ!」
ドンと強く突き飛ばされて、さすがのカイザーもその身を離した。ツっと銀糸が引いたが直ぐに切れ落ちた。
「なに、急に、何の真似だ?流石に悪ふざけがすぎるぜ。OK?」
「………」
口の端から垂れるよだれを手の甲で拭きながら、苦言を呈する。手からこぼれたプリンのガラス瓶を拾い上げ、落ちた分を「あーあー勿体ねぇ」と呟いているがロレンツォは特に怒っているわけではないようだった。
ティッシュも使わず、溢したプリンがまた長い指の間からずるりと溢れるのを見て、キュッと喉が鳴った。
「ったく、酒でも飲んだかぁ?ここは日本だぜ、ミヒャはまだ酒飲んじゃダメなんじゃねぇの?」
それはまだ二十歳前のロレンツォにもカウンターが入るセリフだ。
そもそもデリヘルしているやつのセリフではない。
「ロレンツォ」
「あ?」
「この後の予定は全部キャンセルしろ。それで起こり得る不利益は俺が全部補填してやる」
「は…?」
「拒否は認めねぇ」
「ちょ」
ソファがぎしりと不穏な音を立てた。
♡
「で?俺が何だって?ミヒャ」
「………………………」
「黙ってちゃ分かんねえけど?」
「……………」
「みーひゃ?」
散々無体を強いられたロレンツォは「尻痛え、腰爆発した、お前に吸われすぎて唇腫れてねぇ?見ろ俺のちんこ、元気全くねぇぞ使えなくなったらどうすんだ?その前にトイレに行く力もはいんねぇぞ」と昨晩何回も気絶させられながら犯され尽くした身体を怠そうにしながら喋り続ける。
舌は元気だな、と少し思ったが言ったら「反省してねぇ?もしかして?」と言われそうだったので何も言わない。何も言わずに、腰をさすっていた。
「俺がデリヘル、デリヘルねぇ?……んなわけなくねぇ?サッカーの方が儲かるのはミヒャもよくしってんだろ?」
「…趣味なのかと思って」
「はぁ〜〜???趣味は日本のケーキ屋とかお菓子屋めぐり!OK?プリン見えてただろ?」
「……」
プリンをかき混ぜてる指にしか目がいってなかった。
「お誘いありがとうとか言ってたろ」
「だぁ〜?一週間前にメールくれたの忘れた?」
「……メール」
送った気がする。日本に遠征に来て、絶対無理だと思っていたから「近くにいたら遊びに来てもいいぞ?」とかなんとか。だからって本当にくるか?……いやコイツのことだから「ミヒャから誘ってくれるなんて珍しーね?」って来そうだ。まさか日本に来ることがあったとは。
「……ねぇミヒャ。ちゃんと責任とってくれるんだよな?」
「はぁ?」
「昨日散々抱き潰されて、女抱く以上の快楽覚え込まされた俺の責任取る必要があるよな?…取らないってんならレイプで訴える」
「お前…」
「ミヒャが言ったんだぜ?拒否は認めない、OK?」
「OKだ、ロレンツォ。そもそもそんな脅しなんかしなくても、俺はもうお前以外に勃つ気しねぇから覚悟しろ」
「……それはそれで熱烈すぎねぇ?」
ちょっと引き気味なロレンツォに、カイザーの顔が近づく。
一晩で性癖が狂った2人は、パッと目を合わせて唇を重ねながらベッドへ沈み込んだ。