幼馴染が絶望する話

幼馴染が絶望する話


日取りはそっちで決めていい。

来なければ、または他の誰かに言えば金は返さないし、お前が部費を使い込んだと触れ廻る。

1人で放課後、5階の端の音楽室で集合。

返す前に“ちょっとしたお願いをする”かもしれないから、用意を忘れたら、責任は自分で取れ。



それが奴の出した条件。

目の前の後輩は本当にごめんなさいと謝ってばかりだ。

でも、彼はお願いを聞いてくれただけで、責任は彼に頼んだ私にあるわけで・・・でも最悪補填するにも10万円なんて大金、今からどうやって用意するか、検討もつかない。

おそらくそいつもそれを判っているのだ。

判っているからこそ、何をするかを伝えた上で来いと言っていのだ。

最低だ・・・何もかも・・・


リコは頭を抱える。

なぜこんな事になったのか。


「い、今からでも部長か教員室に行って・・・」

「けど部費はどうするの!?証拠がないって言われちゃえば、取り返せなくなっちゃう」


リコの頭は混乱してばかりだ。

こんな時はどうする?一番信頼できる人に相談する・・・ダメだ!!

リコ脳裏に彼の姿が浮かぶ。

・・・それだけは出来ない。あいつには・・・あいつにだけは、何があっても知られたく無い。

相談すれば、関係が変わってしまう確信があった。穏やかでちょっとモヤモヤする、リコの大切な宝物の時間が・・・

どんなになっても、迫水ケイタの前では、変わらない少女でいたかった。


「・・・私、なんとかするよ!!」

「リコ先輩・・・」

「なーに、なんとかなるって!!私を信じなさい!!」


恐怖を振り払い、リコは殊更明るくする様努めたが、その表情を見つめるホクトの表情が晴れることはなかった。


◇◇◇◇◇


そして、その日はやってきた。

リコは努めて普段通りの生活を心がける。部員のみんなには今日は予定があるから部活を休むと伝えた。

今日、返して貰えれば、生徒会への入金期日には間に合うはずだ。そのか細い希望に縋って、リコは今日、顔も知らない誰かに体を捧げる事になる。

小気味良い電子音が響く

リコのチャットアプリの受信音だ。

奴だ。ホクトから伝えられたアドレスからのメッセージは短い一文のみ。


『下着、期待してるからな』


短い文面だが、リコはまるでナイフを突きつけられた様な感覚を覚える。それは純粋な恐怖だった。

吐き気と嫌悪感が身体中を巡る。

反射的に受信画面から削除する。

しかし、男の着信は止まらない。


『ブラジャーは何カップ?』

『経験人数は?』

『好きな対位は?』


男の着信はエスカレートしていく。

うるさいうるさい!!

どっかに消えてしまえ!!

リコは恐怖と拒絶心から必死にチャットの着信を消す。


『満足できたら満額返すからな。期待してる』


限界だった。

リコは思わずトイレに逃げ込み、人知れず涙を流す。全部悪夢だったらいいのに・・・こんな奴に抱かれる為に頑張った訳じゃ無いのに・・・

ふと、予鈴のベルが鳴り響く。


「けーちゃん・・・」


重い足取りで教室に戻る。

あーあ、なんでもっと早く告白しなかったんだろう・・・多分けーちゃんは笑って直ぐにOKしてくれて、いっぱい色んな所へデートして、それから、それから・・・

やめよう。これ以上は心が苦しくなる。

せめて彼の前では笑顔でいよう。今までも、そしてこれからも。


「ほら・・・サコっち・・・授業、始まるよ・・・」


上手く笑えた自信は無い。


◇◇◇◇◇


放課後になった。天気予報によれば夜のうちに雨が降るらしく、すでにどんよりとした暗い雨雲が空を覆い始めていた。心の模様を写してるみたいだ。と、リコは教室でひとり、ぼんやりと眺めていた。

リコは周りの人間が去ってから、学校用の他にもう一つ用意したバックを手に階段を登る。

目指すは5階。リコの教室は2階だ。深呼吸する。何も考えるな、そうすればすぐに終わる。


3階。リコは躊躇いがちに登る。本当にこの決断でよかったのだろうか?その答えは浮かばなかった。

4階。ここでホクト君とかが来て止めてくれたらちょっとカッコいいんだけどなぁ・・・。

4階踊り場。・・・やっぱり怖い。誰でもいい、助けてほしい!!けーちゃん、怖いよ!!助けてよぉ・・・


いくら縋っても彼は来ない事は判っていた。

今日までずっと彼だけには気付かせないように隠していたのだから・・・

リコは絶望に瞳に涙を浮かべながら、階段を登る。

ふと、階段の先に誰か待っている。アイツだろうか?音楽室に集合と言っていたのに?弱い顔を見せたくなくて、顔をふせてゆっくりと登る。

5階に着いて、顔を上げた先に・・・


「よう」


彼がいつもの自信たっぷりな笑顔で私の手を取り、階段を一目散に駆け降りた。

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