幼き特効薬

幼き特効薬


目が覚めて、修兵はあれ?と思った。

自分を抱きしめて、拳西が眠っていたからだ。もちろん夜はそうやって眠りにつくのだけれど、いつもは朝ご飯の用意まで終えてから拳西に優しく起こされておはようをしながら、眠い目を擦る修兵の着替えを拳西が手伝ってくれる。

そうしているうちに少し目が覚めて、いただきますをして美味しいご飯を食べながら完全に起きて、歯磨きをして顔を洗って。

そうしたら拳西はお仕事を始める。

それが最近ようやく覚えた、毎朝の幸せな流れだ。


だけど今日は、何かが違う?

なんで?と考え始めようとしてハッとし、修兵は息をのんだ。

瞬間、寒くもないのに恐怖に身体が震え始める。

 眠って力が抜けているが、抱きしめる形で触れてくれている拳西の体が、熱い。

「けん、せ…」



修兵は拳西を起こさないように注意しながらもぞもぞと動いたが拳西はやはり目を覚まさない。この時点でやはり普通ではない。


修兵は、拳西が傍にいれば拳西の友人達や限られた隊長格、九番隊の者とは会話ができるようになったとはいえまだまだ一人では怖いばかりでひとりではどこにも出かけられるはずもなかったが、この時の修兵は、その怖ささえ忘れて家を飛び出した。



 出勤時間にはまだ随分とある時間帯で有る今はまだ人も疎らだ。

ましてや九番隊の隊長が上からの意向を受けて特例的に通常の保護施設に預けずに育てているらしい子供になど好き好んで関わりたがる者はいない。

らしい、というのは噂ばかりで、実際に外に出てくることが極端に少ないため、子供の姿を見ることは非常に限られているからだ。ともかくそんな子供がよりにもよってなきながら歩いているところに下手に関われば大事と、大人達は見なかったことにして、子供はそのまま目的地に震える足で歩んでいく。


「んん?修兵?なんやどないしたん?なんで泣いとるんや?拳西は?」


声をかけたのは平子だった。

拳西を『拳西』と呼ぶのは、修兵に優しい大人達の中でも特に拳西と親しい者だ。

そう認識している修兵は、拳西、という言葉を聞いた瞬間、むりやり奮い立たせていた気持ちのイトガ切れたのか大声で泣き始めた。

「けっ、…けっ、せぇ、し…っじゃうっ!」

「うん?」

「けんせっ、しんじゃう!や、だぁ…っ!けんせ、ぇ…、やだぁ!し、 っ、しんじゃうのっ、やぁ…っ!ああぁぁぁっん、っやぁぁ、だっ、やだぁぁああ」


「死、ぬ?え、なんやほんま、どないした?」

 朝のぼんやりとした頭を強制的に覚まさせられた平子はとりあえず小さな身体を抱き上げる。


 嗚咽の大きさに紛れて途切れ途切れで紡がれている物騒な言葉は幸い、距離をとっている周りにはよく聞こえていないだろうが、聞き流していいことではない。


しかし、九番隊隊長の身に命の危険が迫ったとなれば護廷がこれほど静かなはずはない。


 鉄則として、副隊長が出て危うい時は隊長が出る。

そして隊長が出て危うい時は救援は他二隊の隊長が出る。

なぜなら一隊の隊長が命の危険にさらされるほどの相手ならば、救援隊が一隊長ではその隊長もやられるかもしれない。

ひとりでは危ういから最低二隊の救援がでるのだ。

そうなれば都合三隊、隊長が戦闘に出ていることになるため今度は残った隊で通常のフォローがある。

つまり一人の隊長が危機的状況にある場合護廷十三隊の約半分は、通常とは違う業務状態になる。

 隊長の命の危機とは、それほどに珍しくめったに起こらないことであり、その実力が在ればこその隊長である。


しかしこの子供に限って性質の悪い冗談、ということはありえない。


「落ち着け修兵、拳西はめーっちゃ強いやろ、せやから大丈夫やでー。何があったかにいちゃんに話してみ?」


「………っ、ぅぅ、…っ、ぁ、あの、ね、けんせ、ね、っ、ぁ、さ、おきたら、ね、からだ、あつくって、っ、しゅっ…、しゅうがおきても、め、さまさなくって…」


「…………」


この時点で平子の中ではああ。風邪か。と予想はついた。が、拳西が病気で泣くのは分かるがここまで泣くのか?と思ったところで。

「みん、なっ、ね、そのまま、しんじゃうんだよっ、おねつ、でたら、しん、っっ、じゃうの…っ!」


 普段は平子のこともまだまだ怖がって拳西の傍を離れられず拳西の影に隠れがちになってしまうような子が、小さな手でありったけの力で平子にすがりついてくる。


「だ、から、おいしゃさん、よん、ばんたい…、ね…」


「ああ、そうか、そうやったんやなぁ、頑張ったな、修兵」

ほんぽん、と背を叩くが泣き声はそれを合図にますます大きくなった。


 無知な子供のズレた心配、と片付けることは容易いが、それをやるような者は隊長職にいてはいけない。

ただの風邪が命の危機そのものである環境でこの子はずっと生きてきて、それでも大好きな拳西を助けたくて、人もまだまだ怖いのに『お医者さん』を呼びに行こうとしたのだ。


 強い子だ、と出逢ってから初めて思った。優しい子なのは知っていたけれど。


「大丈夫やで修兵、拳西、いつもより具合ようないんは間違いないけど、修兵と一緒に四番隊で、お医者さんに見てもろうたらちゃんと元気になんで。」

「ほん、と?」

「ああ、ほんまや」

「けどなぁ、身体はそんで大丈夫やけど修兵居らんと拳西心配するわ。兄ちゃんと一緒に帰ろな。」

「ごめんなさい…」

「修兵は何も悪いことしてへんやろ?拳西も修兵にありがとうって言うと思うで?拳西お医者さん嫌いやからなぁ修兵が一緒に行ってやらんと怖がっていかんかもしれんなぁ。やから拳西の風邪なおすのに修兵、頑張ってな?」


修兵一人に話しかけるようにしながら鬼道を使って、実は先程から慌てて、と言っても確かに普段よりは劣る瞬歩で近づいてくる拳西に聞かせて脳内で誂いつつ、平子は愉しげに笑った。

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