幸福の再確認
人生というものは何事も無く過ぎていく時間が大半を占めているが、決して無意味な日々だけではない。嬉しかった事、楽しかった事、苦しかった事、悲しかった事…様々な出来事が起こる。だが、それらは『人生』という短くも長い時間においてはほんの僅か、星が最期を迎える時の瞬き程でしかない。
そして時の流れの中で人は様々なものを失う、その最たるは『記憶』だろう。1週間前に考えていた事だったり1ヶ月前に食べた晩御飯だったり、残しておくに値しないものまで全てを覚えている人間など居ない。そして時に人は、大切な事さえも忘却の彼方へと置き去りにしてしまう。
感謝を忘れ、後悔を忘れる。それこそが人間という生き物が愚かしく、そして愛しいと感じる由縁だと私は考える。
「君達家族は理解っているのかな?何の変化も無い平凡な日々こそ、得難い『幸福』であるって事をね。ふふ……」
SIDE : アクア(悪夢 : トラウマの再来)
この日は異様に寝付きが悪かった。普段であれば睡魔がやって来るような時間になっても一向に瞼は重くならず、横になったところで何も変わらない。このままだと翌日に響いてしまうため、頭まで布団を被って目を閉じ、半ば無理やりに寝入った。
「…ここは、家の中か」
見慣れた部屋の真ん中に、俺はぽつんと1人で立っている。知っている天井、知っている壁、知っている家具の配置。周囲を軽く見渡しただけで分かったが、ここは自宅だろう。
だが今の俺達家族が住んでいる家ではない。
ここは、以前の自宅だ。
あの事件があってからすぐに引き払った家。その事を認識した途端に目眩に見舞われ、胃の中がかき回されたような不快感が込み上げてくる。心の中がザワつき、それに反応するかのように呼吸も早まっていく。
未だに拭い去る事が出来ない俺のトラウマ、それを想起させるには十分過ぎる光景だった。
「うっ……ごほっ!けほっ…!…っはぁ……こりゃまた質の悪い夢だな……」
二度と見るはずの無い光景を見た事から、これが夢の中の出来事であると見抜く。以前どこかで、夢の中でそれと認識すると明晰夢に出来ると聞いた事があるが、今のところ体を自由に動かせそうな感覚は無い。おまけにまるで肉眼を通してリアルタイムで見ているかのような鮮明さに、我ながら相当強く心の中に刻まれた傷なんだなと憐れに思う。
そういえば夢の中とはいえ、今ここには俺1人しか居ないのだろうか?父さんも母さんも、ルビーの姿さえも見当たらない。今俺が立っているここはリビングだが、他の部屋にでも居るのだろうか。
しかし、どことなく人の気配が感じられない。それに探しに行こうにも体を動かせないので、俺には立ち尽くす事以外に取れる手段は無いようだ。
(さて、どうしたもんかな。夢の中だと分かってはいるが、この家にずっと居るのは……ん?)
ふと耳を澄ますと、先程までは無音だったはずなのに話し声が聞こえる。いや、これは話し声というよりも言い争う声と言う方が正確か。少しくぐもって聞こえるため、誰の声なのかも何を言い争っているのかも分からない。
その時、俺の足が動き始めた。まるで操り人形にでもなったかのように俺の意思とは関係無く、ゆっくりと進みながら声のする方へと向かっていく。
(この方向……まさか)
俺の記憶が正しいのならば、今この体が目指している先はあの場所しかない。
俺に消えないトラウマを刻み込んだ、玄関前の渡り廊下。
嘘だろ…。まさか、『あの日』の再現なのか?いくら悪夢といっても程があるだろ、再現して良い記憶にも限度がある。
(やめろ、止まれ……止まってくれよ)
俺の意思に反して、足は歩みを止めてはくれない。一歩、また一歩と廊下へと近付いていく。
嫌な汗が流れ始めて止まらない。全身を悪寒が駆け巡り、心臓の鼓動も呼吸も早まる。
あの日、俺とルビーが立ち尽くしていた廊下に続くドアへと辿り着く。ドアノブに手を掛けて、ゆっくりと下げる。
キィ…と嫌な音を立てながら開いた扉の先に広がる光景。
あの日と同じく、血溜まりの中に父さんが沈んでいた。
「~~~~っ!!」
俺自身は絶叫しているつもりなのに、まともに悲鳴を上げる事も出来ない。目の前で再び父さんが死にそうになっているのに、俺はそれをただただ突っ立って見ている事しか出来ない。
(父さん!父さん!!)
状況はあの時よりも悪い。『俺』がここに居るからなのか、幼少期の星野アクアがこの場に居ない。つまりは誰も止血の応急処置が出来ていないため、父さんの下の血溜まりは徐々にその範囲を広げ続けている。
少しずつ目から光が失われていく父さん。その時、僅かに眼球を動かし、閉じかけている目で父さんが俺の方に視線を向ける。
震える唇で何かを訴えかける。声は出ていないのに、俺ははっきりと父さんが伝えたい事が分かってしまった。
『アクア…………助……け……て…………』
それを理解した瞬間、俺の視界が暗転して廊下に膝から崩れ落ちた……。
─────────。
「っはぁ!はっ……はっ……はっ……!」
最悪の夢から覚めた俺は被っていた布団を蹴り飛ばし、過呼吸気味になりながら飛び起きた。全身が汗ばんで、額からも脂汗が流れる。
「ふぅ……ふぅ……。夢……だったんだよな……?」
あまりにも鮮明な夢だったせいで、今この瞬間が現実であるかどうか懐疑的になってしまう。ベタな手だが、自分の頬を血が滲みそうな程に強くつねってみたらしっかりと痛みが走る。
間違いなく、今この瞬間は現実だ。
(……良かった、夢だった。ぐっ…クソッタレな夢のせいで吐き気が……)
時計を確認すると、時刻は深夜2時37分。このまま寝直すのは確実に不可能であると言える程に最悪のコンディションなので、ひとまず落ち着くためにも水を求めてキッチンへと向かう事にした。
(……ふぅ、水飲んだら少しはまともになったか)
グラスに汲んだ水を一気に飲み干した俺は、豆電球だけ点けた薄暗いダイニングで1人椅子に腰掛けている。
頭が冷えて初めて気付いたが、カレンダーを確認すると今日は丁度あの事件が起きた日付だった。
(だが何で突然あんな悪夢を……?今までこんな事は無かったのに……何かの暗示か?)
答えが出る事のなさそうな堂々巡りの思考をしていたら、こちらに近付く足音が聞こえてきた。誰だろうか。
「……父さん?」
「ふあ……あれ、珍しいね。アクアがこんな時間にリビングに居るなんて、まともに明かりも付けないで一体どうし……!」
父さんが俺の顔を見た途端に固まった。それ程に悪夢で魘された今の俺は酷い顔をしているのだろうか。
自分はどんな顔をしているんだろうと考えていた時、悲しい表情をした父さんが俺に駆け寄ってきて優しく抱き締めてきた。
「……気付いてるかな?今アクア、泣いてるよ」
「え……?」ツーッ
「アクアが泣くほどに恐ろしい夢でも見たのかな。……そういえば、今日は『あの日』だったね。もしかしてそういう事かい?」
「っ!」
……驚いたな。気付かない内に涙を流してしまっていた事もそうだが、俺がそうなっている原因を一瞬で見抜いたのか。
「大丈夫だよアクア、僕はちゃんと生きてここに居る。愛する家族を遺して簡単には死なないさ」ギュッ
そう言いながら少しだけ力を強める父さんの抱擁はとても暖かい。悪夢から覚めた直後の心拍数が嘘のように、今は安定しているのが分かる。
正直、さっき生きている父さんを見た時は心の底から安心感が込み上げてきた。あれは確かにただの夢であって、現実ではない。
父さんは今生きていて、俺達家族と共に居てくれている。すっかり忘れてしまっていたけど…それはとても、『幸福』な事なんだな……。
「……ありがとう父さん、落ち着いたよ」
「そうかい?アクアはすごくしっかりしてるけど、他人を優先して自分を省みない事が多いからそこだけ心配なんだ。辛い事があったら1人で抱え込まないで、周りを頼ってほしい」
「……善処する」
分かってはいるんだが、どうにも性分らしくてな……。父さんには言えないが、前世から続く『これ』はもしかしたら一生改善しないかもしれない。
「でも本当にもう大丈夫みたいだね。うん、良かったよ。ふあ…僕はもう寝るけど、アクアもあんまり夜更かししたら駄目だよ?」
「ああ、父さんのお陰でもう寝れそうだ。おやすみ」
「おやすみ、良い夢を見れるように祈ってるよ」
そう言って父さんは、眠そうに目を擦りながら寝室へと戻っていった。
…………。
(ん、急に眠気が……)
先程までは欠片の気配も無かった睡魔が急に襲い掛かってきた。もうあまり睡眠時間は取れそうに無いが、それでも構わない。
飲み終わった後のコップを片付けて部屋に戻り、ベッドに上がって布団を被る。瞬間、瞼を持ち上げる事が出来なくなり、早々に意識を手放した。
再び潜り込んだ夢の世界の内容は翌朝にはほぼ忘れていたが、どこか暖かいものだった事だけは覚えていた。
SIDE : ルビー(悪夢 : IFの世界)
(……あれ、ここって)
気が付くと私は、体が縮んでいた。いや別にコ○ン君とかそういうわけじゃなくて、多分夢の中だからだろう。
見たところ3歳か4歳くらいかな?え、じゃあまだママがアイドルやってる頃じゃん!夢の中なんだし、あの時のドーム公演とか観れないかなぁ。
そういえば今更気付いたんだけど…声が出ないし体もあんまり動かせない?夢の中の制約とかそんな感じのやつなのかな。
(まぁいっか、別に今は喋れなくても問題無いよね。あ、カレンダー……えっ!?)
壁に掛けられていたカレンダーを見て、私は驚愕した。日付を確認したら、まさかのドーム公演当日を示していた!こんな奇跡があっていいの?あの夢のようなライブをもう1回観れるかもしれないなんて……!
時計を確認すると、今は朝の6時45分。ママのライブは昼からだったはずだけど、そこまで覚めないでいてくれるかなぁ。
そういえばパパもママも、お兄ちゃんすらも姿が見当たらない。どこに行ったんだろう?ママはもう事務所に行っちゃったのかな、私も着替えは済んでるみたいだし。
その時玄関の方で何か物音が聞こえてくる、恐らくはドアが開く音だろう。だけど何やら妙な胸騒ぎがする。パパがあんな目に遭わされてしまった、あの時みたいな感じが……。
『アイ!』
『痛いかよ…俺はもっと痛かった!苦しかった!』
次の瞬間、耳に飛び込んできたのはお兄ちゃんの叫び声。続いて誰だか分からない男の怒号。
何……何があったの…?まさか……ママが……?
(ママ……!何が……え?)
声のする方に向かいたいのに、足が全く動いてくれない。何で?何で動かないの私の足!ママが大変な事になってるかもしれないのに、こんな所で夢の制約なんて要らないんだよ!
動け!動けよぉ!!
『んだよ…それ…そういうんじゃ…!あ、あああぁぁあ!』
私が動かない足を無理矢理にでも動かそうとしていると、絶叫と共に誰かが玄関から走り去っていく音が聞こえた。直後にドタッ、という音が聞こえ、お兄ちゃんが何か話している。
それとタイミングを同じくして、石のように固まって動かなかった私の足が急に動くようになり、無我夢中で玄関の方へと走る。
ママ…!ママぁ……!
『アイ!しゅ…出血が……腹部大動脈か、クソ……!』
『ごめんね…多分これ、無理だぁ……』
全身から冷や汗を流しながら走って玄関へ通じるドアの前まで来ると、ドアのガラス越しにママが座り込んで寄り掛かっているのが見えた。
「ねぇ……」
さっきまで出なかった声が、今は出せるようになっている。
「どうしたの…?そっちで何が起きてるの……?」
『来るな、ルビー……』
「ねえってば!!」
私が話し掛けると、お兄ちゃんが震えた涙声でそれだけ言った。まるで必死に絞り出したような、小さな声で。
どうしてこの場にパパが居ないのかも気掛かりだけど、それ以上に今のママがどうなっているかの方で頭がいっぱいになる。
『ルビーのお遊戯会の踊り……良かったよー』
ママが息絶え絶えといった声色で私に話し掛ける。
『私さ…ルビーももしかしたらこの先、アイドルになるのかもって思ってて…。いつかなんか上手くいったら…親子共演みたいなさ、楽しそうだよね…』
何で…?何で今そんな事言うの……?
『アクアは役者さん…?2人はどんな大人になるのかな……。
小学校の入学式も見たいし、授業参観とかさー…ルビーのママ若すぎ~とか言われたい……。
2人が大人になっていくの、側で見てたい……』
そんな、最期のお別れみたいな……
『あんまり良いお母さんじゃなかったけど…私は産んで良かったなって思ってて……』
そんな事無いよ……ずっとお世話してくれて、育ててくれて……そんなママが良い母親じゃないわけがないじゃん……。
私とお兄ちゃんにとって……これ以上無い母親だよ……。
『あ……これは言わなきゃ……ルビー、アクア……』
視界が滲み、目から涙がポロポロと溢れてくる。そんな中ママがドア越しにこちらへ振り返り、血で口元を紅く染めたまま微笑む。
『───愛してる』
『ああ、やっと言えた…ごめんね…こんなに言うの遅くなって……あー良かったぁ。
この言葉は絶対…嘘じゃない……』
それだけ言うとママは涙を流しながら壁に寄り掛かり…
そのまま、動かなくなった。
─────────。
「……ビー……ルビー?大丈夫?」
気が付くと私は夢から覚めていた。寝覚めは最悪、何なら軽い頭痛と吐き気もあるかもしれない。
そんな起き抜けの私の目に一番最初に入ってきたのは、心配そうに私を覗き込むママの顔だった。
「ママ……?」
「大丈夫?トイレから戻ろうとしたらルビーの苦しそうな声が聞こえて来てみたら魘されてるんだもん。そんなに怖い夢見ちゃったの?」
「ママ…ママが生きてる……うっ…ぅあっ……うああああ…!」
さっきまでのがただの悪夢だってのは分かってる。それでも、私は心のどこかでママはもう死んでしまったのではないかと疑っていた。それほどまでに現実味を帯びた、まるでどこかで体験したような感覚にさせられる夢だったのだ。
私はママに抱きついてみっともないくらいに泣いた。絶望の底の底まで沈み込んだ気持ちから一転、ママが生きて私の目の前に居るという現実への安堵感から涙が止まらなかった。
最初は困惑していたママだったけど、号泣する私を優しく抱きしめて背中をさすってくれた。
間違いなく、ママは生きてるんだ。
「落ち着いた?ルビー」
「うん…グスッ。ごめんね、急にあんな大泣きして…」
「大丈夫大丈夫!にしても私が死んじゃう夢かぁ、それはホントにヤだね。私がヒカルかアクアかルビーが死んじゃう夢なんて見たら、絶対耐えらんないよ」
あれから泣きに泣いて少し落ち着いた私は、ママに何があったのかを話した。私の話を一切茶化す事なく真面目な表情で聞いてくれたママは、私の頭を優しく撫でながらそう励ましてくれた。
「うーん……」
「ママ…?」
話を聞き終わってから、ママは何か考え事をしてしまっている。一体どうしたんだろう。
数秒ほど経った辺りで、ママは「よし!」と手を叩いて何かを考え付いたようだ。
「ルビー、今日は一緒に寝よっか!」
「え?」
「だって今のルビーを1人のままにするの、なんかヤだもん。夢の中の私が言ったみたいにあんまり良いお母さんじゃないかもだけど、それでも私はルビーとアクアのお母さんだから。だから今の私が出来る事をしたいの」
「ママ……!」
ああ、やっぱりママは優しい。正直言ってこのまま1人になった後、もう一度眠れる自信なんて無かった。そんな私の心中を察してか、そんな提案をしてくれたんだろう。
私の母親は、ママ以外には有り得ない。
「よーし、じゃあ早速ルビーの布団にお邪魔しまーす。…あれ、やっぱ2人だとちょっと狭いかも?」
「あはは…基本1人用だもん。……ねえママ、今日は抱き合って寝ても良い…?」
「もちろん!」
そんなこんなで、私とママは1つの布団の中で抱き合って寝る事になった。少し肌寒い季節なのも手伝って、抱き返してくれるママの体温がとても暖かく感じる。
段々と瞼が重くなっていき、今度は心地よい眠気が襲ってくる。その間にママはもう眠ってしまったらしく、寝息が聞こえてきた。
その寝息を聞いた私も目を閉じて、安心して意識を手放した。
◇◆◇◆◇◆
「え?ルビーもかい?」
「そうなの。でもそっか、アクアもだったんだ……」
アクアが悪夢に魘されて涙を流していたのを目撃した週末、その事をアイに相談しようと持ち掛けた。すると驚いた事に、ルビーも悪夢に魘されていたとアイから聞かされた。ルビーに至ってはアイを見た途端に号泣したんだとか。
「2人して悪夢を見るなんて…そんな偶然あるのかな?」
「……」
「ヒカル?」
アクアの時にも言ったが、やはり『あの日』に関係しているだろう。アクアが見た悪夢は僕が襲われた出来事の完全なフラッシュバック、ルビーの悪夢は公演当日にアイが殺害されるというもの……共通している。
「…間違いなく、僕が襲われた『あの日』が2人のトラウマになってるんだと思う」
「あ……」
「現にアクアは当日に魘されていたからね。あの子が涙を流す姿なんて、本当に何時振りに見たかな。それ程までに深く傷付いていたんだね」
「……」
「アイ…?」
「っ!」ヒシッ
僕の話を静かに聞いていたアイ、すると突然泣きそうな表情になりながら僕に抱きついてきた。
「……あの時はホントに辛かった…もしかしたら、って。だからヒカルが目を覚ましてくれて私達、すっごく嬉しかったの。ありがとヒカル…帰ってきてくれて」グスッ
「…僕は絶対にまだ死なない、死んでたまるもんか。まだまだ大好きなアイと一緒に居たいし、愛するアクアとルビーの成長も見届けたい。だから僕はこの先もずっと、君達家族と一緒に未来を歩むと誓うよ」
「ヒカルぅ……!」グスッグスッ
あの時生死の境を彷徨っていた僕を、今の僕は許す事が出来ない。勝手に1人で満足して生を諦めようとするなんて、自己満足も良い所だ。
暗闇の中で僕を叱責してくれたゴロー先生が言ってくれたように、遺されるアイ達の事を何一つ考えていない愚か者、それがあの時の僕。
まあ結局そのゴロー先生に諭されてこの世に戻って来たんだけど。
「目覚めた時から感じていた事だけど、アイ達と一緒に過ごせている今って実は凄く幸せな事なんだって強く思うよ」
「……確かにそうかも。傍にヒカルとルビーとアクアが居てくれるのがいつの間にか当たり前になってたけど、愛する人達が一緒に居てくれるって幸せな事なんだね」
「そうだね、その当たり前が実は一番の幸せなのかもしれないね。……これからもよろしく、アイ」
「こちらこそよろしくね、ヒカル」
「『幸せとは今を生き、今を楽しむ事で得られる』。キェルケゴールの言葉だったかな?
君達は普段当たり前だと思ってる『それ』を得難いものだと再認識して、楽しく生きる事だね。
これから確実に訪れる、『耐え難いまでの不幸』を乗り越えて行く為にも」
夕暮れ時の茜色の空。水平線の向こうへと沈みゆく太陽に向かってカラスが1羽、鳴きながら羽ばたいて行った。