“幸福な時間”
私にとって鋏は大切な相棒だ。
いなくなったら何も切ることができなくなってしまう。
「大切か」
「とてもね」
手入れも終わってすっかり血の落ちた相棒を愛おしげに見ていたら隣にいたクロが何か言いたげに口を開けて、そのままつぐんでしまった。
「どうしたんだい」
「別に」
言いたい事があるなら素直に言いなさい。といつも諭しているが聞き入れられる様子はなさそうだ。どんな事だろうと叶えるつもりだけれどそんなにお兄ちゃんは頼りないのだろうか。
「この島での用事ももう無いし明日には発とうか。どこか希望はある? 」
「どこでも良いけどもっと静かな島」
「明日天竜人が来るから準備がどうので騒がしかったからねタイミングが悪かった。こことかどうかなバナナワニっていう珍しい動物が」
「⋯⋯どこでも良い」
身体を寄せてくるクロの体温は高く、ゆっくり船をこぐ様子に思わず笑みがこぼれる。
「寝ていいよ」
「まだ⋯⋯眠くない」
「寝なきゃ大きくなれないよ。大丈夫、明日の昼に出れば良いさ」
そう言うとどこか安心したように眠りに落ちたクロを抱き抱えてベッドに運ぶと穏やかな寝息に変わる。まあ、確かにどこでも良いか。
パラパラと島で手に入れた観光パンフレットを捲りながら呟いた。
「明日は何を斬ろうかな⋯⋯」
何とはなしに手を動かすとシャキンと高い音が鳴る。
この海域は島が少ないし明日からまた長い航海が始まるだろう。次の島に着くまでクロが飽きないようなビックリするような事をしようかな。
今この場所に好きなものしかない幸福に包まれて夜に刃の音を再度、響かせた。