年のはじめに

年のはじめに



 背が高いと人混みの中でも便利だと頭一つ抜けたチャドくんを見て思う。背が低いと人混みを掻き分けるのも一苦労だ。

 色だけならアタシもだいぶ目立つとは思うけど、いかんせん人より少しばかり低い身長ではそれも埋もれてしまう。


 その点それなりに背も高くて頭も目立つ一護は人混みならお得かもしれない。大体どこにいてもなんとなく居場所がわかるので、灯台みたいだなとちょっと面白くなった。

 本人に言ったら「俺の頭は光ってねえよ!」だのなんだの言われるかもしれない。いっそ初日の出みたいで縁起がいいだろとでも開き直る方がからかわれないのに。


 しかしこの人混みだと参拝が終わるまで合流なんてできないかも。見えてもそこまで人をかき分けて行くのは無理そうだし、織姫ちゃんに至ってはどこにいるかもわからない。石田もわからないけど、多分髪が黒いから後頭部だと人に紛れてるんだと思う。

 どん、と肩がぶつかって体がよろけた。アタシだから転げずに済んだけど普通の女の子なら怪我してるかもしれないとムッとして顔を向けようとしたら、急に腕を掴まれて慌てて振り返る。


 こんな人混みでナンパか、もしくは痴漢かと思って威嚇の一つでもしてやろうと思ったら、なぜかびっくりした顔の石田がアタシの腕を掴んでいた。驚いたのはこっちなのに。


「びっくりしたぁ……掴むんなら先言うてよ」

「いや、一瞬転びそうに見えたから」

「あんなんで転ばんよ、アタシの体幹エグいもん」

「それはそうなんだけど……」

「というか手離してくれんと、アタシなんか捕まったみたいやわ」


 腕を掴まれたまま歩くとなんだか連行されている気分になる。列島24時とかに出てくる交番に連れて行かれる酔っぱらいがこんな風にされてた。

 人混みだから目立つわけでもないけど、なんというかロマンスが足りない。別に石田が手を繋いで歩いてくれるとか、そういうことを思ってるわけではないけど。なんかこう、乙女として……なんかあるやろ。


「離したらはぐれるだろ」

「でもこのままやと連行や、その……手でも繋いでくれるんなら別やけど」

「…………わかった」

「え?」


 する、と絡んだ指は冷たくて、アタシは今日初めてラブが貸してくれると言ったクソダサい手袋をひよ里姉と一緒に貶して借りてこなかったことを後悔した。

 心臓が脈打って冷たいはずの指が火傷するくらいに熱い。オカンの逆撫より先に、アタシは熱いと冷たいが逆さまになってしまったような気がした。

 

「あの、えっと……や、やっぱ金の頭って目立つんかな!オカンもそんなこと言うとったし」

「お母さん譲りの色ならそういうこともあるだろうね」

「サボってもすぐバレるって、でかいから見つけやすいのかもしれんけどアイツすぐ来んねんって」

「……うん?」


 恥ずかしさをなんとか誤魔化そうとすると喋る口がいつもより回る気がする。オカンもどうでもいいことを誤魔化すときはよう喋るから似たのかもしれない。

 どうでもよくないことは誤魔化す以前に一言も話さないのでアタシは最近になるまで血縁上の父のことを全く知らなかったわけだが、近頃はその頃の話もしてくれるようになった。


「アタシが虚圏におったとき逃げても見つかったって話したら、アイツは探すん上手いからしゃーないって言われてな『あなたの金の髪は目立つんですよ』って厭味ったらしく言うてきてムカつくやつやったって」

「それは、もしかしなくても」

「血だけ繋がったアイツのことや、霊圧隠してもすぐに見つけてくるってオカンがな」

「…………あぁ、うん」


 妙に苦み走った声を出すものだからどうしたのかと見上げると、くっきりと眉間に皺が寄っていた。今までの会話でそこまで嫌なものがあっただろうか。

 もしかしたらアタシにアイツの話をさせてしまったことを気にしてるとか?でも尸魂界の危機にちょっとは役に立ったので、最近は話すくらいならそこまで気にしてない。


「どうしたん?別にアタシそんなにアイツの話しても気にせんよ?」

「そうじゃなくて、その、したくない相手にひどく共感したというか……」

「アレに?共通点なんて眼鏡くらいやってオカンも言うよ?」

「………………うん、そうだね、そういうことにしよう」


 どうしてこうアタシの周りの男は一人で納得してなんか含みを持たせて黙るのだろうか。話すように視線で催促すると、わりと口の回る石田には珍しくなにか言い淀んでいるのでなにか失礼なことでも考えているのかと、腹いせに手をぎゅっと握ってやったらわかりやすく顔をしかめた。


「僕も、君の金の髪は……誰よりも見つけやすいと思うよ」

「そう?やっぱ目立つ色してんかな?一護ともええ勝負やと思うけど」

「井上さんなら黒崎が一番見つけやすいんだろう」

「そら織姫ちゃんは石田と違って上からアタシが見えんもん、そうやろ」

「…………あの男も、君の母親だけは見つけやすかったんだろうね」

「へ?アタシと同じ色やから?ああ、アイツも背ェ高いもんな、わかるかも」


 それほど言いにくいことではないと思うけど、石田はなんか難しい顔をしている。別にオカンに似てるって言われて嫌なことはないんだけど、ちょっと前まで父親との仲があんまり良くなかったから気にするのかもしれない。


「新年早々、僕はしてはいけない同情をしそうになってるよ」

「さっきからようわからんこと言うなぁ」

「後悔しないように頑張らなければいけないなと思っただけだ」

「新年の抱負?」


 わりと去年も好き勝手していたような気がするし、後悔しないように頑張っていた気はするけど。あれ以上に石田が頑張ったらなんかものすごいことになってしまいそうなので程々にしてほしい。

 ものすごく心配したし、恥ずかしいことを口走った覚えもあるのであんなことはもう二度とあってほしくはない。あと恥ずかしい格好もさせられた、浦原さんが怪我してなかったらスネを蹴り上げてやるところだった。


 思い出していたところで、手をくんと引かれた。見上げるとさっきまで難しそうな顔をしていた石田がなんとも言えない顔してこっちを見ていた。パチっと目が合うと眩しそうに目を細めたので不思議に思って見つめる。


「とりあえず、黒崎と同じように名前で呼んでもらえるようにお願いしようかな」

「え?」

「神頼みでなく……君に頼むことになるけど」

「ひぇ…………」


 手の甲を指で撫でられた感触に飛び上がりそうになった。手を繋いで引っ張って貰わなかったら、多分この人混みでまともに歩くこともできなかったと思う。でも繋がれているからまともに歩けないんだけど。

 新年早々真っ赤になってしまった顔が皆と合流するまでになんとかおさまってくれないだろうかと、まだ遠い参道の向こうの神様にお賽銭も投げないままに一人で祈った。

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