平行線
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不知火カヤは一人であった。いつもと同じように。
ただ、今回に関しては一人になることを自ら選んだと言わせてもらおう。私の思想が理解されず孤立するなどいつものことなので気にもしていないが、この孤独はあくまでも望んだものだ。
「ただ、このままだとやれることが限られてるんですよねぇ。」
シャーレのオフィスの一角。生徒立ち入り自由のカフェにて、カヤはコーヒーを不味そうにすすっていた。このカフェは本来多くの生徒達が入れ替わり立ち替わり訪れるのだが、ここ最近は誰かがやってきた様子もなく、ひどくがらんとした様子であった。故にこそ、カヤという絶賛収監中のはずの犯罪者がコーヒーを一人で飲んでいようと気にされないのだが。
犯罪者。そうこの私が犯罪者として扱われているのである。
確かに権力を握るため、威信を示すため、色々と悪どいことをしたのは認めよう。だが、それがなんだというのだ。むしろよりよいことになっていたはずだ。超人たる支配者(連邦生徒会長)にならんとするならば、必要なことだっただろう。
「先生…」
カフェに眠っていた豆はやや酸化しており酸っぱさがある。が、彼女が顔をしかめているのは味のせいではない。
先生という存在のいまいましさについてである。
私が、先生による司法取引により保釈される。そのことを聞いた際は、すわやはり先生も私という指導者がキヴォトスに必要であることに気づいたのかとしたり顔で監獄から出てきた。
だが、蓋を開けてみれば、キヴォトスは私が代行をして体験した時よりも尚、最悪の場所に変わっていた。
蔓延する砂糖という名の薬物。それにより、三大校のうち二つは内部崩壊寸前。他校においても爆発的に治安が悪化。そして、高まっているアビドス廃校『戦争』の機運。
「この私が生徒会長代行を弾劾された後にこの騒ぎとは呆れてしまいますね。生徒達が事態の重さをきちんと認識できていると思えません。」
「『戦争』なんですよ?大勢の生徒たちが相手を打ち倒すために消費されることになるのです。使い潰す前提で上が下の人材を消耗し続ける。感情論だけで戦いが続けられるとでも思っているのでしょうか。」
「初動の勢いだけよくて泥沼化するか、単純に強い方にすり潰されて終わりです。それこそミレニアムが本気で動けばそれで済むでしょう、こんな争い。そうすることを提案したいぐらいです。」
「そうです!これをネタに先生の立場を揺さぶるのはどうでしょうか。生徒を見守り監督する立場でありながら、薬物の蔓延を防げなかった愚かな先生!戦争の発生を早期に防げなかった責任を追及…!」
名案を思いついたかのようにパァっと一瞬明るくなった顔は、すぐにまた先ほどの酸味に顔をしかめるような表情に戻る。
「却下ですね。今、それをすれば私の立場も危ういですし…何より…意味がありません。」
そう、先生という立場を揺るがすことに、今は意味がないのだ。
カヤは自分がシャーレに連れてこられ、先生と二人でしたやりとりを思い出すのであった。
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「先生。それでは理由をお聞かせ願いますか?」
"君の力が必要になると思ったからだよ。"
「…ご冗談がお上手ですねぇ。」
シャーレに連れてこられて直ぐ、とある会議になしくずし的に参加させられた後、私は先生と二人きりで話をしていた。
私の皮肉を効かせた答えに、先生はどこか困ったような、どころか憐れむような悲しい表情をする。
…実に腹立たしい。私とてそこまでされれば舐められていることぐらいはわかる。
「この状況で、あの面子に加えて、私を呼ぶ意味がわからないと言っているんですよ。」
先程の会議はいわば、シャーレとして現在の状況を打開するために先生が秘密裏に集めたメンバーの方針会議であった。
脱獄した七囚人が二人。
…元・汚職警官の公安局局長。
…私をあっさり裏切っていた元・SRTの囚人部隊。
そして、直接その場にはいなかったが、
キヴォトスで暗躍し、怪物を作り出している怪人。
キヴォトスの権利全てを握ろうと、傲慢に歩を進める機械の社畜。
間違いなく本来ならば顔を付き合わせることすらあり得ない、凶悪さすら滲ませた面子である。
だが、会議は存外スムーズに進んだ。
学校と関わりのない大人二人が思惑はあれど事態の解決を図るつもりであるということはあるのだろう。
何よりも。
私の問いかけにわざとらしく腕組みをして考えているこの大人が、会議の主権を握って離さなかったのだ。
"『戦争の被害を食い止める。』"
"『生徒達を死なせない。』"
"『必ずホシノ達を殺させない。』"
他の大人達に皮肉られながらも、そんなことを毅然と言いきり、生徒達も心中はともかくとして、概ねの動向として合意はしていた。
私はそんな先生を見て。
何一つとして理解できなかった。
「私はね、先生。知っての通り人を動かすのが得意なのです。」
"……。"
「なんですかその沈黙は…まあいいでしょう。ともあれ、私は自分で駆けずり回るのは最低限。ほとんどは人を動かして成果を納めます。つまり、です。」
「私の意思で動いてくれる駒がいない状況では、私の力が発揮できるとは言えません。」
「もう一度聞きましょう。私の力を奪った先生。私をなぜ呼んだのです?…仮にもし私を協力させたいのなら…そうですねぇ、あの時の提案を部分的に飲んでください。私の保釈期間中、先生のすることは、先生の業績ではなく、私の名の元で行われた…と、するとか。」
”…ダメ。”
「理由は?」
”生徒に大人の行動の責任を任せるわけにはいかない。”
またコレだ。先ほどの会議でもこの大人の根本にあったのはコレだった。『大人として責任を背負う』だ。
そんなもの大人ではない。大人は皆、誰もが誰かに責任を押し付け合い続ける不毛なパス回しをするものだ。そんな中でパスを運悪く取り損ねた誰かが膝をつく。そうはなりたくないから…時に受け取り方も知らない子供にパスをほおり投げるのだ。
だからこそ、甘い餌を吊り下げてやれば、子供に喜んで責任を投げてくる。その子供が大人より賢いかもしれないとなどと思わずに。
「あのですね。今の状況を先生は理解していますか?…もうあなたの責任では手に負えない状況なのですよ?」
「アビドスのしでかしたことは最悪です。もはや取り返しのつく範囲を越えています。」
「戦争を止める?被害を減らす?ホシノ達を処刑させない?」
「言ってあげましょう。不可能です。罪が重すぎます、被害が大きすぎます。」
「もうどうしようもないってことぐらいわからないのですか?」
”……それでも。”
”私は先生だから。生徒の責任を少しでも軽くするために。”
”見放すことはできないんだ。”
この大人はわかっている。今の状況がとっくに最悪であることなど。ホシノたちは、例え子供だとしても、しかるべき責任をとらなくてはいけないことを。
もはや先生が一人いた所で、すべてが解決する段階は通り過ぎていることも。
ただ、例えそうだとしても、諦め悪く手を差し伸べつづけようとしているのだ。
「…なら、私にできることはますますありませんね。」
本当に、理解ができない。
そうやって超人でもないのに、子どものような夢を追って、責任を背負い続けた所で、何の見返りもないというのに。
「私はアビドス廃校に賛成ですよ。その後のアビドスをどう有効活用するかは、少しばかり考える余地はありますが。」
「…私に何をして欲しかったのか知りませんが。少なくとも、今の私がこの状況でできることなどありません。」
”…そうでもないよ。”
「はい?」
”私と話をしてくれるだけでも、嬉しい。”
「……。」
そんなわけのわからないことを心の底から言う大人と、これ以上話をしていたくなくて、私は先生のオフィスを後にした。
■
「とはいえ、本当に何をしたものでしょうか。」
今の私の立場は非常に脆いモノだ。先生ありきで成り立っているといっていい。元から人望などないが、動かす手足すらなくなっているようなものである。
「いっそのこと、アビドスで成り上がるというのはどうでしょう?どうせヤク中の愚かな集団です。取り入るのは楽なのではないでしょうか。」
うん、これは悪くない。実に超人らしい案だ。
「スパイとして先生の情報を売り、アビドスの情報を得たうえで、その情報を元に私が兵をこっそり動かして総どりを狙うのです!最後に立っているものこそが勝者なのですから…!そしてこの功績でまた返り咲く…悪くない筋書きですね…。」
やはり古い物だったとはいえ、コーヒーを飲んだからか頭がまわってきた気がする。豆も存外いいものだったのかもしれない。
そんな青写真を描きながら、シャーレから一歩外へと出た。
「…?」
アレはなんだろうか。生徒?確かにシャーレのオフィスには多くの生徒が出入りしていたという。ならば、近くをうろついていること自体はそうおかしくはないが。
その、なんというか。隠れているにしては、巨大な大砲?らしきものが丸見えなのだが。
「あの~…なにをしているんですか?」
「!」
今思えばこれが私の運の尽き。
先生のお人好しが移ったのか、奇妙な生徒に話しかけてしまった。
「うわ~ん!ついにエンカウントしてしまいました!!こうなったらもう戦うしかありません!!!」
「えっ!?ちょっと!?あの!?!?ブッッッッ!?!?!」
シャーレから出た私は、そのまま大砲の横っ面でシャーレに文字通り叩き返されて見事に気絶してしまった。
その後、戦争が起きるまでのあの日々。まるで悪夢のような日々が始まるとも知らずに。