幕間/接続
そういえば、反応は花畑の地下というが。
そこへ行くには、どこから入ればいいのだろう?
「……地面に穴開けるか?」
「それはパワータイプの回答すぎる! もっと頑張れランサー!」
「んなこと言われてもな……時間がねえんだろ?」
「時間が掛からない案として地面の掘削が上がるんだね、キミの場合」
「ランサー師匠はドリルもできるの!?」
「一番悩まなくていいだろ、それが」
「と、土地を荒らすことになるのが……気になるというか、も、申し訳ない、ですね……?」
「俺も好きで荒らしたいわけじゃないが、事態が事態だからな」
「やはりランサードリルしかないのかァ……!? ガッツリ地面をぶち抜いてもらうしか……!」
「……自分に……任せてください」
そこに割り込む一人の声。ぱあっと顔を輝かせたギカレーダは、声の主へ笑顔で話しかける——
「そ、その聞き覚えのないクッソくたびれた可哀想な声は!」
——容赦のない暴言と共に。
しかし、そうして容赦なく言葉をぶつけたからには、容赦なく肉体言語を返されても仕方がない。
「……ゔぐぇ゙ッ! やめろランサーマジで腰あたりでねじ切れる゙」
ギカレーダは、自分を小脇に抱えているランサーに「ぎゅっ!」と軽く圧迫される程度の制裁を受けた。
「……。…………いえ、暴言は慣れてるんで……。アデール・フラワーに勤めております、この幻覚……じゃない、呂布? のマスター? をしています。み……みなさん初めまして!!! お早う御座います!!!」
今までずっと眠りについていた、ライダーのマスターが目覚めた。腹から声が出ている挨拶は、見事に心がこもっていない。クッソ大きいが、実に空虚な響き。
「わあ、挨拶だけは空元気なのが社畜って感じで辛いよ俺……初めまして、ランサーのマスターのギカレーダです。あとはかくかくしかじか以下略って感じで。悲しいけどこれって戦争なのよね」
「そうかぁ!!! つまり会社を爆破していいんだなぁ゙!!! 腕が鳴るな!!!」
「やだー! 俺より口調がふわふわしてるよこの人〜! 魂もふわふわしてそう。大丈夫生きてる? 魂飛んでかない? いや待てよ、勤務ということはもしや」
「出勤を前にすれば、例えどれ程疲れていようが関係ないのが社会人!!! この不肖、誠心誠意粉骨砕身玉砕覚悟で務めさせていただく所存に」
「う、うわあ……もしかしてこちらで働かれているということは、裏口の鍵など持っていますでしょうかー? 立入禁止区域の知識とか〜? そういう感じの、なんかいい感じのやつ〜?」
「持っております!!! 玉砕覚悟で弊社を破壊します!!! そうともこれは戦争なんだ!!! 自分は悪くない!!!」
「この憎悪……もう勝ったな。よっしゃ、ランサードリルは晴れて解雇! 要らないから座ってていいぞ」
「走ってる最中に何言ってんだ」
どうやらライダーのマスターは、「職場が嫌すぎて気弱な人格」「怒りが頂点まで行きキレ散らかす人格」「ハキハキと元気に喋る社畜人格」の三つを併せ持つようだ。
かわいそうに。
「それでこそ覇道を征く者……ここまで連れてきた甲斐がありました。貴方にならば我が背を預けても構わぬ、あの日頂いた人参の恩を返す時です」
「未だに幻覚だと思いたいのに背中に乗せられているのが!!! 自分、乗馬経験はないんですが!!!」
「この呂布であれば造作もないことです。貴方の後ろの青年も、同じく未経験ですよ」
「あ、あの、恩って、人参でいいんですか……? 義理堅い……んですね……?」
「人参『で』いい、というのも微妙な響きですね。好意的な相手から渡された人参には無限の価値があるのです。特にそうでもない相手からの人参は……別に?」
「そう、なんですね……? あ、じゃあ、僕からの人参は迷惑ですかね……」
「何故そのような思考に? 我々はもう戦友では?」
「……えっそうなんです!?」
「そうなんです!」
締まらない会話と共に一行は、例の花畑へとたどり着く。
多種多様、様々な色の花々が咲き乱れる、広大なその地。見渡す限りが花。
普段ならばただ綺麗だと感じるだけだが、これが全て花魔術の媒体の可能性が——と考えると、ぞっとする。
普段ならば活気に満ちている筈の街有数の観光地。
無人の花畑は、しんと静まり返っていた。
これまで見てきた光景とは違い、そこらに倒れている人間すら見当たらない。
どうやらここにいた人々は、別の場所へと行ってしまったようだ。
「そうだ、アーチャーが誘導してくれたんだよ。私達がここで襲われた時に」
「……だから、ここには人がいないんだね。……で、でも、よかったよね……? 戦う時、たいへんだもん。人がたくさんいたら」
「そうだね、マスター。周囲を考えなくていいのは、本当にいいことだ」
アーチャーに救い出されたことが記憶に新しい二人は、美しい花々を眺めながら数秒ほど黙り込んだ。
朝食前にキャスターから手紙を出され、誘い出され。
街に甘い香りが漂い、影が暴れ始めてから……まだ、たったの数時間。
太陽はてっぺんを少し過ぎたあたり。まさに、激動の一日だ。
真昼の街を大っぴらに駆けるサーヴァント(馬も込み)という光景は、恐らく他の聖杯戦争では見られなかっただろう。
ああ、まさか、一日で二騎も脱落してしまうなんて。
一週間以上前から開催されていたというのに、殆ど盤面が動かなかった反動だろうか……。
「……ってわけでついたぞ目的地! 向かうぞ本拠地!」
その微妙な空気を叩き割ったのは、ギカレーダの大声だ。
「待ってろマルちゃんのお父上! 娘さんを俺にください! 開店間近な俺の店の労働力として!」
「なっ……児童労働反対!! 私の生きた時代ならともかく、現代の法を破るんじゃない、ギカレーダ!」
「……でも、たのしそうだね。お店やさんとか、やってみたいもん。ずっとギカレーダとやるのは嫌だけど」
「ギカレーダさんね。俺はねえ、マルちゃんには是非に店の虫除けとかもお願いした……えっ? 仕事をやることより、俺自身がそもそも嫌なの……? そんなぁ! ぐすっ……」
よろよろと崩れ落ち、膝を土に付けて大袈裟に啜り泣くギカレーダ。
「で、地下への道というのは?」
それを容赦なくスルーするセイバー。
問いかけられたライダーのマスターは、死んだ目のままハキハキと答える。
「自分も詳しい訳ではありませんが!!! 上司の方がその方角へ消えていくのを見たことは何度か!!!」
「その方向へ向かえば道がありそう、ってことだね。ある程度の目処さえつけられれば、あとは……」
セイバーの視線の先には、マスター二人。
「つまり、わたしの魔術と!」
「ぼ、僕の目ですか!?」
約一名は「元」マスターだが、それはさておいて。
「ふふん、まかせて! やるよっ、バーサーカーのひと!」
「いえ、僕はバーサーカーではないんですけど……どうするんですか? 見えるって言っても、流石に……」
広大な花畑。方向がある程度わかったとは言っても、しらみ潰しに探しては日が暮れる。
しかしここには幼き花魔術の使い手と、写真家志望の元マスター。
となれば、圧倒的な時間短縮が見込める!
「この広さだと、たいへんだから……はいっ!」
一歩前に出たマルグリットは、隣に立つ気弱な写真家見習いに手を差し出した。
「え? えっ? なんですか、握手? あはは、そんなわけないか、さすがに……」
「うん! 握手して! それで、接木ってことにするから! わたしも、バーサーカーのひとも、手に令呪があるし。似てるから、そこからいけるはず!」
「つ、接木……!? 僕とマルグリットちゃんが!? よく分からないんですが……僕との握手なんかで、何か出来るのなら……?」
その場にしゃがみ込んで、目線を合わせる。令呪がある方の手をお互いに差し出し、握り込む。
「……うん、いけそう! ちょっとまってね……」
彼女がぶつぶつと呟くのに比例して、両者の間に魔力の流れが形成されていく。
「わ、わっ、何ですかこれ変な感じ……!? なんか手が光ってる! じ、地面も光ってる!!」
「……greffe! はなしちゃダメだよ、握手したまま!」
「こ、これっ、何してるんですかぁ!?」
「手を繋いでる間だけ、魔力、見えるようにしてるの! わたしだけ見えてても、時間かかっちゃうから!」
「こ、このまま探せばいいんですね? 地下に行く感じの……う、うわ、色々絡まってるな、何だこれ……?」
手を繋いでいるこの瞬間だけ、マルグリットとバーサーカーのマスターは魔力に対しての感覚器を共有している。
というより、簡単に両者の間でパスを繋いでしまった、とした方が分かりやすいかもしれない。
本来ならばそう簡単に行っていいものではないが、それを為せてしまうのはマルグリットの実力か。
そもそも、花魔術がそうした行いに適性があるとするべきか。
「え? 地面光ってんの? ほへー、俺には何も見えねえ! 何も感じねえ! いいなー!! 俺もやってみたいなー!!」
そうして、ほんの十数秒。
「あっ、ありました! 多分こっちです!」
「わたしも見えた! いこ、セイバー!」
「護衛は私が。そこへ案内してくれ! ほら、キミたちも早く!」
「んー……また地下かー。つまりは逃げ場がないってやつね! ってことでランサー! 入ったら風バリアは強めでッシャス! 全体付与な!」
「誰も離れないんなら良いけどよ。分かれ道がないことを祈るか……」