第五話「砂蛇様」その5「 蒼森ミネの幻覚」

 第五話「砂蛇様」その5「 蒼森ミネの幻覚」

砂糖堕ちハナエちゃんの人


真っ暗な海の中を少女の意識が漂っていた。


少しずつ、少しずつ、底の見えない深淵へと引きずり込まれるに沈んで行った。


少女は何もかも失っていた。大切にしていた矜持も護りたかった場所も人もすべて失った。


少女の心は折れ、絶望に染まっていた。


少女は望む。このまま海の底で物言わぬ貝にでもなりたいと。


すべてを投げ出し、このままゆっくりと沈んで消えて行きたいと願った。



ミ……ネ……団……長……



自分の名が呼ばれ、少女は固く閉じていた目を開く。


暗黒の海に小さな光が差し込んでいた。まるで地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸のように。


自分の名を呼ぶ声はそこから聞こえてくる。


「セ…リ…ナ………」


聞こえてくる声の主の名を呟く。少女の昏い瞳に僅かに光が燈った。


「わ…た…し…は……」


そうだ、何を諦めてるんだ。私にはまだ護るべきものが残ってる。


ズタズタに引き裂かれ砕け散った矜持も破壊尽くされた場所も、完全に失われたわけでは無いのだ。


まだ諦めてはならない。ここで諦めてはならない。


「私は……まだ……終わってない………私にはまだ……やるべき事がある……」


差し込む小さな光に手を伸ばす。今度こそ零れ堕とさない様に護りきれるように――。



ミ…ネ…団…長………ミネ…団長……



すると少しずつ声が、光が強く大きくなるのを少女は感じた。


必死に腕を伸ばし、足をばたつかせ、光の見える先へ上がろうとする少女に、周囲の漆黒の闇が纏わりつく。伸ばした腕に、足に、絡みつき少女を二度と這い上がれない底なしの闇にへ沈めてしまおうと。



アキラメロ、アキラメロ、オマエニデキルコトナドナニモナイ、オマエニナニモスクエナイ



昏い声がどす黒い廃糖蜜のような声が蛇のように少女の全身を絡め捕ろうと覆いかぶさりそうになるのを必死に振り切り少女は光へと目指し昇って行く。



ミネ団長……ミネ団長……起きてください……ミネ団長……



ハッキリとセリナの声が聞こえ、少女――蒼森ミネは確かにそれを掴んだ。その瞬間、細く小さな光が爆発的に大きく広がり周囲とミネに纏わりつく漆黒をすべて消し去った。



「救ぅぅううううううううううう護ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~!!!!!!」






 眩い光に包まれてその光が弾けて消えて目がようやく慣れてきたミネの視界に広がる見知らぬ――しかしおおよそどんな施設が予想の付く天井。

 規則正しく音を刻む電子音と機械の駆動音と嗅ぎ慣れた消毒薬の匂い。視界の隅で僅かにゆれる点滴の輸液バックと管。


「団長!!私がわかりますか!」


 声がする方へゆっくり顔を向ければ、ベッドサイドの桃色の髪の少女が目にいっぱいの涙を浮かべて自分を覗き込んでいる。


「セ…リナ……」


 口元を覆う酸素マスクで声が上手く伝わったか自信はなかったが彼女には届いたようだ。


「は……い……セリナ……です。団長……よかった……本当によかったぁ……」


 ボロボロと涙をこぼし自分に縋りついて泣きじゃくるセリナ。

 そんな彼女を大丈夫よと慰めたくて腕を伸ばそうとしても自由には動かせなくて、辛うじて震える掌をベッドに縋りつく少女の頬にそっと添えるとミネはもう一度天井を見上げ呟く。


「私……生きてる……まだ……やり直せるのね……」









 奇跡の生還を果たした蒼森ミネ。しかしここからが彼女にとって試練と苦痛の日々の始まりだった。


「団長!!頑張ってください!!」


「う……あ……う…う…」


 セリナの声に合わせてミネは手すりにつかまりながらゆっくりと歩く。

 奇蹟的に死の淵から生還したものの身体に受けたダメージは深刻で当初は起き上がる事もままならなかった。それでも一日でも早く現場復帰したいミネは毎日リハビリトレーニングを続けた。

 鉛の様に硬くなった身体に力の上手く入らず震える両足を必死に動かし歩き続ける。


「団長っ!もう少しです!もう少しですよっ!!」


 歩行訓練のレーンの出口でセリナが両腕を広げて待っている。ミネはゆっくりと手摺から手を離し、よろけながらも一歩ずつ歩きセリナの待つレーンの出口に向かい歩く。


「セリナ……あぅっ」


「団長っ!」


 レーンの出口でよろめきそのままセリナへ倒れ込むミネを優しく受け止める。


「ミネ団長、お疲れ様です!今日は10歩も手放しで歩けましたよ!」


「ありがとう……セリナ――っ!?」


 お礼を言いかけたミネが言葉を詰まらせる。やがて身体が強張り震え始める。


「ミネ団長……?」


「う"ぅ"ぅ"う"う"う"う"う"……ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」


 突然ミネが苦しみ始める。玉のような脂汗を浮かべ苦悶の表情を浮かべる。


「団長っ!?しっかりしてくださいっ!!ミネ団長」


「あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"~"~"~"~"」


 身体を仰け反らし、汗と涙をこぼしミネは叫ぶ。


「く"る"し"い"ぃ"ぃ"い"!!く"る"し"い"ぃ"ぃ"ぃ"い"い"!!!あ"つ"い"!あ"う"い"!!さ"む"い"!!さ"む"い"!あ"つ"い"!さ"む"い"!"」


 顔色が真っ赤になったり真っ青になったり苦しみながらのたうち回るミネ。


「団長っ!!団長っ!!耐えてっ!!耐えてくださいっ!!砂糖なんかに負けないでくださいっっ!!」


 震える彼女を抱きしめ必死にミネに呼びかけ続けるセリナ。



 身体の頑丈なキヴォトス人、それも頑丈さに加え回復も早い蒼森ミネにとってハナエの刃や銃創でできた肉体的負傷による痛みよりも砂漠の砂糖による離脱症状の痛みが何倍も凄まじく、ミネの身体と精神を容赦なく痛めつけ蝕んでいく。


 ミネの砂漠の砂糖の離脱症状による発作は日に何度も起きた。その度にどんな時間であろうとセリナはすぐに駆け付け懸命にミネの看病に当たった。


「いやあぁぁぁああ、ひぃぃぃぃぃいいい!!!何かが何かが私の身体にぃぃぃいいい、あ"あ"あ"あ"あ"あ"頭の中這いずり回らないでぇえぇ~~」


「団長っ!団長っ!!何もいません。なにも付いてません。私を見てくださいっ!私を信じてくださいっっ!!」


 例え早朝でも、昼間の授業中の時間帯であろうとも――。夕方、食事やお風呂の時間帯ですら、ミネが発作に襲われ発狂していればセリナは直ぐにでも駆け付けた。


「あまいっ!!あまいっ!!あまいものほしいっ!!!あまいものたべたくないっ!!さとうっ、さとうだしてっ、やだぁっ!!もうさとうやだあぁぁっっ!!!」


 そして何分でも何十分でも何時間かかっても――。ミネが落ち着き、また鎮静剤が投与され薬が効き気絶するかのように眠りにつくまでいつまでも何度でもセリナは付き添い続けた。

 睡眠時間は毎日2時間半ほどになり、こけ始めた頬や目の下の隈を隠すためのコンシーラーの種類と使用量が増え、化粧をする腕には青あざがいくつも浮かぶようになっていても――。






「失礼します。消灯時間になりました。鷲見セリナさん、退出をお願いします」


ミレニアムの看護生徒がミネのベッドサイドに座るセリナを引き剥がそうとする。


「ま、待ってください。今やっとミネ団長、発作が治まったんです。もう少しそばに居させてくださいっっ!!」


「ダメです。蒼森ミネさんは本来なら面会謝絶なんですよ。セリナさんは特別に入室が許されてるだけなのですから、これ以上の譲歩は出来ません」


「そんなっ!!」


「セリナ……彼女達の指示に従いなさい」


「団長っ!」


「セリナ…いつもありがとう。でもここからは私が…私が一人で戦わないといけないから……あなたは早く寝なさい」


「でもっ……」


「他人を救護(救う)まえにまず己の身を救護(護る)事が出来なければ意味がありません。今は彼女らの指示に従い帰りなさい、そして睡眠をしっかりとる事……良いですね?」


「……わ、わかりました」


 抵抗を止め両脇をミレニアムの生徒に抱えられ引き摺られるように病室を出て行くセリナ。

「団長っ!!何かあったらすぐ私を呼んでくださいねっ!私絶対に駆け付けますからっっ!!」そんなセリナの叫び声が廊下に木霊しながら少しずつ遠ざかってゆく。



 やがてセリナの声が聞こえなくなり、看護生徒も出て行き天井の照明も消え、病室は静寂と暗闇に包まれる。


「…………」


 ここから、蒼森ミネにとって一番過酷な時間がやってくる。





ズキンッ!ズキンッ!ズキンッ!


「あっぐぅぅ…」


 まずは激しい耳鳴りと頭痛が脳を揺らし――。



ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!!


「がっっぐっ、うぅっ…」


 心臓が強く圧迫されはち切れそうなくらい脈打ち――



くすくす……くすくすくす……


「―――っ」


 幻聴が、少女の嗤い声が聞こえてくる――。



【ミ~ネ団長っ♪】


 聞きたかった、あの子の声――、



【あーっ、また、狸寝入りしてますね!もうっ、バレバレですよ?】


 認めるな、耳に入れるな――。


【ミネ団長っ!起きてください!こらー!起きろー!】


 意識するな、認めるな、聴くな、見るな、さすれば幻聴は実体を得てしまう――。


【起きないなら、こうだっ!えいっっ!】ギュッッ


「あっぐぅぅぅ……」


 ミネの首に小さな手が……ミネの良く知る手が、あの日、救えなかった、掴むことが出来なかった手が、ミネの首を恐ろしい力で締め上げて行く。


【ほらほら、どうですか?痛いでしょう?苦しいでしょう?早く狸寝入り止めて諦めて目を覚ましたらどうですか?ミネ団長?】


「ぐぅぅぅうううう」


 眼を開くな、認めるな。すべては罠だ。幻だ。首に手などかかってない、錯覚だ。自分を執拗に責め立てる声もすべて砂糖の幻覚が見せる偽物だっっ!!

 ミネは自分に必死に言い聞かせる。


【むぅぅぅ…なんて強情なんでしょうか…。なら仕方ないですね】


メキメキ…ミシミシミシ……


 さらにすさまじい力がミネの首に掛かり始める。呼吸も全くできなくなりミネの首の骨と心臓が悲鳴を上げ始める。


「ぐぅぅう"う"う"う"う"う"う"う"う"う"う"」


【お望み通りミネ団長、あなたを壊してあげますねっ!!おらっ!首の骨の砕ける音を聞きながら死んでいけぇぇぇぇ!!】


メキメキメキメキッッッ!!!


「ぎゃあ"あ"あ"あ"あ"っ"!!かはっっ!!」


 そして、耐え切れず、酸素を求め、ミネは目を開けてしまい――、"ソレ"を認識してしまった。


【あはっ♡やっと私を"見て"くれましたね、ミネ団長っ】


 目の前に広がる揺れる視界に映る一人の少女。

 青みががった藍色のツインテールが揺れ、看護師の意匠の桃色のカーディーガンに羽織ったトリニティの制服に身を包み、患者を、救護者を、仲間の団員を、自分を、励まし癒してくれた、幼さの残る可愛らしい顔を邪悪な昏い笑みで汚し歪めている少女。


「ハ…ハナ……エ……」


 宿主がその姿を認知し、名を呼ぶことによって幻影は一つの個として顕現する――。


【はいっ!あなたが救えなかった、あなたが慢心で砂糖地獄に突き落とされる事になった朝顔ハナエですよっ!!】


 本物の彼女なら言わないしない仕草をしながら砂漠の砂糖の悪魔はミネに微笑むのであった。







【ミネ団長っ♪】


 鼻歌を口ずさみながら、寝ているミネの上にまるでお気に入りのソファーに寝転ぶかのようにくつろぐハナエ。ミネの豊満な胸を枕代わりにして肘をつけてこちらを見下ろしている。


「…………」


【団長、今日も一日無駄な抵抗ご苦労様でした。セリナ先輩にいっぱい迷惑かけて苦しめて情けない姿見せてたのしかったですか?】


「うるさい……」


【もういい加減諦めましょうよ。今のあなたではどうする事も出来ません。諦めてお砂糖、食べましょうっ!!】


「……それは嫌よ」


【もぅ…またそれですか?好き嫌いは良くないですよ?もうあなたは砂漠の砂糖無しでは生きていけないんですから。お砂糖食べましょう?】


「そんなはずはない……私は必ずこの困難を超えて見せるわっ!!」


【また、それですか……。諦めの悪い人ですね~。オリジナルのハナエにも幻覚のハナエ(わたし)にも勝てないよわよわクソザコミネちゃんのくせにっっ!!】


バシンッッ!!


「イギィッ!?!?」


 突然ミネを頬が強く叩かる。いや、傍らから見るとミネが突然自分の腕で自分を頬を殴ったようにしか見えなかった。


【はぁ~、またやらないといけないんですか?仕方ないですね。もう一度上下関係を叩き込んであげますね】


【今のお前は完全に私の支配下にあるの。肉体はもちろん、神秘までね。精神と人格奪われないだけまだ温情だと思いなさい蒼森ミネッッ!!】


バシンッッ!!!


「ぎゃあああっ!?」


 今度は反対側の頬が強く叩かれ、ミネの頭部は数度ベッドの枕の上を跳ねる。


【ホラッ!ホラッ!!早く身体の主導権奪い返して見せてくださいよっ。砂糖の幻覚(わたし)に打ち勝つんじゃないんですかっっ!!ホラッ!!アビドスに堕ちた本物の私(オリジナル)を救うんじゃなかったですかっっ!!ホラッ!!ホラッ!!】


バシッ!ベシッ!バキッ!ボキッ!!


「うぎぃっ!?ぎゃああっ!!ぐぅひっっ!!がはっっ!!」


【あはは!ムリ!ムリ!ムリ!ムリ!団長は誰も救えない!誰も助けられない!弱くて壊す事と取りこぼす事しか出来ない!!仲間も学校も救護騎士団(大切な居場所)も、全部全部全部ぜ~んっぶ、団長が壊したんですよ?お前が壊したんだよっっ!!もうお前に出来るのは砂糖に溺れ沈んでゆくのみっっ!!もう堕ちてしまえっっ】


 何度も何度も激しい衝撃がミネの身体を襲い彼女の身体がベッドの上で撥ねる。


【きゃはははははは~~、えいっ!えいっ!えいっ!……あれ?】


 ミネを甚振っていた幻覚ハナエは違和感を感じる。急に手応えが無くなったからだ。まるで乱暴に踊らせていた操り人形の糸が切れてしまった感覚で―――。


「ぐすっ、ひくん、ううっ…もう、やだぁ…もうやだ…ゆるして…ゆるしてぇぇぇぇ…」


 眼下には幼子のように泣きじゃくる小さな少女が居た。抵抗し続けていたミネの心が遂に折れた瞬間だった。僅かに漂ってくるアンモニア臭に敷布団の下、両足の付け根辺りはもう大洪水になっているんだろうと笑みを深めると、そっとベッドから降りてミネの耳元で優しく囁く。


【えへへ…虐めすぎちゃったみたいですね。ごめんなさいミネ団長。でも言う事聞かない団長が悪いんですからね】


「ぐすっ…うううう……」


【ふふ、じゃあ、私と一緒にお砂糖食べに行きましょう?】


 そっとミネの手を取る。僅かに見せる抵抗の素振り。


「お砂糖ここには無いから……」


【団長のう♡そ♡つ♡き♡】


ベチョ…ねろぉぉおお~~~あむっ。


「ひいぃぃっ♡」


 ミネの綺麗なエルフ耳を舌でねっとりたっぷり舐め回した後、耳朶を軽く甘噛みすると少女の身体がハネる。


【嘘は良くないですよ団長♡知ってるくせに……セミナーが純正糖100Kg押収品として持ってる事も……どこのどの場所へ隠してるか、そこへ行くにはどの通路を通れば良いのか、セキュリティの外し方、全部、ぜ~んぶ知ってるくせに嘘つくんだ♡悪い人ですねミネ団長♡】


「…………」



 そう、ミネは知っている。砂漠の砂糖とは全く無縁のはずのミレニアム、そのセミナーがアビドス純正糖25kg入り袋を4つ、計100kgを押収品保管倉庫へ隠し持ってる事を。

 一度、セミナーの取り調べで現物をミネは見せられたことをはっきりと覚えていた。

 あの時、100kgもの高純度の純正糖の山を前に立たされた時、蒼森ミネの身体を襲った衝撃は計り知れないものだった。パレットに積まれ、特殊なフィルムで厳重に分厚く梱包されているはずなのに、気が狂いそうになるくらい濃厚な甘い香りがしたのだった。

 気が付けば血走った眼を剥き出し、大量の涎を垂らしながら砂糖の山へと飛び掛かろうと衝動に襲われたほどだった。


"ミネ団長…!"


 だが、実際ミネは行動には移さなかった。今にも飛び出さんと言わんばかりの彼女の身体、その腕を強く握るセリナの手の感触が、温もりが、ミネをギリギリで押し留めたのだった。



 しかし、今は違う。ここにはあの時自分を止めてくれたセリナは居ない。


【ふふ、団長ったら、思い出してくれたんですね。涎なんて垂らしちゃって情けないですね♡】


 ハナエの小さな舌ががミネの口端から流れ出る涎を何度も丁寧に往復し蛇のように這わせながらなめとり、最後に唇同士を重ね合わせる。


【口づけ完了♡じゃぁ、私と一緒にお散歩いきましょう?お砂糖食べに……♡】


 幻覚ハナエがミネの手を掴むと、ゆっくりミネの身体が起き上がり、そのままベッドから降りる。大きな染みが出来、水音をポタポタさせながらミネはゆっくりと歩き始める。


【団長、大丈夫ですよ。団長は悪くない。砂糖の禁断症状に負けちゃうのは普通の事なんです】


「砂糖……食べるの……悪くない……」


【団長はもう何も考えなくて良いんです。私にすべてを委ねてください】


「ハナエに…すべて……ゆだねる……」


【はい!すべて私におまかせください。団長はもう楽しい事だけ考えれば良いんです】


「楽しい事だけ……」


【次、目を覚ませばアビドスです。アビドスでオリジナル(ハナエ)と幸せに溶けあってしまいましょう】


 幻覚ハナエに操られたミネを手が病室のドアに掛かりゆっくりとドアが開く。


【ふふ、ここからは私に全て委ねてくださいね。ミネ団長――】



----------------------------------------------------------------------------------------------


・幻覚ハナエに身も心もすべてゆだねる →BADEND



・???「ミネ団長っっ!!」 →本編ルート続行



-----------------------------------------------------------------------------------------------



「ミネ団長っっ!!」


 幻覚ハナエに全てを委ねようと意識を手放す瞬間だった。その声が聞こえてきたのは。


 揺蕩う溶けかけのミネの自意識が一気に覚醒して、景色が回り揺れ戻る。



 気が付けばミネはベッドから抜けたし病室のドアを開け、廊下に一歩踏み出そうとしていた。

 しかしその一歩はついぞ病室の外、廊下へと付く事はなかった。

 鷲見セリナがミネの行く先を塞ぐように立ちはだかっていたのだった。


「セ……リ……ナ……」


「だ、団長……こんな真夜中に一体どこへ向かうおつもりなんですか……?



-------------------------------------------------------------------------------------


・幻覚ハナエ「団長今ですっっ!!セリナ先輩殺しちゃいましょう!!」→BADEND



・幻覚ハナエ「げぇ!?セリナ先輩っ!?(ジャーンジャーンジャーン)」→本編続行ルート


------------------------------------------------------------------------------------



【げぇっ、セリナ先輩っ!?】


 幻覚ハナエの嫌そうな声が聞こえた瞬間、ミネの身体に一瞬の隙が出来た。その隙にミネはセリナへとしがみ付く。


「セリナっ!!セリナぁぁあああああああ」


 彼女に抱き着き泣きじゃくるミネ。セリナは今何が起きてるのか一瞬で理解する。


「団長、またあの子がっ!あの砂糖の悪魔が現れたんですね!」


 そう言うとセリナはミネを護るように抱きかかえると、


「砂糖の悪魔っっ!!今すぐ団長から離れてよっっ!!私達の大切なハナエちゃんの姿と声と思いを汚すなぁぁあああああああ!!!」


 そう言うと病室内に向けて愛銃をフルバースト射撃を始める。


「消えてよっ!!早く消えてよおっ!!!」


 マガジン撃ち尽くせばすぐにリロードして再び連射するセリナ。


【あははははは、そんなんで私に効く事も当たる事も無いのに、セリナ先輩のまぬけぇ~~あはははは】


 もちろん幻覚ハナエの姿はセリナには見えないし、銃を撃っても当たらない。それでもセリナは叫びながら銃を撃ち続ける。



【あ~あ、いっぱい笑ったら疲れちゃいました。ミネ団長の肉体とのリンクも切れちゃいましたし、今日は帰りますね~団長、セリナ先輩またね~ばいばい~~】


 そういってふわりと浮き上がった幻覚ハナエの姿は闇夜に溶けて見えなくなったのであった。








 騒動を聞きつけて大勢のミレニアムの生徒が駆けつけてきた。

 咄嗟に「錯乱してセリナから銃を奪い乱射したのは私です」と嘘ついたミネは鎮静剤を打たれ拘束衣を着せられベッドに縛られて深い眠りへと付いた。


 セリナは無理を言って夜明けまでミネの傍で看病をすることにした。


「ミネ団長……」


 疲れ果てた表情で眠るミネの寝顔をセリナは見つめ続けていた。



 鷲見セリナにとって、蒼森ミネとは目指すべき目標の人で今は手の届かない遥か上の世界の人だった。


 どんな屈強にも折れず諦めず、泣き言どころか涙一つ見せない鉄人のような人。


 救護騎士団をヨハネ派を率いる強いトリニティの守護神的な存在。


 それがセリナの知るミネの姿だった。



 あの夜、あの憎き砂漠の魔女の毒牙に掛かったハナエにミネが倒されるまでは――。



 ミレニアムに落ち延びてミネ団長が目を覚ました時。またあの日々が戻って来るそう漠然と考えていた。


 しかし、実際はそうではなかった。ミネは想像以上にボロボロになっていたのだった。


 トリニティで砂糖の禁断症状に苦しむミネの姿にかつての鉄人・守護神の面影はどこにもなかった。


 ただただか弱いトリニティの少女が一人居ただけであった。


ある時だったと思う、いつものように砂糖の発作を起こしているミネの看病をしていた時だった。


「セリナ……ごめんなさい……こんな情けない姿ばかり見せてしまって。幻滅したでしょう。失望したでしょう?私は……団長…いえ守護騎士団失格ね」


 ミネ団長がそんな弱音を吐いた事があった。その時は咄嗟に『違います、そんな事は考えすらしていません。団長は今でも私達の団長です』と言った記憶がセリナにはあった。


 少し白々しさがあったせいかミネには社交辞令のお世辞と聞こえてしまったか寂しそうに微笑むだけだったのだが――。


(今は違います。はっきりと言えます。団長は今でも尊敬できる私達の団長です。でも――、もうただ縋るだけではありません)


 セリナはハッキリと意識する。気づかされてしまったのだ。鉄人・守護神のこの少女も一つ心の鎧を取り去ってしまえば、自分とたった1歳しか違わない小さなか弱い少女であることに。




-------------------------------------------------------------------------------------------------


・ミネ団長……かわいいっ♡♡♡ →母性本能開花バブみルート


・アオモリミネヲワタシダケノモノニシタイ →ヤンデレ黒セリナルート


・私が団長を御守りしなければっっ!! →守護騎士セリナ誕生(本編続行)ルートへ


-------------------------------------------------------------------------------------------------



(私が団長を御守りしかければっっ!!)


 セリナの中に熱い闘志が宿り炎をあげる。


 今まではずっとミネ団長の後ろで隠れてばかりだった自分。



 もうそんな弱い自分には別れを告げ捨てなければならない。


 今回の事件も自分が強くてミネ団長の足を引っ張らなければ護る事はできなくともせめて横に立てるだけの力があれば防げたはずだった。


「団長、ハナエちゃん。見ててね、私変わるから……もっともっと強くなってみんなの傷をいやすだけでは無くてみんなを護れるようになるから――」


 ぎゅっと強く握った拳、その手には「戦闘職(ストライカー)生徒向け集中強化軍事教練合宿、申込書」が強く握られているのであった。



(おわり)


Report Page