第二話 「甘い茶会」 (後編)
概念不法投棄の人※アドビス砂漠の砂糖本スレまとめのリンクから来られた方へ
2023/12/29 に物語の構成を変更したためにサブタイトルが一部改変されています。
この物語の旧タイトルは『幕間 -甘い茶会- (後編)』で合っています。
ブルブルブル、ブルブルブル
夜中に通信端末の聞き慣れない振動パターンのバイブレーター音でふと目が覚めます。
眠い目をこすりながら端末の画面を立ち上げると見慣れないアプリの新着通知が表示されてました。
「SMS……なんでしょうか?」
SMS、ショートメッセージサービス。モバイル端末の初期の頃に使われた電話番号に短くシンプルなメッセージ文を届けるサービス。通常メールやモモトークが発達し、今やだれも使ってない化石レベルの何故未だに残ってるか不思議なサービス。それが新着メッセージがある事を示してました。
端末購入後一度も使うことが無かったそれは一度起動しようとすればアプリの読み込みに時間が掛かり、何度も利用契約書承諾画面と無数のアップデート画面の往復作業になります。面倒なので無視するべきなのでしょうが、その時の私には出来ませんでした。
端末に表示された発信者名『歌住サクラコ』を見てしまったからには――。
(何かあったのでしょうか?)
モモトークでもなく、電話でもなく、メールですらない。誰もが存在すら忘れてそうな古のツールで発信して来たサクラコさん。そうしないといけない理由が事態に巻き込まれたのではと不安が募ります。
気が遠くなそうなアップデート作業と利用契約承諾証を全文スクロールと承諾ボタンの連打作業が終わった後、ようやく開けたアプリ画面には
『砂漠の魔女』
と書かれてるだけでした。
「……??」
何度も首をかしげてしまう。これは一体なんでしょうか?何度頭を捻ってみても言葉が意図するものに辿り着けそうにありません。
(明日、サクラコさんに聞きましょう)
明日、確か午前中はサクラコさんは中央教会へ司祭様との会合に出席して学園には居ない予定、午後のティーパーティーの定例会には出席するとの事で何時もの通り控え室で落ち合いましょう。
そう思い私は再び就寝することにしました。胸の奥に出来た僅かな違和感に見てみないふりをして――。
「………おかしいですね」
ティーパーティーの控え室。会合の15分前になってもサクラコさんは現れませんでした。まだ学園に戻っていない?いいえ、シスターフッドに連絡すれば1時間半前には学園に戻り、1時間ほど前にティーパーティーの会合に出ると言って聖堂を発ったと聞いている。学園内で何かトラブルに巻き込まれた可能性もほぼ無いはず。
「――!!」
強烈な既視感を感じた瞬間、私は控え室を飛び出し、ティーパーティーのテラスへと駆け出していました。
(そんな…!そんな事があるはずなんて……)
最悪の展開を思い浮かべ、全速力で長い廊下を駆け抜け階段を2段3段飛ばしで上がっていきます。
バァァァン!!
「サクラコさんっっ!!」
甘い香りが僅かに漏れる大きなドアを蹴り破るように開けるとテラスへと飛び込み、その目の前に広がる光景に思わず眩暈がしてしまいました。
かつてないほどの濃厚な甘い香りが充満するテラス。毒々しいほどのカラフルな茶菓子と山盛りの角砂糖が入った陶器、濃厚な香りを纏い廃糖蜜のような瞳を向ける"4人"の生徒。その中に――。
「うふふ、どうされたんですかミネ団長。そんなに慌ててまだ定例会は始まっていませんよ?」
「サ、サクラコさん……」
そこには修道服から甘い香りを漂わせ、廃糖蜜のような瞳と視線を向けるサクラコさんがいたのです。
「……ミネさん。いくら何でも失礼ではないですか?ここがどういう場所かご存じでしょう?」
ナギサ様が私の無礼を咎めてきます。普段でしたらここで引き下がるのですがそう言うわけにはいきません。
「サクラコさん!!どうしたんですか?こんなところでお茶してる場合ではないですよ!!お願いです!!目を覚ましてください!!」
サクラコさんの両肩を掴み必死に揺さぶります。サクラコさんはこんなことする人ではないはずです。
「どうされたんですか?ミネ団長。少し様子が変ですよ……?」
困惑そうな声を上げるハスミさん。私は思わずハスミさんにも詰め寄ります。
「様子が変?何を言ってるんですか?様子がおかしいのは貴方たちの方なんですよハスミさん!!一体どうしたんですか!?何があったんですか!!ナギサ様やセイア様もそうです、こんな時に何やってるんですか!!今、トリニティはかつてない未曾有の危機に瀕してるんです。こんな砂糖漬けの甘ったるいだけの茶会など――」
ガシャン!!!
ティーカップが砕ける音が聞こえその方向を見るとセイア様がカップを叩きつけて砕いたところが目に入りました。テーブルに広がる紅茶の染みにも気を止めず俯いたまま肩を震わせています。
「ミネ……君は今、何と言った?……この神聖な場所を………ティーパーティーを"甘ったるいだけのお茶会”と言ったのか?」
「ええ、そうです、セイア様。貴方もどこかおかしいですよ?いったいどうしたんですか」
「……謝罪と発言の撤回を要求する。謝れ、蒼森ミネ」
「断固拒否します」
「謝れっっ!!零落れヨハネの小娘ごときがっ!!どこまでこのティーパーティーを愚弄するつもりだ!!」
セイア様が見た事も無い様な形相と怒鳴り声を上げて愛銃を取り出し私に突き付けます。こんな事、普段のセイア様なら絶対にしない。信じれないほどの圧を受けながら私も愛銃を抜こうとして――。
「ミネ団長、謝ってください」
私の後頭部へ銃を突き付けてくるサクラコさん。気が付けば、ナギサ様もハスミさんも私以外この場の全員が愛銃を構え私へと銃口を向けてていました。
「ミネさん。私達は事を荒立てたくはありません。どうか一言謝罪を。それが出来ないのでしたら――」
救護騎士団、解体(ツブ)してしまいましょうか?
「なっ――」
ナギサ様からの恐ろしい提案が響きます。
「そうだ、それが良いな。ミネが謝らないなら救護騎士団、潰すか。我々ティーパーティーの力をもってすれば容易い、邪魔なヨハネ派どもの掃除にもなる。良い提案だなナギサ」
先程の形相から一転、残酷な名案を思いつき、無邪気て無垢な幼子のような笑顔を浮かべるセイア様。
「それは良いですね。近頃の救護騎士団員は以前よりも連携が上手く取れず我々の邪魔や足手まといにしかなってませんでしたから、もう要らないですし今すぐにでも潰しましょう救護騎士団。ああ、残った団員たちは我々正義実現員会が引き取りますからご安心を。訓練時の動く的や肉壁として活用しますので」
楽しそうな顔で恐ろしく残酷な宣言をするハスミさん。
「応急処置や救護処置でしたら我々シスターフッドも十分心得てます。重傷者は学外の医療機関が潤沢にあり搬送手続きも整い直ぐに出来ます。もう救護騎士団は必要ないですね。潰して団員たちは私達が引き取り見習いシスターとして奉仕活動へ励んでもらいましょう。その方がトリニティの為になりますね」
サクラコさんまで楽しそうに提案をしてきます。そんな……そんな……。
「ま、待ってください。あの子たちは、救護騎士団には手を出さないでくださいっ!!そもそも私の発言とは関係ないではないですかっ!!」
「関係大ありだよミネ。今君はここに救護騎士団団長としているんだろ?先程の発言も救護騎士団団長としての発言であり組織の公式見解でもあると見なされる。なら救護騎士団自体に罰が下ってもおかしい事は何もない。さぁ、キミの大切な場所を失いたくなら謝罪を……」
セイア様が再び私を睨んできます。
「謝ってくださいミネさん」「謝罪しましょうミネ団長」「謝罪をミネ団長」「謝りましょう」「謝って」「謝れ」「謝ってよ」「謝れ!!!」「セイア様に謝れ!!」
私は………。
「大丈夫です、ミネ団長。ここの皆さんは少々気が立っているだけです。本当に救護騎士団を潰したいなんて思って思ってませんよ。だから落ち着いて、冷静になって――」
私に銃を突きつけたままサクラコさんが囁いてきます。
「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」
「ごめんなさいと、一言だけで良いんです。素直になって言いましょう♡ 楽になれますよ♡」
サクラコさんの囁き声が耳に入った瞬間、ポキンと何かが折れる音が聞こえた気がしました。ストンと身体の力が抜けて床にへたり込みそのまま自然の流れで上半身を前に倒し、頭を床へ着けます。
「大変……申し訳……ございません……でした……。発言の……撤回と謝罪を………」
震える声で言葉を漏らします。私はどうなっても構いません。どうか、騎士団の皆だけは……。
額に伝わる床の冷たさに悔し涙を浮かべるていると、ふっと、急に空気が軽くなったような気がします。
「ふふっ」「うふふ」「ぷぷっ、くすくす」「うふふふふ……」「あははははははは~~」
突然笑い声が響き合い、思わず顔を上げます。そこにはいつもの普通の顔の皆が居ました。
「セイアさん、笑い過ぎですよ……」
ナギサ様が困ったように注意をして、
「あはははは…ゲホッゲホッ……いやぁ~すまないすまない。いつものミネならとことん反発するからちょっと気合入れたら加減を間違えてしまったようだ」
セイア様が申し訳なさそうな顔をしていています。
「私もつい言い過ぎてしまいました。以前のクリスマスの時の騒動を思い出してついムキになり、心にもないことを言ってしまいました。連携不調は我々正実側に非があります。どうか謝罪と訂正をさせてください」
深々とハスミさんが頭を下げてきます。
「私も言い過ぎました、謝罪と訂正をします。我々シスターフッドもまたまだ救護騎士団の皆さんの手助けとご教示が必要です。どうか……」
サクラコさんも謝ってきます。あの恐ろしいほどの甘ったるい空気も今は鳴りを潜めていて……。
「わ……私としたことがっ!!」
急に何か恥ずかしくなって慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩し尻もちをついてへたり込んでしまいました。
「ハスミ、サクラコ。ミネは腰が抜けてしまったようだ。椅子に座らせてあげなさい」
セイア様が声を掛けるとハスミさんとサクラコさんがそれぞれ私の両肩を持ち、身体を支えるとずるずると後ろへと引っ張っていきます。そのままテーブルを少し周ると空いている椅子へと私を座らせました。
「あの……これは……一体……?」
目の前にはお茶会セットが展開され中央には空のティーカップが置かれていました。
チリン、チリン。
ナギサ様がベルを鳴らすと給仕役のティーパーティーの生徒がティーポットを持って現れ私の目の前のカップへと紅茶を注ぎます。茶葉の良い香りが届いたところで角砂糖を3つ入れて行きます。「砂糖は要りません」と言おうとしましたが優雅にかき混ぜ踊るスプーンで舞い上がる砂糖の"甘い香り"がすると声が出なくなってしまいました。
「さぁ、折角だ。仲直りの印に飛び込みで"ミネの歓迎会"をしよう。私達の結束をより強くし、トリニティを支えよう」
セイア様が高らかに宣言します。
「良いですわね」「賛成です」「ミネ団長も私達の真の仲間になってくださるのですね」
ナギサ様達がそう言うと、何だかこのお茶を飲まないといけない気がしてきました。何もない普通の紅茶に、砂糖。どうして距離を取ろうとしていたのか分からなくなってきました。
「ミネ、百鬼夜行にはお互いに同じ飲み物を分け合って飲み、仲間の結束を誓い合う「盃を交わす」と言うとても興味深い風習がある。我々の茶会文化とどこか似ていて素晴らしいと思わないかい」
「そう……ですね」
「君の誠意が見たいんだ……。さぁ、一気に飲み干してくれたまえ」
セイア様がギラギラと光る瞳で私を見つめてきます。視線を移せばナギサ様が微笑みながら口につけたティーカップを傾けています。
「ミネ団長、私達の結束を示しましょう」
サクラコさんが同じようにティーカップを持ち軽く掲げます。
再び視線を戻せば目の前には湯気と共に甘い香りが心をくすぐる一杯の紅茶。気が付けば左手はソーサーを右手はカップを持っていました。
ゆっくりと口に近づけて行くたびに増々濃厚な香りが私の心を染めて行きます。これを飲めば私は解放される。嫌な事も辛いことも、皆と笑い合い、楽しく……。
4人のきらきらとした瞳が私を見つめていました。初めてステージ上がるのを見られてるような気がして恥ずかしくて一気に飲み干そうとして――。
ズトォォォォォオンン!!!!!
突然お腹に響く衝撃音、数回明暗を繰り返す部屋の照明、僅かに揺れ伝わる振動。
私は思わず口に着けかけたカップを戻します。何かに覆われていた視界が消えて、周りが見えて
「――!!!!」
"強烈で濃厚な甘い香り"が流れ込んで一気に目が覚めました。
「大変です!!緊急事態でございます!!」
連絡役のティーパーティーの生徒が飛び込んできました。
「何事ですか!?今は大事な時なんですよっ!!」
ナギサ様が声を荒げます。一瞬怯むも、連絡役の生徒は報告を続けます。
「トリニティ学園西側外郭で暴動が発生。暴徒の一部は自動車積載式中型ロケット弾を所持している模様。先程一発発射し、学園敷地内変電施設付近に命中しました。ここも危険です、皆さま至急避難してください」
立て続けに携帯端末の緊急事態を知らせるアラームが鳴り響きます。私とハスミさんの分です。私は勢いよく席を立ちあがりました。
「……申し訳ありません。蒼森ミネ、救護騎士団を率いて出動してまいります!!ハスミさん行きましょう」
「あっ、……ええそうですね。参りましょうか」
少し名残惜しそうにゆっくりと準備を始めるハスミさん
「ミネさん。出発前にせめて一杯だけでも飲んで行きませんか?甘くて暖かいこの紅茶を飲めば救護活動の支えになりますよ?」
恐る恐ると言った感じでナギサ様が紅茶を勧めてきます。その甘い香りに思わすティーカップに指を通し掛け――。
「フンッ!!」
ドコンッ!!
私はそのまま思いっ切りテーブルへ頭突きをします。頭に再びかかろうとしていた靄は完全に振り払われました。私の指から抜け落ち、ソーサーの上で横倒しになったティーカップから溢れた紅茶が染みを作り広げていきます。その大きな染みが放ち私を再び捕らえようとする濃厚な甘い香りを振り切ると私は駆けだしテラスの淵から翼を広げて大空へと舞い上がっていきました。
「うわわわわっ!??」
「おやか、セ、セリナ先輩っ!!!空からミネ団長が降ってきましたっ!!」
ティーパーティーのテラスから飛び立ち、勢いと着地の衝撃を和らげるため暫く滑空したあと、地面に着地します。目の前にはセリナとハナエが居ました。
「二人ともここで何をしているのです?」
救護騎士団の詰所から事件現場だとここに来ると遠回りになるはずなんですが……。
「あの、えっと……ミネ団長を探してました……」
申し訳なさそうにハナエが答えます。
「私を?」
「はい、ミネ団長のお姿が見えなくて、連絡も取れなくて……そのあの……」
何か嫌な予感がしたんです。そうハナエが消え入りそうな声で呟きました。
「ハナエちゃんがとてもとても不安そうにしててそうしたら私も何だか心配になって……先輩達に聞いたらティーパーティーの会合に出てるって聞いて、それで来たんです」
「ミネ団長がご無事でよかったですぅ~~」
ハナエが抱き着いてきます。どうやら知らない間に彼女達に心配かけてしまったようですね。
「二人とも、早く向かいましょう。本当なら現場へ直行するのが基本と教えたはずです。私を探していたとはいえ、救護活動を怠るのは良くありませんね」
私が語気を少し強めると二人はびくりっと肩を震わせます。
「ですが……今回は不問にしますね」
そう言うと私は二人を強く抱きしめます。二人の匂い、身体を通して伝わってくる鼓動。彼女たちの熱が未だ私を取りつこうと近づいてくるあの悪魔の匂いを振り払ってくれるようでとても心強く感じました。
ふと後ろを振り返ります。心なしかティーパーティーの建物は薄く暗雲に包まれているようにも感じます。
(もう、あの場所に行く必要はありませんね)
伏魔殿と化したティーパーティ、ハスミさんもサクラコさんも飲み込まれてしまった。既に動きの怪しい正実、シスターフッドも近いうちに瓦解していくと思います。二人を救う事の出来なかった後悔を胸に、せめて自分のこの大切な場所はどんなことがあっても守ろうと誓います。
(この学園ではもう誰にも頼れない。もう誰も信じられない。私が、私一人で救護騎士団を守らなければ……)
学園がこの先どうなるかもはや不透明な状態です。しかし、ここで下手に他人を頼り隙を見せればあの悪魔は必ずやってきます。
学園全ては守れなくてもせめて救護騎士団の仲間達だけでも守れればまだ救いのチャンスはあるはず。
(守りを固めて、あの悪魔に近づく隙を一瞬でも見せるなミネ。そうすれば勝機は必ず来る)
幸い、まだ救護騎士団内にはあの悪魔に見初められてしまった哀れな団員はいません。ならかならず守り抜け勝てるはずです。
「あ、あの~ミネ団長……?」
ふと見ればセリナが不思議そうに私を見上げていました。ハナエが嬉しそうに私に抱き着いたままです。
「ご、ゴホン!!とくかく急ぎましょう!!!救護騎士団出動です!!」
「「はいっ!!」」
二人を急かして私達は走り出しました。一刻も早くあの伏魔殿からより遠くへ離れるように――。
(おわり)