『幕末ゲッターチェンジ異聞録 松島心中』
傷を引きずり、夜の街を駆ける、
時代は変われども街の形は様変わりもせず人を受け入れる。
それが、今はどれだけ……
「……アサシン、だい……じょう……」
「静かに、舌を噛みますよ」
サーヴァントである私は傷などを抱えようが問題はない。
しかし、主は別だ。
連戦によって血を流し過ぎた。
人斬りと呼ばれる私が人を守るために……
いや、足を引きずるとはとんだ皮肉だ。
「それで、鬼ごっこは終わりですか……」
「ッ‼」
影を切り払うように飛びずさる。
なぜ?いつのまに?どこから?
歯を噛みしめ、刀に触れる。
「───セイバー、ここで死ぬるか?」
「死ぬのは、貴女ですよアサシン」
飄々と言ってのける見たこともない髪の赤い男……
誰かなども分からぬが、状況が悪い。
悪すぎる。
アーチャーとライダーを切り抜け、ほうほうの体だというのに、
いや、この時を狙っていたのか……ッ!
ギリと歯噛みする。
ちらと背負った主を見やると、息も絶え絶えという様子だ。
このままでは、長くない……‼
すらと伸びた刀の光が路地の闇を裂く。
じり、と距離を置く。
しかし、その考えも見通しているかのようにセイバーは距離を詰める。
一閃、切り抜かれた逆袈裟に、確かに見覚えがあった。
「これを避けますか、やはり使い慣れたモノでなければいけませんね」
「笑わする……ッ‼」
確かに、見覚えがあるだろう。
確かに、知っている。
当然だ、それは。
その技は……
──────私の技だ。
「なぜだ……」
疑問が頭を巡る前に、言葉になって口から出ていた。
なぜ、なぜ、なぜ、
「知れたこと……」
当然のように、目の前の“私/河上彦斎”は疑問を切り捨てるように答える。
「貴女が望んだことでしょう?」
……
…………
「は?」
漏れた言葉に気付くこともなかった。
私が……望んだ?
「疑問に思いませんでしたか、あなたが戦った五騎のサーヴァント。そのどれもが“刀”を持っていたこと」
「通常であれば剣を持つのはセイバーのみでしょう、でなければクラスという器なぞに意味はありません」
「しかし、現実は“そうではなかった”」
「アーチャーもライダーも、キャスターでさえも刀を持っていた」
「いまなら、その意味が分かるでしょう?」
……この戦いは、私の望みから始まった。
私が武芸者と戦いたいという願いを持ったから?
それ故に、英霊たちのその身を歪ませた……?
「なん……「理由など“願った”それだけで十分ではないですか?」
言葉を遮るように答えを渡す。
思考さえも自分のものでなくなった気さえした。
……思考の中で過る。
「聖杯……‼」
「そのとおり」
感情の揺れない瞳でセイバーは真っすぐとコチラを見つめてくる。
「貴女が聖杯を手にした。そして、武芸を練達させる場としてこの場所を選んだ。けれど、願った貴女自身が記憶を失っているとは予想外でした……ですが」
底冷えする言葉とともに刀が眼に映る。
「ならば、私が引き継ぎましょう。アサシンたる貴女/河上彦斎ではなくセイバーである私/河上彦斎が。剣の腕を競うならば、そのほうがよろしいでしょう?」
「減らず口ば喋るならそん口ば縫い付けてやろうか……‼」
刀に手を触れる。
主を背に乗せ、どれだけやれるか……
いや、やれるかじゃない。
この事態を引き起こしたのなら、やるしかないのだ。
鍔に指を乗せ……
抜こうとした瞬間だった。
風が、揺れた。
セイバーの目線がズレた。
ならば……‼
「……逃げられましたか。して、何用です?ランサー」
「なぁに、アサシンとそのマスターにはちょっとした借りがあってな。すまんが、その首貰い受ける」
「主を失くした者になにができると?」
「さてな、出来て御首級を主に手向けることぐらいだろうさ」
鋼がぶつかる音。
永劫ともとれるほどの刹那。
「できるとでも?ランサー」
「やらいでか」
_________
走る、走る、走る。
既に追われているという意識すらなく、
ただ、背負った命が冷たくなっていく。
それだけが恐怖だった。
「見えた……‼」
活動の拠点としていた宿、遊郭として使われていたソレは、穢れを祓い結界として機能する。
扉を開き、主を寝かせる。
呼吸の音が遠い。
掠れるような息に崩れ落ちそうな手を伸ばして、
ただ……言った。
“令呪を以て命ずる……”
身体の傷が癒える。
主のではなく私の……サーヴァントの肉体が。
なるほど、私の主は自分の身すら鑑みれないほどの大間抜けだったらしい。
しかも、主すら守れないサーヴァントに……
────勝ってなどと。
「せからしか」
それが、つい言葉に出た。
「らしくありませんでしたね……あーだこーだみっともない。人斬りであるならば、らしくありましょう」
「であれば?どうすると」
幽鬼のように影が伸びてくる。
扉の傍には返り血を浴びたセイバーが立っていた。
「ぬしん首ば貰い受くる」
刀は夜闇に紛れた。
首に向けた一閃。
寸での所で躱される、返す刀で一刀。
切り結ぶ。
剣ヶ峰などとうに踏み越えた。
ならば、ここで死ね。
一振り、二振り、
刀を振る度にチリと火花が舞う。
力で押され旗色が悪い。
傷も深く、一歩ごとに血が吹きすさぶ。
「剣士に剣で勝てると思ったのですか?」
「……」
変わらず首を狙う。
しかし、当然のようにはじき返される。
刀のように血は床へと軌跡を描く。
「一刀にて仕留めきれなかったのが貴女の決着です。貴女は私を殺せない」
セイバーの言葉が終わる前に息を吐ききり距離を詰める。
刀は滑るように“横”を通り抜けた。
振るわれるは襖。
するりと通り抜けた刀の光を反射するように、鏡は煌めく。
「……‼」
セイバーは思ってもいなかったのか鏡に釘付けになる。
いやさ、それも仕方あるまいさ。
自らの体を見てしまったのだから。
ずっと違和感があった、
このセイバーは本当に“河上彦斎”なのかと。
人が造りし無辜なる英雄。
しかし、それにしては余りにも“弱すぎる”
力がではない、そもそもの存在の強度が脆い。
でなければ、アサシンである私に成り代わる必要性などなかったはずだ。
ならばなぜ、そんなモノが存在し得たか。
分かっている。
私が望んだからだ。
“剣士として身を立てる男の私”を……
しかし、存在保証を他人の手によって成されているが故に気付かなかった。
己が身が崩れかけていることに。
セイバーは目を逸らし、コチラを見やる。
だが、戦場で逃げがどのような結果を生むのか……
剣士であるオマエは知っているだろう?
目線をセイバーから逸らし、後ろにやる。
音が鳴る。
視線が……外れた。
跳ねるように懐に飛び込めば、
セイバーは思わぬ不意にたたらを踏む。
「あとじさったな?」
「くッ!?」
刀が私を捉えようとするが……
遅い。
納刀からの抜刀術。
これだけは誰であっても譲らない。
それが例え、ありえべからざる自分であったとしても。
「忘れたと?うちがアサシンやちゅうことば」
逆袈裟からの一閃。
故にこそ、斬られた者は倒れ伏す。
肉体を傷つけるのではなく、その中身を傷つけるのだから。
器を傷つければ中身が漏れ出すのは道理だろう。
杯の力に満たされているなら当然……
「ガッ……‼グウウッ……‼」
セイバーの肉体は粒子となってほどけていく。
残された血液すらも蒸発するように消えていく。
それでも床に残る血液は私のものだろうか。
しかし、それすらも消えていく。
あぁ、もう時間か……
「……‼なぜ、なぜだ‼なぜ、私を望んだのだろう‼剣士でありたかったのだろう、
生み出しておいて……‼」
「…………勘違いしとったんや、夢物語ん中におると。ばってん夢じゃなか、現実たい。こっが現実」
「なにを……‼」
剣士の河上彦斎なんてどこにもいない。
それなのに夢に見てしまった。
それこそがこの悪夢の始まり。
ならば起きなければ嘘だろう?
“河上彦斎”は刀へと手を伸ばす。
そうだろう、この程度で諦めきれるなら夢など存在しない。
これも身から出た錆、死ぬまで共にいてやろう。
ふと、口角が上がっていることに気付いた。
『アサシンは凄い剣士なんだね』
主の言葉を思い出す。
子供のように目を輝かせた無垢な言葉。
そんな言葉を、ふと思い出す。
あぁ、そうか。
もう叶っていたんだな。
子供の時に憧れた剣士の夢は。
笑みが零れる。
どうやらどこまでも未練たらしいらしい。
なら、その未練がましさと引き換えに、主よ、一つ我儘を言わせて欲しい。
せめて、貴方の心の中で一人の剣士がいたことをどうか忘れないで下さい。
それだけで……私は……
……
…………
……………………