常識も流されて
「……!」
窓の外が一瞬光ったかと思えば、大きな音が響いた。
しばらく経ち雷鳴が収まると、雨音がし始めた。雨音はすぐに強くなり、窓を叩くような音になった。更に、強風で窓がガタガタと音を立てだした。
「……雨…」
こんな日は、彼女を迎えに行かなければ。例え、今日のトレーニングが休みであっても。
自由奔放である事は否定しないし、それが彼女の魅力である事も認めるが、雨の日に傘も差さず散歩するのは体調に影響が出かねないので控えてほしい。彼女は抑圧される方が不調になるので強くは言わないが。
今日の降水確率が90%だったとはいえ、彼女が傘を差して歩くとは考え難かったので、2本の傘を持って彼女を学園まで迎えに行った。
~⏰~
「あ、トレーナー!」
彼女は私の顔を見るに、此方に駆け寄ってきた。
貴女を迎えに来たと伝えると、クラスメイトに挨拶し、鞄を持って教室から出てきた。
「なんで迎えに来てくれたの?」
出入口に向かう途中、彼女にそう問いかけられた。
「貴女の体調管理の一環です。雨の中の散歩で体調を崩され、レースやトレーニングに影響が出ると厄介です」
「キミは相変わらず真面目だよね~」
「トレーナーとして、担当ウマ娘である貴女の心配をするのは当然かと思います」
「……でもヤダ!今日はさんぽしたい気分だから!」
「貴女がそう言うとは思っていました。ですが、この大雨の中、傘を差さず歩くのは危険です」
「帰りましょうシービー、話し相手ぐらいにはなりますので……」
傘を開こうとした手を掴まれる。
「ね、キミ、雨の中さんぽしたことある?」
「……はい?」
質問の意図が全く掴めず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「……ありません。名家の者として、体調管理も仕事の内だと教えられてきましたので」
「…じゃあ、ものは試しってヤツだよ」
と言われ、掴まれていた手を引かれ、無理やり雨の中に連れ出される。
「…!?シービー、何を……!」
「キミは、今は"名家のお嬢様"でも何でもない、"ただのトレーナー"だよ」
「……」
「__言いつけを守る必要が、何処にあるの?」
彼女はそう言い、此方を向いて微笑んだ。
ああそうだ。私は、彼女のこのような所に惚れ込んでしまったのだ。こんな状態を、『惚れた弱み』と呼ぶのだろうか。
「……帰宅したら、即刻入浴致します」
「ふふ、はーい」
弾んだ声で、彼女は返事をした。
「あ、やっぱり走りたくなってきちゃった。トレーナー、背中乗って?」
「了承しました。あまり無理はしないように」
彼女は、笑いながらウマ娘用の道路を駆け出した。
顔には勢い良く雨粒が当たり、服は濡れて重くなっていく。
雨に打たれた体は冷えている筈なのに、彼女の背中はあたたかい。
彼女の体温が伝わっているからだろう。
そうだとは思っているけれども、何故かそれだけでは無いような気がする。
体の芯からあたたまるような。雨に打たれ、体は冷えている筈なのに。
まるで、いつかのお母様のような__。
「気分はどう?トレーナー」
「…このような気分を、人は心地よいと呼ぶのでしょうか」
「最高の気分ってこと?なら良かった」
彼女の声色は、嬉しそうに弾んでいた。