帰途、その一幕

帰途、その一幕


「レストはどうして私に依存されてることに安心してたの?」

 夜行列車に揺られながら実家へ帰省する途中、ユウカ・アリバールは隣に座るレスト・リカーバにそう尋ねた。

 きっかけはユウカが女子寮の自室に忘れ物をしてしまい、それを取りに魔法学校まで引き返した際の出来事にあった。

 女子寮の入り口で彼女が戻ってくるのをレストが待っている中、突然同級生の男子が押しかけそれを発端としてひと騒動が起きた。押しかけてきた男子はユウカに魅了魔法をかけて我が物にしようとした時に荒唐無稽な発言を繰り返しながらも、二人が共依存状態にあることを指摘したのだ。その指摘によってユウカはレストへの依存にようやく気付いたようであった。

 騒動が収まった後、再びレストの実家へ帰省するべく夜行列車に乗り込んだ。夜行列車が出発してからしばらくたった頃にユウカからレストに最初の質問が飛び出してきたのである。

「…………どうしたんだ、急に?」

「だって、依存されて安心してたってレストが言ってたじゃない。 それがどうしても気になって………」

 唐突な質問に困惑したレストであったがユウカからの返答を聞いて納得した。どう答えようか迷い考え込んでしまう。彼にとってどうしても苦い記憶を掘り起こすことでもあり、彼女にとってもつらい過去と向き合わせることになるのだ。かつて苦しみに耐えかね自殺を図ったことを鮮明に覚えていたためどう答えるか、逡巡した末に正直に答えることにした。

「依存されてたらユウカがいなくならないで済むかもって思って安心してた。ユウカがもう自殺しなくて済むって…………、二度とオレの前からいなくならないでくれるって…………、ずっとそう思っていた」

 レストの答えをユウカは静かに聞いていた。そして再び口を開き尋ねた

「レストは、私に生きてほしいの?」

「当たり前だ!」

  その問いに声を荒げながら即答した。ユウカは目を大きく開き、気が引けてしまった。それを見たレストは一呼吸置き落ち着こうとする。

「………オレはユウカにいなくなってほしくなかった………。ユウカに生きてほしかった。だから、依存されてることにずっと安心してたんだ。 ………でも………」

 そこで言葉が止まり、再び逡巡する様子を見せる。ユウカはレストが再び話し出すのを待つ。そうして沈黙を破り再び口を開く。

「…………ユウカがリザーヴに攫われて…………ひどい事されて…………傷ついた姿を見て…………何も守れていなかったって思ったんだ…………。ずっと守っているつもりだっただけだって、分かったんだ…………。今のままじゃ、依存させたままじゃ…………ユウカを守ることなんてできないと思ったんだ…………」

 そこから彼が内心せき止めていたものが一気に噴出していく。

「さっきだってそうだ。ユウカを守るのならあんな奴さっさと黙らせるべきだったんだ。何も言わせず、気絶させるべきだったんだ。そもそもあんな奴をユウカに会わせるべきじゃなかった。さっさと殴り倒すなりして顔すら見せないようにするべきだったんだ。そうすればあんな奴に魅了魔法をかけられることもあんな罵倒をユウカに投げかけられることも、何事もなく無事に済んだはずなんだ。結局オレはユウカを守っているつもりでいただけなんだ。ユウカを守っている風を装って依存されてることに安心していただけなんだ。ユウカを守ろうとするならもっとやれることがあったはずなんだ。もっととるべき行動があったはずなのに……………………オレはそれをしなかったんだ…………。それなのにバカみたいにユウカを守るだの、二度と悲しませたくないだの……………そんなきれいごとを言って………………ユウカを守ことが出来なくて…………ただ傷つく姿を見ているだけで……………ずっとユウカに依存していたんだ…………。今までずっと、ユウカに傷ついてほしかったんじゃなくて…………自分が傷つきたくなくて………………苦しむことが嫌なだけで…………それが、オレのすべてだったんだ…………」

 彼はずっと悩み続けていた。しかし、その悩みを心にしまい込み続けていたのだ。そしてそれを彼女にさらけ出した。そして彼女にどう思われるのか分からなくて、それを知るのを恐れて、固く握りしめた手を震わせ、暗い表情で俯く。

 それを見たユウカはどう反応すればいいのか分からなかった。ずっとレストが悩み続けていたこと、彼を悩ませ続けていたことに気づいたがどうすればいいのか分からなかった。

 しばらく考えこみ、その手にそっと自身の手を添えて今思っていることを伝えることにした。

「守ってくれてありがとう、レスト」

 恐る恐る顔をあげ振り向く彼に穏やかな笑みを浮かべ感謝の言葉を告げた。

 感謝されるとは思っていなかったのか困惑する彼に更に言葉を紡ぐ。

「レストが私を守ろうとしたこと、助けようとしたことが分かったから………大切に思ってくれてること…………もう十分に伝わったから」

「…………違う…………違うんだ…………オレは…………!」

 ユウカの言葉を否定しようとするレスト。それを遮るように彼女は感謝の言葉を紡ぎ続ける。

「何も違わないよ。レストはずっと私を生かし続けてくれたよ。私の事、この世界に繋ぎ止めて守り続けてくれたよ。だから、ありがとう。ずっと私のそばにいてくれてありがとう」

 いつものように笑いかけながらユウカはレストに感謝を伝えた。

 そこで彼の心は限界を迎えた。彼女に縋りつき涙を流し始めた。内心に抱え込み続けた思いが言葉の代わりにあふれたためか、その涙が止まることはなかった。

 そんな彼を彼女は何も言わずに抱擁し慰めた。

(…………私はレストにこんなに負担をかけていたんだ………。 …………今のままでいいのかな…………? レストに甘えたままでいいのかな?)

 夜行列車が目的地の駅に着くまで、自身の胸の中で嗚咽する彼を慰めながらそんなことを考え続けた。答えこそ出せなかったものの考え続けることだけはやめなかった。

Report Page