帰るべき場所 救済IF

帰るべき場所 救済IF



「うふふ…!これを、こうして…♪」


セミナーのとある一室。またの名を、物置とも言う場所だ。

そこでミレニアムの超天才病弱美少女ハッカーである私、明星ヒマリは端末を操作していた。

この作業は仕事ではなく、はたまた、頼まれ事でもない。

むしろ、セミナーのユウカさんに見つかろうものなら、懇々と説教を受けることになるだろう。

要するに、私の勝手なイタズラだった。


「こう…!…開きましたね♪」


ピピッ、という電子音と共にモーターの駆動音が鳴り始める。

景色的には何も変わらない。

だが、ガコン、ゴン、と何かが動く音が鳴り続け、私はその時を待つ。

漸く音が鳴り止み、視覚的変化が1箇所だけ生まれた。

それは、よりによってエリドゥ攻略戦時に現れたあのナンセンスな機体の像だった。

その目が緑色に光ったのだ。


「リオらしいと言えばそうですが…」


アヴァンギャルドくんの像の下に現れたのは下へと続く階段。

私は呆れながらもその階段を下りていく。

ここに至った経緯は単純だった。

トキやセミナーの会長としての責務を放り投げて失踪したリオ。

アリスとの和解を果たし、世界の終焉をも乗り越えたにも関わらず帰らない彼女に腹が立った。

故に留守中であることを良い事に、弱みの一つでも握ってやろうと考えたのだ。

そうしていざ部屋を漁ってやろうとミレニアムタワーの見取り図を見ていた。

そして、何も得るものは無かったと閉じようとした時、偶然にも気づいた不自然な構造。

隠し部屋がある事は明白だった。


「さて、隠し事でも出来れば恥ずかしいものがあれば良いのですが。」


凡そ全ての行動を独断で強引に推し進める彼女に秘密が無いはずがない。

それもセミナーの会長という役職は、即ち為政者であるために尚更だ。

だが、そんな秘密など知っても面白くも何ともない。

私は揶揄ったり反応を楽しめる程度の、彼女自身のプライベートな秘密を知りたいのだ。

そう考えながら階段を下りた先、最後の扉を開く。


「…何ですか、ここは…?」


広がっていた光景は、思っていたものとは大きく異なっていた。

そこはさながら実験室。

多種多様な機材が置かれ、薬液が棚に並び、実験対象を拘束する椅子型の診察台まで完備されている。

壁沿いには多くの医療用ドローンが待機しており、起動してはいないもののそれらの視線を感じる。

何とも、薄気味の悪い場所であった。


「痛ッ…!?」


ふと目に入った物。それは金属製の台座の上に置かれた、壊れたヘッドギアだった。

それを見た途端、脳がそれを拒んでいるかの様に酷い頭痛を覚えた。

だが、妙に私の視線は吸い寄せられてしまう。

キヴォトスでは電子ダイブ技術は当たり前に普及しており、特段珍しいものでもないのに。

割れたバイザーの内側には渇き、罅割れた赤褐色がこびりついていた。

にも関わらず、私の身体はそれを欲している。

あぁ、手に取りたい。手を伸ばせばそれに届く。

被りたい、被って電源を入れたい。

そして、頭の中を■■■して、■■を■■■■■───


「い、けません…!」


伸び掛けていた自身の手。気づけば口の端からも涎が垂れていた。

その上心臓は早鐘を打ち、動いていないのに呼吸は荒くなっている。

先ほどの根拠の無い衝動は一体何だったのだろう。

だが、秘されていた理由がある何かであるのは間違いないと悟り、私は気を取り直して散策を続ける。

そして、色んな物がある中で妙に存在感を放つそれを見つけた。


「これは…」


それなりの広さの部屋の中、唯一あった椅子と机。

驚いたことに、その上には古ぼけたノートがあった。

このミレニアムという場所で、記録媒体に紙のノートが選ばれている事自体が異常だ。

つまりこれは、本当に、外部に漏らしてはいけない情報なのだと悟る。


「……………」


悩む。本当に、悩まされる。

これは間違いなく、知ること自体がマズい。

私の理性はどこまでも読んではいけないと警鐘を鳴らしている。

故に、私はノートに手を置いたまま暫くの間考え込む。

そして───


「ッ…!」


意を決して、そのノートを開いた。


────────────────


「…あれ、部長?」


「エイミ、どうしましたか?」


エアコンの設定温度を5℃にまで下げようとエアコンに手を掛けた私は、ある事に気づいた。

硬直している私を見て何事か気になったのか、トキが尋ねてくる。

故に私は振り返り、私の考えが間違いでない事を確認しながら答える。


「部長の退室ログが無い。だからこのヴェリタスの部室内のどこかにいるはず、なのに…」


「確かにいらっしゃいませんね…?」


いつもならエアコンの設定温度でもめるのに、と続く言葉を聞き流し、私は部室を散策する。

間違いなく異常事態が起きている。

普段、エアコンの設定温度を変えようしたならば外にいようが文句をつけてくる部長。

その人が、部室の中にいるのに音沙汰が無いのだ。

胸騒ぎを感じながら更衣室、シャワールーム、トイレ、物置と順に扉を開けて中を確認していく。

そして、仮眠室を開き───


「んあっ、あぁ、う”あ”ぁっ…!!」


「部、長…!?」


遂に部長を見つけた。だが、その姿はあられもないものだった。

開けた瞬間から感じた、もわっとした熱気と雌の匂い。

部長はベッドの上で自身の乳首を摘み、引き、転がす。

右手でどこに隠し持っていたのか、凶悪な太さとイボの付いた極太のディルドを掴む。

そして、痛くないのかと心配になるほどに女陰が咥え込むそれを激しく出し入れしていた。


「─────」


「あ”、あ”、あ”、あ”ぁぁぁっ!!イ、グぅぅぅぅ…!!!」


部長には絶句する私とトキは全く見えていない様だった。

下半身が動かないが故に腰はそのままに、背を大きく仰け反らせて絶頂する。

舌は天井へと突き出され、愛液が噴水を想起させる程に迸る。

その光景はいやにゆっくりと見え、網膜に、脳に、焼き付いた。


「ヒマリ、部長…」


「ふう”ぅぅぅ…ふう”ぅぅぅ…!!…ぁ…ふ、二人、共…!?」

「ち、違うのです…!これは…!」


普段真っ白な肌をこれまで見た事が無い程に紅潮させ、聞いたことも無い獣の様な声を上げる部長。

汁という汁を全て垂れ流すその顔のまま、漸く私達に気づいた様だ。

慌てて布団と首元まで被り、その裸体を隠すがもう遅かった。


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「…それで、あんなに乱れて?」


「はい…うぁっ…!」


「確かにこれは…異常、ですね…」


隣り合うベッドに私とトキは腰掛け、話を聞いた。

その内容というのは何とも信じがたいものだった。

曰く、部長はかつてリオ会長と共に謎の組織に拉致され、洗脳を受けたのだという。

その洗脳というのも非道なもので、多くの生徒が組織への隷属と性的奉仕への使命感、そして、耐えきれない程の性欲の強化と感覚の鋭敏化を施された…らしい。

らしいというのも、部長自身がその事を記憶していないのが最たる原因だ。

リオ会長が隠していたノートにはその出来事に加え、前後の記憶を消さなければ洗脳状態を解除出来なかった旨が記載されていた。


「軽く撫でただけでこれですか…治す方法は無いのでしょうか…?」


「…無いのでしょう…あのリオが、諦めた程ですから…」


部長は記憶こそ取り戻してはいないが、自分が洗脳されたという事実を認識した途端に今の状態に陥ってしまった。

恐らくは記憶がトリガーになっているのだろう。

この洗脳はとても厄介なもので、脳を弄って性的快楽の知覚過敏状態を引き起こす。

故に、今や服を着ているのも辛い状態なのだ。

おまけにその状態を脳が正常だと認識しているが故に、記憶を消去するまで永続的に続く。

あまりに悪辣で悪意の籠ったそれに、私とトキは少し身震いをしてしまった。


「余程…悔しかったのでしょうね………」


部長の表情は更に沈痛なものへと変わる。

ノートには絶望的な事実と同時に、リオ会長の諦めきれない想いが綴られていたのだという。

最後のページにあったのは、涙でぐちゃぐちゃになった治療を断念する旨の記載。

リオ会長のあの鉄面皮を思うと、中々に想像しがたいが故にその想いの強さが伺い知れた。


「記録によると、一緒に囚われていたかつてのセミナーの先輩がいらっしゃったみたいです。」

「その方の協力で私は記憶を消され、今日まで平穏無事に生きて来られました。ですが…」


「リオ会長はずっとその記憶を持ち続けてる、と…」


「はい…リオは洗脳状態からは解放されているものの、今の私よりも身体の状態は酷い様です。」

「先輩もまた、その状態から解放するために記憶を消されていたようですから…」


「…通りで、リオ会長は………」


何か思い当たる節があるのか、トキは顔を伏せてしまった。

それもそうだろう。リオ会長の境遇は悲惨極まりない。

記憶を共有している相手はおらず、相談しようにもできない。

トドメに治療法も無く、対処療法で誤魔化し続けるしかない。

並大抵の事ではなかった。


「はぁ……はぁ……!くっ…また身体が火照って…!」


「部長…」


「私の事は、構いません…今は兎に角…今はリオの居場所を割るのが最優先です…!」


先ほど発散したばかりだというのにもう発情し始めているその身体に、私は恐怖する。

とても口には出せないが、自分がそうならなくて良かったとも。


「リオの拠点としていた場所の、記載もありましたからこれで特定は可能なはず…」

「会って話を聞かなければ、私が納得いきませんからね…!」


「…うん、わかった。」


「はい…私も、リオ会長に会いたいです。」


こうして私達は、全力でリオ会長の居場所の捜索を開始した。

手掛かりを元手にヴェリタスや先生をも巻き込み、あらゆる機材を使っての私達の総力戦。

そして、数日後…


「ヒマリ、見つけた!座標は───」


────────────────


「あ。あ。あ。あ…あ…!あ!あ”っ!?!?」


脳に流れ込む、敬愛すべき方々の姿。

自分という下賤で愚かで矮小な存在。

自らに課せられた責務。

全てが、視界に映る激しい光と脳を焼き尽くす電流で流し込まれてくる。


(あぁ、私はまた、失敗したのね)


私という存在が、塗りつぶされていく。

これが最善なのだと自分に言い聞かせ、他者を救う為に自ら孤独な道を歩んだ。

その結果がこれだ。今までの傲慢なやり方のツケがやってきたのだ。

後悔の念は尽きない。何もかもままならないまま、私は終わる。

唯一良かった事と言えば…最近で言えばアリスと和解出来たことくらいだ。

だがそれもアリスが私に歩み寄り、赦してくれたから出来た事。

それは当然、私がしたことではない。

そんな私に下される罰。それは人としての意思を奪われるという末路。

これからは良い様に使われる人形としての生が待っているのだろうが、これで良かったのかもしれない。

そう思っていた。


「光よ──────!!!!!」


『ほう…?』


突如発生した轟音と衝撃。

有り体に言えば壁が吹き飛んだ。


「アリス、私をリオの所へ!」


「はい!!」


床でのたうち回る私の下にバイザーで覆われた視界では全く見えないが、ヒマリがアリスと共に来た様だった。

ヒマリは私の後頭部にケーブルを差すと、凄まじい速度でタイピングを開始する。


「全く貴女という人は、世話がかかりますね…!………これでっ!!」


「ぎぃぃぃぃぃ……が…はぁ………」


ヒマリがEnterキーを強く打鍵した瞬間、バイザーの映像に激しくノイズが走る。

脳に流し込まれていた電気信号は次第に指向性を失い、理解不能な言語となり、最後には途絶えた。

恐らくヒマリがハッキングで緊急停止を実行したのだろう。

私は漸く、私を塗りつぶすモノから解放され脱力する事が出来た。


『…またお前か、明星ヒマリ。』


「………」


『ふむ…これはまた面白い状態だな。意図せず洗脳状態の記録に触れ、一部の効果だけが表出しているのか。』


アリスに砲口を向けられていながらも、飄々とした態度を崩さないドローン。

その言葉に私は目を剥く。

ヒマリはアレを見てしまったのだ。

私の、苦悩と挫折の記録を。


「黙りなさい…!」


『そう凄むな。商品価値が下がるだろう?』


見ればヒマリは肩を時折跳ねさせ、身動ぎしていた。

幾度と無く見た、耐え難い身体の疼きに襲われる洗脳の後遺症だ。

ああ、何という事だろう。

多くを失ったヒマリは完全に解放できたと、そう思っていたのに。


『…シャーレの先生まで来ているな、潮時か。』

『まあ良い。禁じられた技術のデータは回収した。お前達はまたの機会にするとしよう。』

『その時まで売り物になる様にいておくれよ?』


「この…!!」


激情を露わにするヒマリ。

そんな彼女を他所にドローンは奇怪な音を立てて自壊した。

恐らく自身の回路を完全に焼き切ったのだろう。

あれでは追跡する事は叶うまい。

この数年間、件の組織の摘発のためにセミナー会長の権限を振るったことすらあった。

だというのに影一つ踏めなかったのはその狡猾さと用意周到さにあるのだろう。


「リオ会長っ!!」


アリスが光の剣を床に突き立て、私に駆け寄って来る。

遅れてきたトキやエイミも同様だった。

私が全身から体液という体液を撒き散らしていたにも関わらず、彼女らは嫌がる素振りも見せない。

ぐちゃぐちゃの私を担架に載せ、部屋から運び出していく。

視界の端に映った先生は悔しそうに歯噛みし、拳を握り締めていた。

あなたの責任ではない、そう言いたいのに口は微塵も動いてくれなかった。

そして最後に、ヒマリの顔を見て私は気を失った。

その表情は安堵と苦悩、そして後悔の念に満ちており、嫌に目に焼きついていた。


────────────────


「んちゅ…あむ……っぷぁ…!」


“っはぁ、ヒマリ…そろそろ…!“


「良いですよ…ちゅう、ほのまま、んぁっ、くらはい…!」


私の目の前では見知った一組の男女が、対面座位で情熱的に交合っていた。

その様子は二匹の大きなナメクジを見ているかの様で、そのまま溶けて一つになってしまうのでは無いかとすら思えた。

何故こうなったかと問われれば、その経緯は数ヶ月前に遡る。


『私達を、先生が娶れば良いのです♪』


ヒマリのその一言が全てだった。

周りにいたエイミにトキ、ユウカとノアまで、皆纏めて空気が凍った。

あの時ばかりは流石の私も察した。

特にユウカとノアの表情は恐ろしくて、とても見れなかったのだから。

だがヒマリは構わず、臆面も無く言の葉を紡いでいた。


『私達は天才な上に美少女です。故に、身体を狙われています。』

『おまけに相手は狡猾極まりない、受けに回れば間違いなく私達はやられるでしょう。』

『なので、先手必勝です。…とはいえ、もうヤったあとですが♪』


“…本当に、良いのかい?”


『はい、私は本気です。私は先生を愛しています。…先生は…私がお嫌いですか…?』


思い出されるのは一歩も退かないヒマリの怒涛の攻め。

女の武器から言質まであらゆる手段を使った問答の末に、先生は私達を娶る事を認めたのだった。

これらは一見すると考え無しの突飛な行動に思えたが、ヒマリに限ってそんなことは無かった。

結論から言うと、『狙われる理由を潰す』事をヒマリは目指したのだ。

私達が先生の妻ともなれば、誰であろうと手出ししづらくなる。

何せ連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生の妻だ、キヴォトスそのものが抑止力となるのだ。

如何に私の禁じられた技術の研究成果が欲しいからと言っても、コスパがあまりにも悪い。

だが、最大の理由は別にあった。


「あっ、あっ、うぁっ、あぁ、イッ…~~~!!!」


先生をより一層抱き締め、達するヒマリ。

吐き出された精はヒマリの胎をどぷっ、どぷっ、と満たしていく。

彼女は舌を突き出し、呼吸も忘れ、肉悦に悦びその身を震わせる。

その様子は淫蕩極まりない娼婦の様で、少女と呼ぶのが憚られるものだった。


「お”っ…お”へっ…!お”おぉぉぉ………!!」


“………っふぅ。”


ヒマリは女陰からぬぼん、と剛直を抜かれ、ベッドにそっと寝かされる。

結婚へ至った最大の理由。それは偏に、私達に施された洗脳と身体改造にあった。

特に私は緊急停止はされたものの、バイザーによって物理的に不可逆な処置を幾つか施されてしまった。

今ではあの地獄の様な疼きを薬では全く抑える事ができない。

そんな状態故に限界はすぐに訪れ、私達は救助から僅か数日で先生を押し倒してしまったのだった。

そして、デキてしまった。


“リオ、お待たせ。”


「…えぇ。私も一杯、愛して…!」


だが、嬉しい誤算もあった。

その時に男性とのセックスが疼きに対して有効であることが発覚したのだ。

恐らくは洗脳が解けた際の脱走対策として仕込んでいたものなのだろう。

であるのならば、ヒマリが考える様に最大限利用してやろう。

当てつけにもなるし、そうした方が良い人生を送れそうだから。

そして、一度は敵対し、過ちを自ら犯そうとした私すら受け止めてくれた先生にこうして全力で甘え、愛してもらえるのだから。

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