師匠と私

師匠と私


金銭とか名誉が目的なら、クァンシはとっくに手を引いている。城砦を彷彿とさせる堅牢さの魔獣が、瞬時に距離を詰めてくる。クァンシの攻撃によって動きを止めた瞬間もあった。

その度にエンジンをふかすような音がクァンシの鼓膜を打つ。怪物が起き上がる。彼女がチェンソーの魔人とこの期に及んで戦い続けるのは、侍らせている女達に人権と義務教育の機会を与えるため。

降伏して日本と交渉する事も考えたが、その選択肢をとる余裕は現在、チェンソーマンと激突しているクァンシにはない。日本と比較すると強い本国の国家権力、デビルハンターとしての僅かばかりのプライドも行動を起こす邪魔をしていた。

デパート内、人形の群れの中に潜んでいたトーリカは周囲の様子を窺う。トーリカはチェンソーの魔人争奪戦において、麗しの師匠からミッションを課せられている。

魔人に呪いの悪魔の釘を1回刺す。4回のうち、3回は師匠が刺したので、トーリカは最後の1回だけでいい。合格すれば師匠が契約している悪魔達を、彼女がトーリカに紹介してくれる。

(師匠には余生を平穏に過ごしてほしい…)

この仕事が終われば、師匠はデビルハンターを辞められる。彼女の余命はもう半年しかない。もういい加減、休んでいいはずだ。

トーリカの聴覚に、雷鳴か台風を思わせる轟音が飛び込んできた。間を置かずにトーリカの鼻先へ飛び込んできたのは、2体の怪物。矢が驟雨となって降り注ぐ中、右脹脛と左肘を矢が貫通するのみで済んだのは幸運と言えた。

「…!」

隠れているトーリカは声を殺す。

「あのよ〜…今日は解散して明日にしねえ?」

「…は?」

「なんか飽きてきたしな〜…アキ達とも合流してえ」

人形の血を飲んで回復を図るクァンシに、デンジは提案する。自分やパワー、レゼなど魔性を持つ者達はともかく、アキ達人間は心配な状況だ。人形の敵を撃破したのち、改めてこの弓矢の女との闘争に臨みたい。

「…悪くないかもな…私も疲れた」

チェンソーの魔人を確保した後、愛人達を公安から救出するのは相当骨が折れそうだ。

「…じゃあ、解散な!帰ろ帰ろ〜…いてっ」

変身を解こうとした瞬間、痒みにも似た感覚がデンジを襲った。反射的に足を払うと、その場にいたトーリカの顔が陥没する。

「あぁ?…あ、のっ、身体がハリツケになってくよオ〜!?」

「…浮いてる」

クァンシはデンジの側にいた、半死半生といった様子の男へ矢を放つ。飛び退いて逃れようとした男の頭部を鏃が削り取った。

その間にデンジは、呪いの悪魔によって殺害された。クァンシは倒れ伏したデンジに構わず、女達のもとへ急ぐ。

エンジン音と共にデンジが起き上がり、クァンシはデパートから去っていく。少年が姿を消したタイミングを見計らい、物陰から長髪の女性が姿を見せた。トーリカの師匠である。

「はあ……」

師匠は大きなため息をついた。トーリカは自分の言いつけを守り、これまでよく働いてくれた。家族と言ってもいい。

「…師匠…申し訳…」

驚いた事にトーリカはまだ生きていた。頭蓋骨を深く損傷したが、脳にまでは達しなかったのかもしれない。

「トーリカは私の課した仕事を果たしました。貴方は立派なデビルハンターです」

師匠は顔の潰れた弟子の頬に、両手を添えた。

「師匠…この任務は…手に終えませ…」

公安が来る前に撤退を、と師匠に言おうとする。やっとの思いで刺した呪いから容易く復帰したチェンソーの怪物。あんなものと師匠がぶつかったら、最悪死んでしまう。

「トーリカ、精巧な人形を作るコツを伝えておきます。人形にする人間に、人間しか持たない感情を入れる事。敬愛、崇拝、哀憐、そして隠し味は罪悪感」

師匠…サンタクロースはトーリカに触れている。トーリカは出せる限りの苦悶の表情を作る。それが消えた後、トーリカは精巧な人形に変わった。ちょっとばかり損傷してしまったが、まだ使える。

日下部と玉置、アキ達はデパートの中にいた。付近に潜伏しているであろうサンタクロースの捜索だ。デンジもまもなく合流する。

暴力の魔人はコベニについている。

レゼとパワーはデパート内の仲間のもとへ引き返す。吉田ヒロフミと彼が契約する蛸の悪魔に女魔人達を預けて、アキやデンジ達の元へ。

ビームは行く先の当てもなく逃げていた。チェンソー様が逃げろと言ったからだが、どこまで逃げるのか聞いていなかったことに気づくと、彼は慌ててデパートへ引き返す。

「なんだこの…未来は…」

アキは垣間見た未来の景色に、言葉を失う。

「バイバイおじいちゃん」

デパートの外に出たサンタクロースが、中まで歩かせた老人の人形に別れを告げる。彼は自身の身体をブレードと化した腕で貫く。老人は己の心臓と、子供達を捧げた。

「ぞの代わりに……地獄の悪魔よ。このデパートにいる全ての生物を地獄へ招いてください」

サンタクロースが地獄の悪魔へ呼びかける。しかし、いつまで経っても悪魔は応えない。

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