希死人間

希死人間





仲間と最後の夜を共に過ごした水木の話

水木と仲の良いモブ兵士×上官と関係があった世界線の水木です

何もかも捏造しまくっているので注意

性的描写があります



 じわじわと何かの虫の音が煩く鳴く夜。パチパチと焚き火の弾ける音。じっとりとした空気が辺りを覆っていた事を覚えている。隣の戦友とポツポツと思い出話をしたのを覚えている。

 我々は生き延びてしまった。無論、敵前逃亡したわけでは無いのだ。ただまっつぐに敵目掛けて走り、銃を掲げて己に課された役割をこなしただけだ。だが、結果として我々は生き残った。生きとし生けるものが喜々として生けるのは神の意思だろう。しかし、ここには生きてはならぬ人間達がいた。玉砕命令が出たという事は、生きて帰るなと命令されているも同然だったのだから。

「明日にでも死ぬだろうな、俺たちャァさ」

 戦友は俺に向かってそう呟いた。俺はその時何と返事をしたのだったか、もう覚えていない。

「なあ、お前は死にたいか」

「そりャまァ、死にたくはないなァ」

戦友がポツリと言うので、俺もまたポツポツと返答したように思う。

「だって、まだやり残した事沢山あるんだぜ?別嬪なおネエちゃんも抱いてねェし美味い飯だって食ってねェし、童貞だって捨ててねェ。ハハ、死にたくはねェなァ!!」

戦友はそう言って笑った。その笑い方には悲壮感など微塵も無く、俺も釣られて笑う。ありもしない未来を語り合う。

「戦争が終わったら、何かの会社の社員にでも成りてェな。営業でも開発でも何でもいい。俺は兵隊じゃ無くって、誰かに必要とされる人間になってみたいんだ」

「ハハ、成る程成る程。お前は俺と違って頭も良いからな」

「それに、親ももう居ねェから俺のお袋や親父みてぇに誰かの子供のために汗水垂らして働くのもいいかもしれねェな」

戦友はそう言って目を細めた。こいつはいわゆる苦学生というやつだった。親の借金を返すために俺と同じ様に軍に入り、命懸けの戦いをさせられていた。嫁を取る暇すら無かったのだという。

「でも、やっぱ童貞なまま死ぬのはなァ」

ぽつ、と零したその言葉に俺は思わず吹き出す。

「なっ何笑ってやがンだ。こっちだって切実なんだぞ!」

「ハハハ!」

焚き火で最後の一本のタバコに火をつけながら、俺はゲラゲラと笑う。肺に流れ込む煙は熱く、それを深く吸い込んでゆっくりと吐いた。

「……タバコ、残ってたのかァ」

戦友が俺の手にあるタバコの箱を見てそう言った。

「まァ、こいつが最後の一本だよ。他の奴にバレないよう隠し持ってたんだ」

「良い性格してるよ。一本くらい残しておいてくれたって良いじャねェか」

「ハッ、やだね」

「ケチな男ァモテねェぞ水木」

「はは、お前と一緒でモテないのさ」

俺はそう言いながら、手に持ったタバコを眺める。目の前のこいつは最後にタバコも吸えず死ぬのか、そう思うと少し哀れに思えた。

「……!」

目の前のそいつにタバコの煙を吹きかけた。彼はゲホゲホと咽せた。

「っ!てめェ、何しやがんだァ!」

「ははは!お裾分けだァ!」

「恩着せがましいんだよォ、全く!」

けらけらと笑いながら吸っていたタバコを渡す。明日死ぬ身であるというのになぜこんなにも可笑しいのか。

「……なぁ」

ひとしきり笑った後声をかけた。

「なんだァ?」

怪訝そうな顔で戦友は俺の顔を見た。

「童貞、本当に捨てたいか?」

「はァ?」

「死ぬ前に、童貞を捨てたいか」

そいつの目を真っ直ぐに見て尋ねる。そいつは少し視線を逸らし、ウーンと唸った。

「まァ……そりゃあ、出来るもンなら捨てちまいてェな」

戦友は少し考えた後でそう言った。

「……知ってるか、タバコの煙を吹きかけるのは今晩お前と寝るって意味になるらしいぜ」

おれもこんな環境に来るまで知らなかった事だ。上官と共に食事をしていた際、タバコを吹きかけられてそのまま強引に夜伽を命じられた事があったのだ。

ぽと、と男の口からタバコが落ちる。呆気に取られたとでも言うように、そいつは目を見開いていた。

「……それは、つまり」

明日には死ぬ身。この体が役に立てるならそれで良い。

「……俺で童貞、捨てちまったらどうだ?」

おれはそう、目の前の男に向かって言った。



「ッふ、う」

 吐息が漏れる。焚き火の弾ける音と共に、あいつの荒い息遣いが聞こえた。周りに聞こえないように声を押し殺して、俺達は体を重ねた。

「本当に、いいのか」

 戦友が問う。俺は少しだけ微笑んで頷いた。

「ああ、好きに使ってくれ」

 俺がそう言うと目の前のそいつはゴクリと唾を飲み込んだ後再び行為を再開した。

「ふゥ……ッん……ァ……」

 俺は小さく声を漏らす。それすらも周りに聞かれてはならないので口を押さえて、出来るだけ小さく抑えた。

「ふ、ゥ……ン……っ」

目の前のそいつは無我夢中で腰を振り続ける。俺の体を貪るその姿はまるで獣の様だった。

「ッはァ……!んゥ……」

俺はその快楽に身を委ねながら目を閉じた。使い古された体は快感を得るようになってしまった。

(おれは地獄行きだろうな)

再び口を手で押さえて快感に耐える。俺の目からは生理的な涙が零れていた。明日には死ぬ身。使い潰される者同士の傷の舐め合いだ。

(地獄でも、またこいつと会うのだろうか)

ふと、そんな事を考える。お互い人殺しなのだから、きっと地獄に堕ちるだろう。そしたら本当にもう一度会うかもしれないと思った。

「あァ……ッ!」

ぐっと奥に押し込まれて思わず声が出る。そのままぐりぐりと押し付けられると、頭の中が真っ白に染まった。目の前がチカチカとする。それでも声を出さないように必死に我慢した。胸に生暖かい雫がぽたぽたと落ちる。目の前のそいつも、泣いていた。せめて、女を抱ければ本望だっただろうに。

「っふ、ゥ……っ!ぐ」

そいつは俺の上で必死に腰を振っていた。まるで猿だ。そうしているうちにだんだんと腰の動きが早くなる。俺はその刺激に耐えるようにギュッと目を瞑った。

「ン……!」

ぐ、と奥に突き入れられた。どうやら達したらしい。ドクドクと中に熱いものが注がれている感覚があった。しばらく息を整えた後でそいつはズルりと中からものを抜いた。

慣れた倦怠感。どうやら中に出されてしまったらしい。別に孕む訳でも無いので、俺はあまり気に留めなかった。

「これで、思い残すこともねェよ」

戦友はそれだけ言うと服を着始めた。俺も何も言わずに服を着る。

「……なァ、水木」

ふと、戦友が俺の名前を呼ぶ。何だと答えると奴は少し言いづらそうにモゴモゴしているだけだった。

「……なんだ、言いたい事があるならはっきり言えよ」

「……俺、やっぱり……」

 戦友は、何かを言いかけたが数刻だけ口をつぐんでからまた笑顔で答えた。

「なんでもないやい」




 翌日、玉砕命令が出た。あいつは死んだ。目の前で弾け飛んだ。どうやら爆弾が爆発したらしかった。あいつだけじゃない、多くの仲間が死んだ。


 生き残った仲間はあまりに少ない。各々傷を抱えて帰還した。

 俺は左目と耳と胸の辺りを負傷した。爆発に巻き込まれたが比較的軽傷で済んだようだった。左目はまともに見えなくなった。殆どはぼやけて、物の判別すらできない。胸の火傷はケロイド化している。皮膚が引き攣って歩きにくくなり、雨の時期になると痛むようになった。時折左耳から耳鳴りがする。左側の音なんてまともに聞こえやしない。それでも俺は生き延びた。

 あそこで死ぬのはきっと俺だった筈なのだ。爆発に巻き込まれいずれ忘れ去られる骸になっていた筈なのだ。だのに、俺は生き延びた。


『俺やっぱり、死にたかねェよ』


 それがあいつが言いかけた言葉だろう。本当はなんとなく分かっていた。当たり前だ。あいつには、まだやり残したことがたんまりあったのだ。それは他の仲間もそうだ。あいつらは皆死にたくなど無かったのだ。

 隣の隊の連隊長の言葉が脳裏に過ぎる。

『あの場所をなぜ、そうまでして守らねばならなかったのか。』

 乾いた笑いが漏れた。なんて空しい言葉なのだろう。なんのために俺達は戦わされたのだろうか。

 死人に口なし。誰に見られる事もなく、忘れ去られるだけ。

 散っていった命に訳の分からない怒りが込み上げる。

「それでもな」


 俺はいなくなった戦友の名を呼んだ。

「おれァ、お前と死んでもよかったんだよ」


 骸になる夢を見た。

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