居酒屋時空バレンタイン編
「お疲れ様です!」
居酒屋でのバイトも終わり元気よくあいさつしたスレッタは、心なしかそわそわした様子の三兄弟を残してそそくさとその場を後にした。今日はバレンタイン当日、スレッタがチョコをくれるかどうか気が気でないのだ。
「もしかして、スレッタは今日が何の日か知らないか覚えてないのか?」
「気になるなら兄さんが聞いてきなよ」
落ち着かない様子でコソコソと話しているケレスさんとエランさんを、エランくんは余裕のある態度でニヤニヤしながら眺めている。
「お前、さっきからにやついて何なんだよ……」
「普段より二割増しで気持ち悪くなってる」
「黙って見ていれば酷い言いようだね!まあ、このまま待ってなよ。何も心配することはないからさ」
こいつ何言ってるんだ?と言いたげな二人の視線を浴びるエランくん、微妙な空気が流れているところにラッピングした袋を持ったスレッタが帰ってきた。
「お、お待たせしました!えぇっと……ハ、ハッピー、バレンタイン!」
頬を赤く染めて、緊張からか少し上ずった声で言ってから袋を渡した。スレッタの様子にケレスさんとエランさんの表情も和らぐ。
「で、出来れば、すぐにでも食べてくれると、嬉しいです」
「うん、いただくよ」
「おぉ……バレンタインにチョコ、しかも手作り……」
袋は一人に二つ用意されていて、エランさんは赤いリボンでラッピングされた袋を開け始めた。感極まった様子のケレスさんは青いリボンでラッピングされた袋を開けた。エランくんはケレスさんを面白そうに眺めつつ、赤いリボンの袋を開けて中から生チョコを一つ取り出して口に含んだ。
「うん、美味しい。よく出来てるよ」
「ありがとうございます。よ、よかった……」
エランくんに褒められたスレッタは安心して緊張も解れてきたようだ。スレッタも青いリボンの袋からトリュフを取り出して一口食べた。ちなみにスレッタは青いリボンの袋しか持っていない。
「わ、濃厚で美味しいです……」
「そう?ありがとう♪」
「?」
ケレスさんはスレッタとエランくんのやり取りに少し違和感を覚えつつ、トリュフを口に放り込んだ。
「(滑らかなくちどけ、口の中に広がる甘すぎない味わい……俺の好みに合わせてスレッタが作ってくれたのか?これが、手作り……いいものだな。)スレッタ、とても美味しかったよ。三ツ星級の美味さだ」
「あ、あの、それは……」
とても嬉しそうに感想を述べるケレスさんに言い淀むスレッタをエランくんが無言で止めた。スレッタの肩に手をぽんと置いたエランくんの表情は愉悦に満ちている。
「スレッタ、この生チョコあっさりしてて美味しいね」
無言で生チョコを頬張っていたエランさんが、口の周りにココアパウダーをつけて言った。
「ありがとうございます。実は豆腐を使ってるんです。だから、あっさりしてるのです」
「え?豆腐?」
意外な食材に表情の変化に乏しいエランさんが珍しく驚いた顔をしている。
「ふふ、珍しいでしょ?」
「なんで君が出てくるの」
エランさんがムッとしながら言ったが、エランくんはたいして気にせずに話を続ける。
「それはね、僕がスレッタのチョコ作りを手伝ったからだよ」
何も知らないケレスさんは二つ目のトリュフを味わっていた。それはもう、幸せそうで蕩けた表情で。
「(ああ……食べるのが勿体ない。一個一個味わって食べないとな……)美味いな……」
「そのトリュフ、美味しい?」
エランくんが薄く笑いながら問いかける。ケレスさんは迷う合間もなく即答する。
「そりゃ、(スレッタの)手作りだぞ。美味いに決まってるだろ」
エランくんがケレスさんの耳元に顔を寄せて、そっと甘く囁いた。
「そっかそっか、そんなに美味しかったんだ。僕が愛情をたっぷり込めて作ったチョコ♡」
「…………は?」
衝撃の事実を受け止めきれないケレスさんは茫然として開いた口が塞がらない。その中でエランさんはさして動揺もせずにトリュフにも手を付け始めた。
「うん、こっちも美味しい」
「どういたしまして。それにしても、兄さんってばショック受けすぎでしょ」
「う、嘘だ!お前がチョコ手作りしてるところなんて見たことないぞ!」
「ケレスさん……嘘なんかじゃないんです」
スレッタの言葉に完全にとどめを刺されたケレスさんは机に突っ伏してしまった。それをスレッタは申し訳なさそうに眉根を下げて見つめ、エランくんは笑いを堪えている様子で、エランさんはトリュフを頬張りながら無表情で眺めている。
「えっと、えっと……赤いリボンの袋は私が作ったチョコですから、そっちも食べてください」
スレッタはなんとかケレスさんを元気づけようとする。ケレスさんは机に突っ伏したままもぞもぞと顔だけをスレッタの方に向けた。
「スレッタが食べさせてくれたら元気出るんだけどなぁ……」
「ええ!?」
冗談めかして駄々をこねるケレスさんと間に受けて素っ頓狂な声を上げるスレッタ、やがて意を決したスレッタがピックに生チョコを刺してケレスさんの口元に持っていった。
「は、はい。あ、あーん」
「マジで!?いいのか!?」
スレッタから差し出されたチョコを見てばっと体を起こして食い気味に聞いてから、引く隙を与えずにチョコに食いついた。
「美味しいよ……すごく」
先ほどの絶望はどこへやら、多幸感に包まれたケレスさんは緩んだ表情で満足気に呟いた。
「うわ……」
「兄さん、現金だね」
エランくんとエランさんは呆れた顔でケレスさんを見ている。
「何か言ったか?」
「いいや?スレッタ、僕にも食べさせてよ♡」
「僕も欲しい」
「ち、ちょっと、待っててください!」
この後、二人にもあーんでチョコを食べさせてあげて、お返しにスレッタもチョコを食べさせてもらってあまぁい時間を過ごしたのだった。