小鳥遊ホシノは思い出す

小鳥遊ホシノは思い出す


「ホシノ先輩、つい最近、外の世界から大人の『先生』がいらっしゃったそうなんです。なんでも凄い権限をもってるとか……」


 大人。私はその単語を聞いた途端、アヤネちゃんの話に興味をなくし「うへ~すごいね~」と生返事をしてしまった。生徒の相談に乗るだのと宣っているらしいが、こんな零細の高校が助けを求めたってどうせ切り捨てられるだろう。来たとしても利用価値があるかどうかの品定めだ。そんな確信を持っていた私は、アヤネちゃんが連邦生徒会へ連絡するのをやんわり辞めさせようとした。しかし、自分より遥かに復興への気概を持つ後輩の声音に押し切られてしまった。


 どうせ来ないと思っていたのも束の間、ある日シロコちゃんが一人の大人を拾って帰ってきた。

――――『一人の大人を拾って帰ってきた』?

 ……私はこの大人を知らないはずだ。姿を見たことも、名を聞いたことさえない。だというのに、何なのだろう、この懐かしさは。哨戒の疲れが急に来たのだろうか。ともあれ、その日は違和感を取り繕いながら、ヘルメット団を追い払った後、委員会の皆と、先生と反転攻勢を仕掛けて、アビドスの現状を説明して……先生の協力の約束を取り付けた。その間ずっと、あの奇妙な懐かしさに包まれていた。


それからは本当にいろいろなことがあった。セリカちゃんがさらわれて、取り戻して、先生と皆で柴関に行って、便利屋と戦って、ブラックマーケットでヒフミちゃんに出会って、銀行強盗をして、柴関が爆破されて……


――――――――ぱちり、とそこで目が覚める。先生と出会ってからの日々をなぞる温かな夢から覚める。カイザーに、黒服に、大人に騙され、アビドスが壊されていく風景を前に何も出来ないまま、終には訳の分からない実験の被検体として囚われてしまった。そんな現実を叩きつける拘束具が目に入る。無機質な部屋は私から徐々に時間感覚と希望を奪い去った。ここに連れて来られてからどれくらいの時間が経ったのだろう。ただ後悔と諦念だけが募る中、どこからか爆発音と可愛い後輩達の怒号が聞えた気がした。夢でも良い。私の幻覚でも良い。ただもう一度だけ、あの子達に…………とうわごとのように呟きながら壁へと近寄った時、脳内に電流が走ったかのような衝撃を感じた。


迸るのは知っている過去と、それに連なる知らない風景。後輩と、先生と過ごした、或いはこれから過ごす、私には用意されていなかったはずの青春と、目を覆いたくなるような終末。

「これ、は、…?」

ただ困惑して呻いたその時、けたたましい発破の音とともに焦る後輩達と先生の姿が目に映った。


あぁ、そうじゃないか。何故今まで忘れていたんだろうか。

――――――――知っているはずだ。その顔を、声を、この胸に去来する思いを。

――――――――見てきたはずだ。後輩達の、先生の献身を。

――――――――分かっているはずだ。いつかこの世界が滅びに向かうことを。

――――――――思い出せ、小鳥遊ホシノ。お前のすべきことを。

そんな声が響いたような気がした。


その日、小鳥遊ホシノは全てを思い出した。

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