小鬼の大獄

小鬼の大獄

方言は適当



「ん、んん…」


目を覚ましたのは全身の違和感のせいだった。ここ数日の疲労もありふわふわとした感覚に再び瞼が下がり始めるものの、林間学校であてがわれた質素ながら清潔なベッドとは違い、ゴワゴワとした不快な感触が”目を閉じてはいけない”と感覚の部分に警告してくるようで、嫌でも頭が覚醒してくる。 


「あ、あれ、どうしたの」


自分が寝かされているのは古ぼけたベッド。動かそうとした片足には枷。周りを見やれば土色というか土そのものの壁。ぼんやりとした頭でも異常事態だと分かる、そんな自分の状況を説明する材料をいちいち探すでもなく全身に走る違和感…もとい、重さの正体及びこの状況の重要参考人がハルトの体の上にいる。薄暗い中、一言も喋らなくても流石にこちらを覗き込む金色の瞳はここ数日で見慣れた光景だ。


「ス、スグリ…だよね?なに、どうしたのこれ」


『友達に拘束された』なんてドラマでも見た事無いような設定が、自分の身に降りかかっている事がなんだかおかしい。心当たりが無いわけじゃないけど、まだ現実味がない。


「ねえ、これはーーッ!?」


何か言わないと、と動かそうとした口を、突然顔を寄せたスグリの舌が陵辱する。年端も行かない男の子同士のキスというよりアーボが卵を一飲みにする時のような、ハルトの全てを貪るような激しいキスだ。


「う、むむう、」

「鼻で息さ、しないと」


混乱と恐怖、そして口を塞がれた事で呼吸さえおかしくなるハルトにスグリが初めての言葉を投げかける。どこか感情の伝わってこない響きに、大人しく従った方がいいと本能が告げる。


「ーーぷはっ」

「ハルト、ハルト」


ようやく口を開放されたかと思いきや、両の手のひらで思わず背けた顔を正面に向けられ、スグリと再び相対させられる。


「強いべ、おれ」

「はあ?」

「強いって言ってけれ」


完全に目覚めたハルトの頭には、スグリへの恐怖の他に哀れみと悲しさが充満していた。あんな隠し事をしなければ。いや、そもそも自分がここに来なければ。押し倒された背中より、足枷より、彼の重みより、この気弱で純朴な子の一生隠し通せたであろう一面をほじくり返した自分への悔やみが痛い。とにかく何もなかった事にしなくては。冗談で済まさなければーー


「あはは、ゼイユさんに言うぞ…」

「その名前さ言うな!」


ガラス玉のようだった彼の目に怒りの火が一瞬灯るのを見るのと、片頬に鈍くて重い痛みが走るのが同時だった。背丈は変わらないものの、手の大きさや肉付きでは上回るスグリからの暴力にたまらない恐怖を感じるが、泣きそうな顔になっていたのはスグリの方だった。


「ああ…ごめん、ごめんハルト…そんなつもりでねぐて…」


じんと痛む頬を撫ぜ、心底愛していると言わんばかりにハルトの胸に頬擦りをするスグリに、もはやなんと声をかけていいかわからなかった。


「この洞窟、鬼さまを探してる時見つけたんだ。ポケモンも出ねし、暑くも寒くもならねしちょうどいいんだ」


ようやくハルトの体の上から降りると、自分を寝かせた粗末なベッドの端にちょこんと腰掛けて話し始める。


「一人になりたい時とか不安になった時とか、しょっちゅうここさ来てポケモンと過ごしてたんだ。ベッドもポケモン用の足枷も、拾いもんだけど綺麗にしてるべ」


自信があるように、朗々と語るスグリはハルトの目から見てなぜか別人に見えた。


「ハルトは林間学校中、おれは学園に帰るまでまだ時間さある。…ちょっとの間さ、ここで遊ぼう」


恐怖か何かからか、全身の力が抜けてしまい抵抗さえできないハルトは必死にこの状況を突破する策を考える。ゼイユに言いつけるのが一番手っ取り早いのは分かる。でも、そうしたらたった二人の姉弟の関係はどうなる?彼の祖父母にも、先生に言うのだって同じ事だ。それに、彼のプライドを踏みつけにし、壊した自分はこうされても文句は言えなーー違う。“抵抗できない言い訳”が欲しいだけだ。自慢じゃないけど温かい人に囲まれて育った自分が感じたことのない恐怖をはじめとしたドス黒い感情を初めて引き出された相手に、まるでオオタチに睨まれたコラッタみたいに抵抗する気もなくなっている、そんな事実に理由を付けたいだけだ。


「ハルト、すき、大好きだよ」


そんな心持ちを知ってか知らずか、スグリが未だに寝たまま動けないハルトに身を寄せ抱きしめる。彼の鼓動、彼の香り、彼の体温。


混乱とその他、言葉にできない感情に支配され何も考えられなくなったハルトは、誰に凍らせられたかも忘れたように凍った体が溶けほだされていくその感覚に溺れる事にした。


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