小学生バズユゴ出会い編+α

小学生バズユゴ出会い編+α


なんだか白ネギみたいなやつ、というのが第一印象だった。

「今日からこの学校で皆さんのお友達になるユーグラム・ハッシュヴァルトくんです。仲良くしてあげてくださいね」

「……よろしくお願いします……」

蚊の鳴くような声で挨拶した少年は、すぐに下を向いて教壇を降りた。

いかにも弱虫そうで、速攻いじめられそう。そんな予想は的中し、転校生は悪ガキ連中…俺が言えた立場ではなかったけれど…にあっという間に目を付けられた。春の頭に転校してきて夏の日差しが強くなっても、彼はいつも暗い顔でひとりぼっちだった。

別に俺は正義の味方とか目指していない。弱い者いじめは性に合わないが、どちらかといえば強くない方が悪いって思考。不良気取りの小学生なんてそんなものだ。だから可哀想ないじめられっ子に何かしてやる気もなかった、のだけれど。


「なぁ。暑くねぇの、その格好」

その年の最初の水泳の授業だった。俺は足を怪我してしまってプールサイドで見学だったが、隣にはハッシュヴァルトも並んで体育座りしていた。そろそろ気温が30度を超えそうなのに、首元までボタンを留めた長袖のシャツにズボンは見ている方が息苦しい。

「……日に当たると火傷するから」

ハッシュヴァルトはその一言だけ返して口をつぐんだ。確かに髪も肌も色素が薄く、細っこい身体を余計に小さく見せている。

「そんなだから馬鹿にされるんだぜお前」

「………」

「体育の授業、よく見学してるだろ。運動苦手なのか?なら俺が教えてやっても」

「いい。ほっといてよ」

視線も合わさずに言い切られてカチンときた。せめてこちらを向かせようと肩に手を掛けようとして──

「おい…」

「!!」

俺が手を伸ばした瞬間、ハッシュヴァルトは両腕で頭を覆った。見開かれた目が明らかな恐怖の色でこちらに向けられている。…俺は何故か、前に怪我をした子犬を保護した時のことを思い出した。

「…悪かったよ。触られるの嫌なら、もうしない」

「え…?」

「お、お前みたいな白ネギ野郎いじめたってつまんねぇだろ。俺は他のやつらと違って最強の男を目指してるからな、強いやつを相手にしたいんだ!」

「…白ネギ…」

思わず照れ隠しのようなことを口にしたのは、謝罪に驚いた表情で俺を見た転校生が…プールに乱反射した太陽の光を浴びた顔が、ドキっとするくらいキレイに見えたからだ。

普段からもっと自信のある態度で前を向いてれば、さぞ女子にキャーキャー言われるだろうに。勿体ないことしてるって分かってんのかコイツ。なんて、理不尽にイライラしたのを覚えている。


次の日から、俺は何となく周囲にハッシュヴァルトのことを尋ねて回るようになった。

その結果知ったのは、彼に両親がいないこと。親戚の男とボロボロのアパートで2人暮らしをしていること。その部屋からはよく怒鳴り声が聞こえてくること。放課後ハッシュヴァルトが家に帰らず、日が沈む直前まで1人で公園にいる姿を目撃されていること──そんな、鈍い小学生でも胸の悪くなるような話ばかり。

「…でも、どうしろっていうんだよ」

あれから数日経ったけれどハッシュヴァルトとの距離が縮まったわけじゃない。そもそも別のクラスだし、彼は変わらず俯いたまま他人を拒絶している。俺はそんな様子を友達と喋りながら横目で眺めているだけ。

それでも前より気にしていたのは確かだった。だから、あの日男子トイレで3人に囲まれているアイツを見つけられたのだ。

「ハッシュクンさぁ、俺らの宿題やってきてくれるって約束したよな?約束破るとか生意気なんじゃねぇの?」

「お前ただでさえ体育サボってんだからお勉強でくらい役に立てよな」

「…でもやっぱり、こんなの良くないと思…!?」

「あーごめんごめん手が滑ったわ。ほら掃除中だからさー」

頭からバケツの水を浴びせられ、ゲラゲラと笑われる。それでもハッシュヴァルトは両腕を抱えて黙りこんでいる。

「つーかお前、ずっと長袖でダセェし暑苦しいんだよ。濡れたんだし脱げよほら」

「っ、いやだ、やめてよ…!」

「痛っ!この、ふざけんなテメェ!!」

服を脱がされそうになるとハッシュヴァルトは突然抵抗した。突き飛ばされて背中を打ったいじめっ子が、怒りで顔を赤くして腕を振り上げる。…そろそろ我慢の限界だ。

「ぐへっ!?」

「げ、お前!?B組のバザード・ブラ…」

「うるせぇ、バズビー様と呼べっつってるだろ」

まずは飛び蹴りで1人。振り向く勢いの回し蹴りでもう1人。

「い、いきなり何だよ!?お前は関係ねぇだろ!!」

そうかもしれない。俺が勝手に同情しているだけかもしれない。だからといって、もう放っておくのは嫌だった。

「コイツは今日から俺の子分だ。手を出したら許さねぇって他のヤツにも言っとけ」

最後は顔面に右ストレートをお見舞いする。

3人を床のタイルに沈めた俺は、プールでのことを思い出して少し躊躇いながら、腰が抜けているハッシュヴァルトに手を伸ばす。

「ほら、立てよ」

拒絶はされなかった。冷たい手を掴んで引き上げる。

「……あ」

ハッシュヴァルトの白いシャツがびしょ濡れになり、腕や腹についた痛々しい紫の痕が透けていた。握った右手から、震えと怯えが伝わってくる。

「──しょーがねぇやつだな。『さっきのやつら』にやられたんだろ?でもお前は俺の子分だしな、これからは喧嘩の仕方とかも教えてやるよ」

わざと明るい声を出した。きっとバレバレの誤魔化しだったろう。けれど、零れ落ちそうなほど大きな翡翠色の瞳が潤んでいたのは、水を被ったせいだけじゃないと思いたい。

「……ぼく、君の子分になったつもり無いんだけど…」

「お前意外と我が強いな!?そこは素直に頷いとけよ!」

「ご、ごめん。…バズビー、くん?」

情けなく眉を下げた顔に気が抜ける。さてはコイツ割と良い性格してるな。

「バズでいい。それに、こういう時は謝るんじゃなくてお礼だろ」

「──うん。ありがとう、バズ」

それでも許せてしまうぐらい、初めて見た彼の笑顔は魅力的だったのだ。



「バズ、起きろバズ」

懐かしい夢から目を覚ますと大迫力の美貌に見下ろされていた。寝起きの心臓に悪い。

「生徒会室のソファで勝手に寝るなと言っているだろう。一応は部外者なのだから」

「お前の会議がいつまでも終わらねぇのが悪い。12月24日までご苦労なこった」

身体を起こし、幼馴染の姿を改めて眺める。いつの間にかムカつくほどに背が伸びて、涼しい顔で二桁人を叩きのめせるようになったが、線の細い白ネギぶりは相変わらずだ。

「?何するんだ、いきなり」

わしゃわしゃと柔らかな金髪を掻き回す。もう頭に手を伸ばしても怯えられることはない。

「や、子分のくせにデカくなりやがってと思ってな」

「いつの話だ。……今の私たちは、その。対等な関係、だろう?」

そこで疑問系になる気弱なところも変わらない。俺は返事をする代わりに、ソファに座ったまま頭に手を回して引き寄せた。

「──対等なんてまどろっこしい言い方じゃなく、恋人って言えよユーゴー」

軽くキスをしただけで真っ赤になるのが可愛くて仕方ない。もう一度と思ったが避けられてしまった。

「時と場所を考えろ!誰かに見られたら面倒なことに…」

「別にいいだろ、堂々としてれば」

「うるさい、そんなことより支度をしろ。ケーキを買いに行くなら早くしないと売り切れるぞ」

この、眉の下がった幼馴染が恥ずかしがらなくなる日は来るのか──というか、俺はこのあいだ母親に『プロポーズするならしっかり稼げるようになってからにしなさい』と言われたのでとっくにバレている気もするのだが。

だから、今度は甘え方を教えていけばいい。共に過ごす時間はこれからも長いのだから。


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