小僧への好感度が振り切って生得領域で飼い殺す方向にシフトした宿儺
衝撃音。
なにか硬質なもの同士がぶつかり合う様なそれが、断続的に続いている。
罅割れる音、続いてがらがらと何か崩れる音がした。
音の中心に居たのは、まだ幼さを残す容貌の少年だった。
額から血を流し、淡い色の髪にそれを滲ませ、放心したようにぺたりと座り込んでいる。
その目からは滔々と涙が溢れていた。
丈夫な身体が自慢だった。
爺ちゃんから強いと言われて、みんなより頑丈で、戦いに身を投じてそれに耐えていけるようなこの身体が、誇らしいと思っていた。
だけど、目の前のひび割れて崩れたコンクリの壁を見て、そうなるほど打ち付けたのにジクジク痛むだけの額に、今はどうしようもなく嫌悪感を抱いた。
死んでしまいたかった。消え去ってしまいたかった。
あの時ああしてこうしてそうして……そしたらみんないなくならなかったのに。
たらればで一杯になった頭をぶち壊してやりたかった。
どれだけ強くぶつけても、どれだけ強く殴りつけても、表面が傷付いて血を流すに留まる。
俺の中のアイツが、宿儺が、この身体を壊す事を許さない。
グダグダ考えてる間に、血を流していた額が塞がっていく。
もう痛みは無い。
涙で焼けた頬のヒリつきも。
空を仰いだ。
抜けるような青空に眼が灼かれるような気がして、また泣きそうになる。
だけど涙は出なかった。
泣く事さえ許してくれないのか。
何もかもを奪われる感覚に、力無く身体は倒れていく。
泣けなくなった目を瞑る。
何も見たくない。
引き攣った声がきこえる。耳を塞ぐ。
こんな音聞きたくない。
ああ、だめだ。だめだ。
くちが、まだ口が塞がれてない。
だれか、だれか、このくちをふさいでください。
噦上げ赦しを乞うこの口を誰か────────。
ぱしゃり。
赤い水面に波紋が立つ。
たった今ここに堕ちてきた、胎児のように丸まった愛し児を、この領域の主は慈母のように抱き上げる。
その顔は腕に抱いた児と瓜二つであるが、肌に走る呪印ともう一対の眼、何よりもそこに浮かぶ表情が彼らが違う存在であると浮き彫りにしていた。
ぱしゃぱしゃと血水を蹴り、骨が山と積まれた場所に腰かける。
愛し児を膝の間に横たえ、髪を撫ぜる。
ぱりぱりと固まった血の欠片が剥がれ落ちていく。
「全く、お前は本当にやんちゃだな。」
未だ耳を塞ぎ続けている児にやさしく語り掛けるも、応えはない。
「俺はお前に傷ついて欲しくは無いのだ。」
眼をきつく瞑り、口からは掠れた謝罪が零れている。やはり応えはない。
「もう、謝らなくていい。」
繰り言を続ける口を掌で塞いでやる。
くぐもった声が次第にきえていく。
薄く開いた眼から揺れる瞳が覗いている。
その眼を閉じさせ、覆ってやる。
まだ身体が震えている。
いつの間にか耳から手が離れているのを見留め、その耳朶に毒のようにあまく囁く。
「何も見なくていい。何も言わなくていい。何も聞かなくていい。何もしなくていい。お前は、ずっと、ただじっと、ここに居ればいい。わかったな?“約束出来るな?”」
「うん。」
愛し児はこくりと幼く頷き、完全に身体を預けてくる。
もう身体は震えていない。
やっとだ。やっと完全にこの手に堕ちてきてくれたのだ。
哄笑したくなる気持ちを抑え、確りと掻き抱く。
もう、何処へも行けない。
もう、誰にも邪魔をされない。
これからはじっくりと────────────