小さな箱

小さな箱


高専に行く前の禪院真人

禪院は変わらずクソである

お姉ちゃんは大好き









父、母。

――嫌い。

禪院の奴ら。

――嫌い。

ご当主様。

――嫌いじゃないけど好きでもない。

直哉。

――死ね。


真希と真依。

――好き。大好き。

二人がいてくれたらそれだけでいい。

真人の狭く小さな世界には二人の姉しかいなかった。それだけしかいらなかった。それ以外の人間は嫌い、もしくはどうでもいい。真希と真依が笑っていてくれるのなら、他はどうなったって構わない。

真人の大好きな大好きな――姉。


真希が高専に行く。真依も。

そして二人と一緒に自分も高専に行くことになるなんて、真人は思いもしなかった。

だって禪院の敷地から一度も出たことがない。扇は真人を外に出すことはしなかった。己に“真人”という名の枷を嵌めたというのに、さらに自由に行動させることを許さなかった。

そのことに不平不満を思うことは幾度もあった。しかし何度も行われる父から真人への“躾”が、真人の中にあった反抗心をへし折った。真人は逆らうことをやめた。

だが今回、真希と真依が高専に行く。そして真人も一緒に高専に行くことが決まった。それはご当主様の指示であるらしい。当主の決めたことならば扇が異を唱えることはできない。反対する理由は特にない真人も素直に従った。強ければいい、そんな当主の価値観は単純で分かりやすかった。好きではないが真希と真依以外だと比較的話しやすい相手だ。

真人は禪院だろうと高専だろうとどこに行っても構わない。真希と真依が隣にいたら。だがまあ禪院よりかは自由に行動できそうな高専の生活に、ちょっとだけでも期待しないとは言わないな。

真希が高専に行くことに納得だと思った。真希にとってこの家は狭かった。どんなに真希は強くても、ここにずっといたら真希は潰れてしまう。それは嫌だ。呪力を持たない代わりに与えられた強靭な肉体を持つ真希には、この狭い家に閉じ込められるより広い外で暴れるほうが似合っている。

真依も高専に行くことになったのは驚いた。真依は怖いことも痛いことも嫌いだからだ。呪霊を怖い怖いと言って目を塞いでいた。その手を繋いで引いていたのはいつも真希だった。だから窮屈で息が詰まる家の中であっても、呪霊を祓うことのほうが真依にとって恐ろしいんじゃないだろうか。

真人は――

「俺? 俺は別にどこだっていいよ。禪院でも高専でも、真希と真依がいたらさ」

光の入らない暗い部屋の隅っこで、真依が小さくなって俯き座っていた。その横に真人は足を伸ばして座る。

「でも真希は東京のほうに行くんだっけ。真依は京都のほうだし。そうなっちゃうと二人と揃って会うのは難しくなっちゃうか。それは嫌だなぁ」

「ないの……」

「ん?」

「真人は怖くないの?」

俯きながら小さい声で真依が聞いた。

怖い。呪霊が、戦うことが、傷つくことが、どれだろうか。すべてなのかもしれない。真依にとってはどれもが怖いことで恐ろしいことなんだろう。

「んー、怖くはないよ」

真人にとって呪霊は身近なものだ。己の半分が呪いで構成されているということもある。扇に呪霊のいる懲罰房へ何度も投げ込まれたということもある。だからか戦うことも傷つくことも怖くない。傷は直せばいいのだし。

まだ雑魚呪霊しか相対したことしかない。だけど悪意を持って真人を見つめ見下しごちゃこちゃ喧しい嫌悪を向けてくる人間相手と比べれれば、呪霊はよっぽど単純で気楽だ。

「ま、何かあっても俺が真依を守るよ。怪我をしたって治すしさ」

真依が怖いって言うのなら、ずっと側にいればいい。真人の術式は人間の怪我も治せる。こういうとき、真人は己の術式に感謝する。真依ができないことは真人がやればいい。その代わりに真人ができないことは真依がやるのだ。

「何よそれ」

「だって真依は怖いんでしょ。でも俺のほうが強いし。それでも怖いなら一緒に寝る?」

「ふふっ、生意気」

「真依の妹だからね、あはは」

表情が暗かった真依が笑った。それにつられて真人も一緒に笑う。

どういうわけか、いつからか真希と真依の関係がぎこちない。真衣が素直じゃないのはいつものことだけど、それとは別に二人の間には溝のようなものがある気がする。理由は話さない。二人の問題だからか真人が口を挟むことはできなかった。

昔みたいにまた三人で手を繋いで歩きたいな。真人はそう思うがしばらくできそうにないんだろう。あと少しすれば高専に行くことになる。真人が高専に行くことについては許された。だが東京ではなく京都なのは禪院の目から逃れられないようにた。それは仕方ないことなんだろう。だから真希と簡単に会うことは難しい。

――禪院以外の呪術師って、どんな奴だろ。

真希と真依以外の人間はどうだっていい。二人といると楽しくてご飯が美味しくて暖かくて。真人は好きだ。

だけどまあ、禪院の人間は嫌いであるが、真希と真衣以外の人間に興味がないわけではない。

元来、真人は好奇心旺盛の性質だ。興味があれば虫や小動物を引き裂いて中身を見る。許される範囲まで禪院の敷地内を探索する。体を動かすことも好きだがやることがなければ本を読む。

禪院の人間以外の呪術師とは初めて会うことになるのだ。

だから少しだけ、高専に行くことが楽しみであった。真希にも真衣にもこれは秘密だ。


真人は高専に行って、初めての感情にぶち当たる。

能天気な同級生とロボ、小さい先輩に変な奴とキショい奴、小煩い先生。

初めて外へ出て、初めて会った人間。それから付き合っていくうちに、相手を知っていくうちに、真人の中で嫌いじゃない人間になっていった。

そして真人の小さかった世界は壊れてしまった。

それの直し方はわからない。

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